六連星手芸部員が何か書くよ

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『海獣の子供』シナリオ、設定の解釈を盂蘭盆の行事から試みる

本記事は映画『海獣の子供』についての個人的な解釈を記したものであり、一般的な感想や考察、解説とは趣が異なります。また、実際に原作の元となった神話や伝承とも異なる内容、理解です。予めご了承下さい。

 

①劇場版あらすじ

ハンドボール部に所属する琉花は、夏休み初日の部活の模擬戦で他の部員とトラブルになり部活禁止を宣告される。昼間から缶ビールをあおる母親がいる家に帰る気も起きず、彼女は別居状態の父親が勤める水族館へと足を運ぶ。光となって消えたクジラを幼少期に目撃した思い出の水族館で父親を探す琉花の前に、水槽の中を自由に飛び回る少年“海”が現れる。ジュゴンに育てられたという彼は琉花に興味を示し「ヒトダマが来る」と彼女を夜の海へと誘い、二人は海へと落ちる流れ星を目撃する。一方、海と同じくジュゴンに育てられた少年“空“は、病院での検査を終え海と同じく水族館へと身を寄せる。三人は台風の日に離れ離れになりながらも交流を深めるが、新月の夜に“空”は琉花へと隕石を託し光の泡となって海へと消える。それ以来言葉を失ってしまった“海”だったが、琉花と共に魚たちの群が目指す海洋へと向かう。そして、巨大なザトウクジラに琉花が飲まれた時、海の祭りが始まった。


意図的に相当端折って書いてますが、ざっくりとこんな感じだったと思います。祭りを狙う各国研究機関とかも出て来ますがその辺はあまり要点ではないというか、本筋はあくまで、海と空が何者であり彼らに琉花がどう関わるのか、そして、祭りとは何なのかにフォーカスを当てて観た方が没入出来るかなと思います。


②海と空は何者なのか

劇中で語られた内容を列挙すると…


・10年前までジュゴンに育てられていた

・非常に乾燥に弱く長く地上にいられない(海は徐々に適応出来たが空はこれが顕著)

・おそらく短命

MRIやレントゲンなどの検査によれば普通の人間と変わらない

・皮膚が発光する現象が見られるが、上記の通り身体にそういった組織は無い


概ねこの様だったと思います。そして、海と空に限った話ではありませんが、劇中で空は「人間と宇宙は似ていると思う」と語っていました。また、この話と前後して「宇宙を構成する物質の90%は暗黒物質という未知の物質であり、人間は宇宙について殆ど知らない」という旨の内容が語られます。つまり、これらの話を統合すると「人間は人間を構成するモノについても殆ど知らない」となるのではないかなと思います。言い換えると、検査の結果として海と空は普通の人間とされましたが、それはあくまで人間が把握している10%について一致しただけであり、実際にはその他90%の部分については普通の人間と同じではないとも言えるのではないでしょうか?


海から来た二人が本当は何者なのか。劇中ではそれは明言されませんが、私個人の連想としては水子(みずこ)が思い浮かびます。水子とは、流産や中絶で死亡した胎児を指し、その語源は日本神話に登場する生まれて間もなく海へと流された神「水蛭子(ヒルコ)」であるそうです。この響きは主題歌である「海の幽霊」のイメージとも合致しますし、後述の祭りについての解釈にも符合するものでした。


③祭りとは何なのか

劇中で海は隕石のことを当初「ヒトダマ」と言っていました。また、祭りに際しておびただしい数の海の生き物たちが光をまとって(刺激を受けると発光する微生物)集まっていました。夏に光をまとって集まる祭り事というと、私は盂蘭盆を指すのではないかなと思います。

まず、物語の始まりの日である夏休みは一般的に7月20日から開始され、この日付は盂蘭盆と一致します。そもそも盂蘭盆とは何なのかという話になりますが、一般的には先祖の霊を供養する行事であり詳細な内容は地方によっても様々です。先祖の霊を迎える、あるいは送り出す為の道標として火が灯されるわけですが、本作における道標は隕石、発光する海、天の川、光の泡となって消えた空と、様々なモチーフで表現されていた様に思います。

そして、この物語における盂蘭盆の行事としては、私は御招霊(おしょうれい/おしょうらい)の内容が描かれたイメージと一致しているのではないかなと思います。これは、先祖の霊を迎える際に迷わないよう川縁で灯をともす行事ですが、同時に、前述した水子を迎えて供養する行事でもあります。


本作はこの御招霊を地球規模で行った様を描いているのではないか、というのが私の『海獣の子供』に対する解釈です。