六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

貴女に感謝の花束を

『貴女に感謝の花束を』

 

 

「一体全体今日はどうしたんですの?」

私はドーム状のガラスの花瓶にルーンを刻む手を止め、作業机を挟んで対面に座っている汐里さんに苦笑しながら声を掛けた。より正確には、両手で頬杖をついてニコニコしながら私を見ている汐里さんに。普段であれば彼女も何かしらのモノ作りに励んでおり、そうして互いに黙々と作業を進めるこの場の空気に私は心地良さを感じていた。ところが今日は幾分様子が違っていた。

「いえ、もう少しで完成だと思ったら、なんだか妬けちゃうなって思って」
「汐里さんにそう言って頂けるなら作った甲斐もあるというものですわ」

梨璃さんと夢結様が由比ヶ浜ネストを消滅させて帰還してから暫く経った頃、私はある人に贈り物をしたいと言って再びそうさく倶楽部に足を運んでいた。選んだ題材はプリザーブドフラワーで、簡易的なモノであれば一日二日あれば作ることも可能ではあったが、今回は試したいこともあり凝った作りを選択していた。

「でも、楓さん、訓練やレギオンの集まり以外は殆どそうさく倶楽部に通い詰めですよね?流石に何かしてるって気付かれてしまうと思うんですけど」
「気付かれるも何も、梨璃さん達ならわたくしがここに出入りしてる事は知ってましてよ?何かありましたらここに連絡を、と、一柳隊の皆さんにはそう伝えてありますもの」

私の返答が意外だったのか、汐里さんは頭にクエスチョンマークを浮かべて困惑していた。

「プレゼントを渡す相手に事前に知られてしまってはサプライズにならないのでは?」
「それなら心配要りませんわ。わたくしがこの花束を贈る方ですが、その方は自分がその相手だとは微塵も思っていませんもの」

そうした方が都合が良いと思ったので、私はプレゼントを贈る相手のことをここに至るまで汐里さんには正確に伝えていなかった。

「ひょっとして欧州の御家族に贈るためでしたか?私てっきり梨璃さんに贈るためだとばかり」
「わたくし、そんなに梨璃さんべったりに見えてますの?」
「見えてるも何も楓さんが自分で公言されてることですよ?まあ、私はそれだけじゃないって知っていますけど」

そう言って誇らしげにしている汐里さんが何だか可笑しくて私は噴き出すのを堪えた。と、同時にお喋りで中断していた作業を再開した。

「それにしても、マギを流し込んで花の時間を停滞させるなんてよく思い付きましたね」

そう、私は連日、花の加工ではなく花瓶に停滞のルーンを刻む作業に明け暮れていた。プリザーブドフラワーの本体となるカスミソウは既に加工の最終段階にあり、花瓶が完成するのに合わせて乾燥させているところだった。

「梨璃さんと夢結様が行方不明になっていた時のことをヒントに……、まあ、実際には術式の構築は百由様の協力による部分が大きいですけど」
「救命コクーンの中とはいえ、御二人がどうして九日間も漂流して無事でいられたか、ですか……」
「ええ、御二人ともあの中では少しの間眠っていただけってそう言うんですもの」
「この制服にはそこまでの機能は無いですよね」

にも関わらず、二人は私達の心配をよそに討伐に発った時と変わらない様子で帰還した。まあ、あられもない姿である点を除けばだが。

「それは梨璃さんが、夢の中であの娘に……、結梨さんに会って、それで送ってもらったってそう言ったんですの」
「結梨さんに……」
「ええ、きっとあの娘が何かしたんですわ」
「まるでリリィの守護天使、ですね」
「本当にあの娘が天使になっているのなら、今度顔を合わせた暁には頭の輪っかと背中の羽を毟り取って人に戻して差し上げますわ」

それを聞いた汐里さんはポカンとした表情を浮かべていたが、ややあってクスクスと笑いながら言葉を返した。

「またそんなことを言って、楓さん本当は優しいのに」
「いいえ、甘やかすのはわたくしの役割ではありませんわ」

私がそう言うと汐里さんは神妙な面持ちで応えた。

「そう、ですね……。でも、それだって優しさですから」
「なんだか損な役回りですわ……。って、わたくし、今はそんな湿っぽい話をしに来たわけじゃないんですのよ、と……、出来ましたわ」

