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怪獣ってなんだ!? ~総評『GODZILLA 怪獣惑星/決戦機動増殖都市/星を喰う者』

・前書き

シン・ゴジラ』に続き、1年に渡って上映された和製ゴジラ復活作第2弾『GODZILLA』(通称アニゴジ)シリーズが完結しましたね。第一章公開当初から、従来の世界観とは全く異なるスケールの大きなSFが展開され、色々と波紋を呼んだ作品となりましたが、ここでは全編通したシナリオのあらすじ含め、どういう風にこの作品を解釈したら良いのかについて考察していきます。


・あらすじ

<前日談>

星の文明が栄華を極めた時、ゴジラはその文明に終わりをもたらす為に現れる。そして、神であるギドラは、ゴジラを喰らい星そのものを喰らう為、別の宇宙から現れる。そうしてエクシフの母性は滅び、逃げ延びた彼等は、未来予知すら可能とした科学力によって、この宇宙に永遠は無くやがて滅びる運命にある事を識る。自分達の文明の到達点が滅びの先にあると考えたエクシフは、様々な星の文明に干渉し、その星々でゴジラを生み出し、それを呼び出したギドラに喰らわせる事を繰り返してきた。そうして星々を滅ぼしながら宇宙を旅するエクシフは、地球の文明に寄り添い、ゴジラの誕生を迎える。

<第一章>

地球人、宇宙からの訪問を装い姿を現したエクシフ、そして、母性が滅び地球に辿り着いたビルサルドは、一度はゴジラとの戦いに敗れ宇宙へと逃れるが、二万年もの時を超えて地球へと帰還し、人類の兵士ハルオをリーダーとして再びゴジラとの戦いに挑む。そうして一度はゴジラを仕留めたかに思えたが、ハルオ達が戦ったゴジラは一個体に過ぎず、二万年もの間、単一個体で進化を続けてきたゴジラ・アースがその姿を現す。

<第二章>

戦いに敗れたハルオ達は、地球に残り独自の進化を遂げた人類の生き残りフツアの元へと身を寄せる。モスラの卵を神と崇め、モスラの因子を体内に取り込んだ事でナノメタルに耐性を持った彼女達は、やがてハルオ達を自己増殖を続けるナノメタルの採掘場へと案内する。ビルサルドの兵士ガルグは、かつて戦う事なく敗れ去ったメカゴジラを決戦都市メカゴジラシティとして進化させ、機械に人類を融合させてゴジラを倒そうとする。しかし、それがゴジラに成り代わり地球を支配する事を危惧したハルオは、エクシフの神官メトフィエスの教唆も手伝いガルグを討つ。作戦は失敗し、メカゴジラシティはゴジラに敗れ崩壊する。

<最終章>

メカゴジラシティを失い、もはやゴジラを倒す手段を絶たれたかに思えた人類だが、メトフィエスらエクシフは、そんな彼等に付け入り神を召喚する準備を着々と進め、遂にはギドラを別の宇宙から呼び出す。顕現に伴いハルオ達の母船を破壊したギドラは、そのままゴジラへと喰らい付き、別の宇宙から一方的に干渉する事によってゴジラを活動停止寸前にまで追い込む。しかし、メトフィエスと対峙したハルオが、ギドラをこの宇宙へと干渉させている観測者としての彼の目を破壊した事により、ギドラはこの宇宙の法則に捕らわれ形勢が逆転。ゴジラが放った熱線により特異点が破壊され、ギドラはこの宇宙から姿を消す。今度こそゴジラへ対する手段の一切が失われ、数える程にまで数を減らした極僅かの人類は、フツアと生活を共にし、やがて子を成し、ひっそりと生き延びていた。しかしある日、残されていた最後のナノメタル兵器の再起動が成功してしまい…。

 


・補足解説解釈後記

<SFと哲学>

上記では結末までは書いていませんが、ざっくりこのような話だったと思います。最終章を観るまでの各章の個人的な印象としては、第一章が『翠星のガルガンティア』や『アルドノア・ゼロ』などの虚淵アニメの総集編、第二章が平成VSシリーズのSF風リメイク、というものでした。と、ここまでは非常にSF色の強い描写が成されていましたが、最終章ではその雰囲気が一変し、非常に哲学や宗教色の強い描写が成され、困惑した方も多いのではないかと思います。ただ、劇中でも引用があった通り、「高度に発達した科学は魔法と区別が付かない」という言葉がありますが、これはおそらくSFにも言える事で、デカルトが数学から哲学へと傾倒していったように、SFを突き詰めた結果として哲学的な色を帯びたのではないかと思われます。実際、最終章がSFらしさを放棄していたかと言えば決してそんな事はなく、召喚されたギドラに襲われた沈み行く母船内の支離滅裂な状況報告は中々味がありましたし、マーディン博士があくまで科学的な推論に則ってギドラの正体に迫ろうとした姿勢も第一章から全くブレてないです。最終章が第一章、第二章から乖離した哲学の話と捉えるか、あくまで地続きのSFであったと捉えるかは、その人その人の「どこまでをSFとして許容するか」という解釈に委ねられているように思われます。


<怪獣ってなんだ!?>

全編通して観た印象としては、あくまで、ゴジラもギドラも大枠ではデウスエクス・マキナの様な存在であり、また、フツアがゴジラを自然災害の様な存在として認識していた事からも、その存在そのものが怪獣を怪獣足らしめるわけではない事がわかります。これは、第二章で既に描かれていた事ですが、機械と完全に同化してまでゴジラを倒そうとしたビルサルドの姿勢や、人としてゴジラに挑むべきだと考えたハルオの葛藤等、あくまでその在り方を指して、その存在が怪獣であるかどうかを定義しています。ですので、本作は怪獣同士のプロレスではなく、全編通して、怪獣に成ろうとする者と人として踏み留まろうとする者の信念の戦いが描かれています。本作には機械化を止めてくれる杉田ボイスのマスコットAIは登場しません。ですので、人としての信念でもって怪獣に抗ったという事が、ゴジラシリーズに対して新しく投げ掛けられた価値観なのではないかと思います。


<結末について>

さて、いきなりですが、ゴジラとギドラが戦っている最中に、マーディン博士が「ゴジラがんばえー!!まけるなゴジラー!!」って電磁マイクロライトを振ってゴジラを応援するシーンがあったじゃないですか。え?無かった?いや、ありましたって。兎に角、私はあのシーンを観た瞬間に(これはヤバい…)と覚悟を決めました。これは確実にバッドエンドになる、と。実際のところ、本作の結末がバッドエンドであるかどうかは解釈が別れると思いますが、個人的な印象としては覚悟したようなバッドエンドではなかったです。話を戻して、冗談抜きに博士がゴジラに傾倒してしまったあの場面こそが、本作の結末を決定付けたターニングポイントであったと思います。本作において終始最もブレなかった人物は、間違いなくマーディン博士です。怪獣、憎悪、おそれ(恐れ?怖れ?畏れ?)等、本作には様々な象徴的な言葉が用いられていますが、博士がそれを踏み越えてしまった、つまりは人類史を再現しようとしてしまったからこそ、ハルオはああする他になかったのではないでしょうか?