六連星手芸部員が何か書くよ

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ファンタジーに対する誤解〜『おおかみこどもの雨と雪』を考察する

・率直に言ってどういう映画なのか

結論から言いますが、ハンディ(障害)を抱えた子どもを育てるお母さんが事故で夫を亡くしてシングルマザーとなり、都心で子どもたちを育てる事に限界を感じて田舎に引っ越す、という内容です。よく、「スーパーお母さんが非現実的」とか「自然礼賛が受け入れられない」とかいった批判を目にしますが、実態はそうではないです。前述の通り、あの一家は所謂一般家庭ではないですし、田舎に引っ越した理由も明確に描写されています。そして、物語冒頭でおおかみこどもの雪から、この物語が母親の語る「御伽噺」である可能性に言及されています。この作品に対しは「ファンタジーで現実味が無い」という批判も目にしますが、冒頭のナレーションの意味を頭の片隅に置いて視聴される事をお勧めします。


・富山の山中への移住は自然礼賛か

まず、舞台として富山の立山連峰が選ばれた理由の一つは、ここが監督の地元だからですね。

そして、都心から田舎への引っ越しを決めた理由ですが、まず第一に、おおかみこどもの夜鳴きやバタバタと騒いでしまう状態が、近隣住民とのトラブルになった事、そして、おおかみこどもである事を発覚させるわけにはいかず、三歳児検診を受けさせられなかった事が虐待と見做されて児童相談所に通報された事が挙げられます。現実においても、子どもが何らかのハンディを抱えている可能性を確定させる事を躊躇い、親御さんがそういった疑いのあるお子さんに検診や予防接種を受けさせないという事はままある事です。この一連の描写は、こういった観点で言えば非常にリアリティがあったのではないかと思います。田舎に引っ越したのは自然礼賛が理由ではなく、あの物理的に開けた環境が、おおかみこどもたちの生まれ持った特性に合っていた為です。


・雨の生き方とラストシーンについて

人間社会に適応して生きて行く事を決めた雪に対して、狼としての本能が強く働く雨は、学校を離れて母親の勤め先に付き添いヒトの姿で山について学ぶ傍ら、山の長である老いた狐に師事して狼の姿で自然の中を駆け回ります。そして、最終的には母親である花の元を離れて狼として生きる事を選択するわけですが、このラストシーンについて「親として無責任」と評するのは一般的な価値観ではそうなのかもしれません。しかし、これは決して差別的な意味合いではないですが、健常者の親とハンディを抱えた子どもが同じ価値観の中で一緒に生きられるわけではない、という事をメタファとして描いた上で、それでも、そういう生き方を受容して笑顔で送り出す事は出来るよね?という事を伝えたいのだと思うのです。花は雨に対して「あなたに何もしてあげられてない」と涙します。私は決してそんな事はないと思うのですが、これは、それでもという親の愛情と、子どもの事を全ては理解してあげられなかった、という叫びでもあるのではないかなと思います。


おおかみこどもの雨と雪』は、主人公が”おおかみこども“というファンタジーの存在である為に物語として向き合う事が出来ますが、もし、姉弟をリアルに"ハンディを抱える子ども"として設定し、描写してしまった場合、とてもではないですが描写が生々しくて観ていられないシナリオだと思います。したがって、この作品はファンタジーとして描写する事でリアルさを削いでいますが、一方でそれは、作品が抱えるリアリティをそのままの形で物語に盛り込む為の装置であると言えるのではないでしょうか?