ついに花瓶にルーンを刻み終わり、私は汐里さんに目配せしてからマギを込めて術式を起動した。そうして懐中時計を花瓶の淵にかざすと秒針の進みが目に見えて鈍化した。

「上手くいきましたね!!」
「ええ、良かったですわ。あとは花を中に入れて……、今度こそ本当に完成ですわ」
「梨璃さんの髪飾りの時もそうでしたけど、楓さん、初めてとは思えないくらい上手ですよね」
「ふふ、ありがとうございます」

そういえば幼い頃は”わたくしもおとうさまみたいなチャームをつくるから!!“と、そう言ってよく工作に励んでいたなと思い出した。案外、自分にはこういう分野も性に合っているのかもしれない。

「じゃあ、今度はプレゼント用にラッピングしないとですね。そういうの私得意なんですよ?」
「ええ、知ってますわ。でも、せっかくですけど包んだところでどうせすぐに開けてしまいますからこのままで大丈夫ですわ」
「そうは言ってもどうやって送るんですか?せめて桐箱か何かに」
「それなら問題ありませんわ。今この場で渡してしまいますから」

どういうことだろう、と、キョトンとして小首を傾げる汐里さんが見られただけでも、ここまで隠し通して来た意味があったというものだった。

「はい、汐里さんに」
「え」
「だから白いカスミソウを選んだんですのよ?まだまだ先の話ですけど、汐里さんの誕生花ですもの」
「え、でもどうして……」

汐里さんは本当に信じられないといった様子でカスミソウと私の顔を交互に見遣っていた。

「どうしてって、わたくし、汐里さんには凄く感謝してるんですのよ。あの時は毎日毎日遅くまでわたくしの話を聴いて下さって、本当に救われましたの。だから、そんな顔しないで下さいな」
「あれ……?私、凄くびっくりして。自分じゃないって思ってて……、凄く嬉しいんですよ?」

サプライズを仕掛けるためとはいえ、汐里さんにはイジワルをし過ぎたかもしれない。

「でしたら、笑って受け取って頂けると嬉しいですわ」
「はい……、楓さん、ずっとずっと大切にします」

そう言って目尻に涙を蓄えて微笑んだ彼女は、凄く、綺麗だった。

 

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ルームメイト

「楓さん、あまり根を詰め過ぎるのも良くないですよ?」
「今は、こうして手を動かしていたんですの」

そうさく倶楽部の部室を貸してくれた六角汐里さんの心配する声に対し、私は手元から視線を動かさずに言葉だけを返した。夢結様が発端となって始まった梨璃さんの髪留め探しは、しかし、私が砂浜で黒焦げのそれを見付けてしまった時点で頓挫してしまっていた。勿論、そんなことを梨璃さんや他のみんなに伝えるわけにもいかず、私はこうして夜な夜な工作活動に勤しんでいた。

「部屋に……、戻りたくないんですね?」
「はっきり言いますわね」

核心をつかれた事で、私は苦笑しながら今度こそ汐里さんに向き合った。もっとも、彼女に悪意なんてものは欠片も無く、それは私を心配しての言葉であるのは分かっていたが。

「すみません……。そんなつもりじゃ……」
「いえ、いいんですの。本当のことですわ。勿論、一刻も早くこれを梨璃さんに届けたいという気持ちに偽りはありません。でも……」

でも、こうして何かに没頭していた方が気が紛れるというのも誤魔化しようの無い事実だった。

「では、私に話して下さいませんか?」
「いいんですの?楽しい話にはなりませんわ」
「勿論です。私も……、彼女に命を救われましたから」

そう言って少し目を伏せた汐里さんを見て、私は申し出を受け入れようと決めた。

「では、お言葉に甘えさせて頂きますわ」

そう言って私はポツポツと、いなくなってしまったあの子のことを汐里さんに話し始めた。“じゃあ楓、先に行くね。梨璃と約束があるから”、そう言ってあの部屋を出たっきり、もう二度と帰って来なかったあの子のことをーーー。

 


『ルームメイト』

 


「ーーーところで、結梨さんってこれまでは医務室で過ごされていたんですよね?」
「うん、そうだけど」
「退院したこれからは、どこで生活するかは決まってるんですか?」

