プレアデス手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ(http://twitter.com/cs_ker)。中の人は『放課後のプレアデス』推しだが、これ関連の記事は稀。ちなみに、「プレアデス手芸部」とは、アニメ『放課後のプレアデス』をモチーフにして、編み物や刺繍等のハンドメイドでなんやかんや作ろうって活動です。twitterでの検索タグは、 #プレアデス手芸部 よりどうぞ。

アルコール依存症で死ぬという事

自分は一切お酒を飲みません。冠婚葬祭いずれの場であってもです。

別にコレを他人に強要なんてしません。自分が見た事を反面教師にして、自分に対して強迫的に課しているだけです。ただ、そういう話もあるんだ、くらいで思ってもらえればそれで良いです。

長ったらしいあらすじは書きません。単刀直入に言って、実家は父親アルコール依存症で家庭崩壊状態でした。

手術と入退院を繰り返し、その度に夫婦揃って「ああ良かった治ったよ」なんて言いながら、甲斐甲斐しく晩酌して酒を呑ませ、また再発を繰り返すその様は、まるで、グリム童話の中で食事に少しずつ毒を盛る魔女のように見えました。あるいは、現実で見られるそういった光景や、その時に誰かが味わった気分が、物語に登場する魔女のモチーフなのかもしれません。いずれにせよ、自分には到底理解の及ばない、狂気に満ちた光景と価値観でした。


いよいよ病状が進行し、癌で胃を全摘出した事で、アルコールを摂取する事が不可能になりました。余命は短いながら、ようやく真っ当な余生が訪れたんだなと、その時はそう思いました。以前と違って素面だし、胃は無くなったけれど、食事は前よりも取っていたくらいでした。
ただ、そんな状態も長くは続かず、外科手術不可能な癌が再発しました。それだけなら、今日明日中にどうにかなる問題じゃない、そう高を括っていましたが、程なくして危篤だと聞いた時は、もう何が起きたのかは察しは付いていました。抗癌剤治療の副作用で、完全な寝た切り状態となり、癌を抱えた状態であったとしても、真っ当に生きられるハズだった余生は全て喪われてしまいました。抗癌剤の投与にあたって、副作用やリスクの説明は多少はあったらしいのですが、本人達は内容は理解していなかったとの事でした。この時自分は、晩酌が甲斐甲斐しく続けられていたあの時から、実際は何も変わっていなかったんだと悟りました。
生命に対する価値観や考え方に、ここまで大きな開きがあるとは思っていませんでした。そんな大事な事をサッサと決めてしまえる家族も医者も、自分には全てが狂っているように見えました。残された寿命がどれだけあるのか、いや、もはや寿命があるだけに過ぎないわけですが、幸福を対価にして狂気に生きる事に、自分は何の共感も持てないんです。(ここでいう幸福も狂気も、あくまで私の価値観に過ぎないわけですが)


サン=テグジュペリの『星の王子さま』に登場する酔っ払いは、「忘れるために飲んでいる」「恥じている事を忘れるために飲んでいる」「飲む事を恥じている!!」と言って、それきり黙ってしまいました。実際はどうなんでしょうか?狂気に身を置いている事を忘れる為に飲むんでしょうか?最初の狂気は、いったい何だったんでしょうか?