既成事実が積み上げられていく現状を目の当たりにして頭を抱えている私を他所に、ちびっこ一号が至極真っ当な疑問を呈した。

「私、梨璃と一緒じゃないの?」

モゴモゴとスコーンを頬張りながら、当然そうだろうというニュアンスで結梨が言った。夢結様が“食べながら喋るのはお行儀が悪いわ”と、おしぼりで彼女の口を拭いてあげているが、この方はいつの間にこんな所帯染みてしまったのだろうか。

「もぉ、結梨ちゃん。言ったでしょ?これからは百合ヶ丘の生徒になるんだから、寮に入って違う人とも生活するって」
「梨璃、ない……」

自己紹介の件といい、梨璃さんに依存しているようで案外話を聞いていない、事情が事情なので仕方ないのかもしれないが、抜けたところがあるというより子供っぽい方だなと思った。

「つまり、まだ具体的には決まっていないのね?」
「はい……、申請は出してあるんですけど、この時期に手の空いてる生徒はなかなかいないって」
「百由はともかく、祀さんにしては手際が悪いわね……」

夢結様のあんまりな隣人の評価に苦笑しつつ、今度はちびっこ二号がこう言った。

「だったらわしらでアテを探すかの?とは言え、工廠科はみな工房を兼ねた個室じゃが」

埋まらないものは埋まらない、それでもどうにかするしかないとは夢結様の言だが、生徒会が手を回してどうにかなっていないことをどうしたら埋められるのだろうか。

「結梨ちゃんの事情を知っていて……」
「面倒見が良くて……」
「部屋に空きがある……」

多少の例外はあれど、百合ヶ丘では高等部からの新入生に対し生徒会役員候補の生徒の同室が充てがわれることが慣例となっていた。つまり、そうした生徒は入学時点で既に誰かの、例えば梨璃さんやちびっこ一号と同室になっているため、この時期に候補が見付からないのは当然と言えた。

「「「じー……」」」

そうして思案していると、みんなの視線が一斉に自分に集まった。

「皆さんお揃いの顔をされて、なんですのいったい?」

そんなに熱い視線を送られたところで、残念ながら自分は梨璃さん以外の想いに応えることは出来ない。

「そうね、一柳隊には楓さんがいるわ」
「さすが楓さんは頼りになります」
「楓さんが適任ですね」
「うん、楓がピッタリだと思う」
灯台下暗しじゃの」

私が所信表明を行う前に早くも事態の評決が取られようとしていた。

「わたくしですの!?」
「だって楓の部屋って一人住まいのクセに無駄に広いじゃんカ。それにお前首席入学だロ?」
「無駄!?あれは梨璃さんのために用意したものでしてよ!!」
「だったら今回もカードの切り時だろ」

既に満場一致での決議の様相を呈している中、私は縋るような思いで梨璃さんの方を振り向いた。

「うん!!楓さんなら安心だね!!」
「梨璃さんまで……」

本当に安心し切った梨璃さんの満面の笑みにクラっとしながら、私はその場に膝から崩れ落ちた。

「私、楓と一緒に一緒に暮らすの?」
「そうだよ結梨ちゃん。楓さんの言うことをしっかり聞いて、この学園とリリィについてお勉強していこうね」
「うん。梨璃、私もみんなみたいなリリィになるよ。楓、よろしくね」

梨璃さんがそう決めてしまった以上はもはや自分に拒否権は無く、こうなったからには私は腹を括ることに決めた。

「ああもう!!こうなったらみっちり鍛えて差し上げますわ!!ーーー」

 


ーーー結梨は、まるで乾いたスポンジが水を吸うように、リリィとしての才能をどんどん開花させていった。マギの操作への順応も、見取り稽古による身体の捌き方の学習も、つい先日リリィになったばかりであるとは思えないものだった。一方の座学では、私が多くの科目を向こうで履修済のために免除されていることもあり、顔を合わせる機会が無く、それによって彼女が同じクラスに編入されていたことに一週間も気付かなかったわけだが……、とにかく、チャームを手にしてからのごく短時間で、あの百由様のヒュージロイドを撃破するにまで至ったことは驚愕だった。

そうして競技会が終わり、結梨は今日も梨璃さんが使うハズだったベッドに寝転がって模擬戦でくたった身体を休めながら、しかし今日は唐突に思いも寄らないことを聞いてきた。

「ねぇ楓、楓はどうして梨璃のことが好きになったの?」
「な、ななな、なんですの藪から棒に」

私は口に含んだ紅茶を噴き出しそうになるのを堪えながら、やっとのことで言葉を返した。恋バナを始めるにあたっての情緒もシチュエーションもあったものでは無い。

「んー……、だって楓のにおい、梨璃への好きで溢れてるから」
「前にもそんなことを言ってましたけど、貴女の言うにおいって、つまりはマギのことを言ってるんですの?」
「……そうなのかな?」
「わたくしに聞かれましても……」

結梨のレアスキルはまだ百由様が調べている最中で確定していなかったが、もしかすると何か探知系のスキルを無意識のうちに使用しているのかもしれない。

「ま、それはわかんないんだけどさ、楓が梨璃のことを想ってるのは伝わってくるよ。どうして?」

経験上、これは答えないとずっと同じことを聞かれるなと思った。もっとも、ことの経緯はちびっこ一号がリリィ新聞に書いて周知の事実であるため、殊更隠すようなことでも無いのだが。

「梨璃さんはわたくしの命の恩人ですのよ。梨璃さんと初めて出会った入学式の日、梨璃さんはヒュージとの戦いの中で、御自分の身の危険も顧みずにわたくしのことを守って下さいましたの」
「助けてくれたのが梨璃じゃなくても楓はその人を好きになったのかな?」

結梨はサラッと恐ろしいことを聞いてきた。

「そんなことを考える暇があったらわたくしは梨璃さんに想いを馳せますわ。梨璃さんだから運命を感じたんです。他の誰かだったらなんて考えられませんわ」
「そうなの?」
「そうですわ。ですから、梨璃さんの身に何かあれば、例えこの身に代えても……」

そこまで言いかけて、でも言えなかった。もし自分がそんなことをしたら、彼女はきっと怒って泣いて、そうして心を傷めてしまうと知っていたから。

「だったら、私と一緒だね」

しかし結梨は、まるでそれが自明だと疑わず、あまりにも臆さずに言うものだから、私は少々面食らった。

「確かに貴女を保護したのは梨璃さんですけど、なんだか大袈裟じゃありません?」
「そうなのかな?でも、私がここにいられるのは梨璃が私を見付けてくれたからだって、そう思うから」

私がその言葉の意味を、結梨と梨璃さんの繋がりを知ったのは、全てが手遅れになった後だったーーー。

 


ーーー私は、いったいどこで間違えたのだろうか……?
お父様に結梨の身元の捜索を頼んだ時?リリィの戦い方を教えた時?梨璃さんを守る決意を宣言した時?ルームメイトを引き受けた時?それとも……。
考えても考えても、答えは得られそうもなかったーーー。

 


「ーーーぇでさん、楓さん、今日はもう、ここまでにしませんか?」
「え……?あ、汐里さん……?今は……」

そうして仰ぎ見た時計の針は、既に日付を越えようとしていた。酷く喉が渇いていた。

「門限破りどころではありませんわね……」
「見付からないように戻らないとですね」

彼女はそう言ってイタズラっぽく笑った。

「生徒会の役員候補生さんがそんなこと仰って良いんですの?」
「門限より大事なことがありますから。結梨さんのこと、お話してくれて、ありがとうございます」

御礼を伝えないといけないのは私の方なのに、そう思って、私は軽く首を振って見せた。

「明日も……、と、もう日付が変わってしまいましたわね。また、ここに来て……、その、話をしても構いませんか?」
「ええ、喜んで。待っていますね」

彼女は、はにかんでそう答えた。

 

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渚にて

「梨璃、落ち着いた?」

膝枕した梨璃の頭を手櫛で髪をすくように撫でながら尋ねると、梨璃は小さくコクンと頷いたーーー。


ーーーあの時のように、月明かりが照らすこの部屋で目を覚ました梨璃は、しかしあの時とは違い、私の姿を認めると酷く狼狽した。

“守ってあげられなくてごめんね……!結梨ちゃん……、ごめんね結梨ちゃん!”

そう繰り返しては泣きじゃくるばかりで、私に出来る事はただただ梨璃を抱き留め、背中をさすってあやす事だけだった。

“うんうん、泣くな梨璃”

競技会の時と同じ言葉をかけた事を私はすぐに後悔した。おどけている振りなんてしても意味が無いのはわかっていた。

“結梨ちゃんだって……!“

そう梨璃に指摘されて、私は自分の頬が熱くなっている事に気が付いた。

”うん……。私も梨璃と会えて嬉しいのに、変なの……。海と同じ味がする“

こんなに、嬉しいのにーーー。


ーーー梨璃が泣き止むまでに何分、何時間、それとも何日経ったのか、そうして泣き疲れた梨璃を私は膝に寝かせていた。

「どうして……」

私に背を向け、小さく嗚咽を漏らす中で、梨璃はポツンとそう問い掛けた。

「美鈴がね」

私がその名前を口にすると、梨璃の背中がピクッと震えた。

「私なら、夢を伝って梨璃に会いに行けるって言ってくれたから」

そう尋ねられているのだと思った。でも梨璃は、小さくかぶりを振った。

「結梨ちゃんの事、責めたいわけじゃない、それは絶対に違うの……。でも、どうして……、どうして独りでいっちゃったの……?」

私は、その問いに打ちのめされた思いがした。私がリリィだって証明したかった。ヒュージなんかじゃないって叫びたかった。みんなを守りたかった。梨璃を守りたかった。どの気持ちも本当だった。だけど……、他に言葉は出て来なかった。

「梨璃、ごめんね……」

梨璃はまた、肩を震わせて泣いていたーーー。

 

 

渚にて

 

 

ーーー長い時間が経って、その沈黙を破ったのはまたしても梨璃だった。

「結梨ちゃん、美鈴様に……、会ったの?」

梨璃はおずおずとそう言った。

「うん……、でも美鈴は、自分は魂の欠片だって言ってた」
「魂の、欠片?」
「ダインスレイフに残った残留思念のようなものだって。だから、美鈴とお話し出来たのは短い間だけ」

たとえ短い間でも、その印象は強烈だった。

「そっか……、だったら、きっと私と同じ美鈴様だったんだね……」
「梨璃も美鈴に会ったの?」

梨璃は小さく首を振ってから話を続けた。

「ダインスレイフに触れた時、美鈴様の想いが流れ込んできたの。私、お姉様に嘘付いちゃった……」
「嘘……?夢結に?」
「美鈴様がお姉様の事、好きなら好きで、それで良いと思う、って」
「梨璃……?」

そう言って一瞬押し黙ってから、梨璃は起き上がって私と顔を合わせた。その目は、泣き腫らして真っ赤になっていた。

「それだけじゃないって、私わかってたのに、でも言えなかった!お姉様の事を知りたい、心配してる、一緒にいたい、抱きしめたい、そういう気持ちが好きだって、私そう思ってた。だけど、美鈴様は……、美鈴様がお姉様に向けてた想いは……、あんなにドロドロした気持ち、私、知らない、わからない……、わからないよ……」

一気にそう吐露して梨璃は俯いた。美鈴は確かに、“いっそ殺めて夢結を美しいまま自分の側に留め置きたいとさえ思っていた”と、そう言っていた。

「私が美鈴から聞いたお話も、梨璃が感じた気持ちと同じ……、だと思う」

梨璃は美鈴の想いを一体どこまで感じ取ったのか、それがわからない以上、美鈴の言葉をそのまま口にするのは躊躇われた。

「私、怖かった……」
「うん……」
「美鈴様が、じゃないの……。もし、私がそれを口にしてしまったら夢結様が……、それが怖かったの……」

美鈴も、そうして夢結を傷付けるのを恐れていた。

「梨璃の嘘、優しいと思うよ」

“夢結は夢結に生まれて幸せだね”と、私は梨璃にそう言った。そして、その言葉で梨璃を傷付けた事を酷く後悔した。

「それでも、この想いは本当なら夢結様のモノなのに……」

私は、梨璃の苦悩は美鈴の想いそのものではなく、それを夢結に伝えられていない事なんだと思った。

「ねぇ、梨璃、美鈴の夢結への想いと夢結にしてあげた事、どっちが本当の美鈴なのかな?」
「どっち?それは勿論……、うん、どっちも本当……、だと思う」

夢結を傷付けたいという想いも、夢結を命を賭して守った事も。

「そう、どっちも本当。だから美鈴、辛かったんじゃないかな?」

それまでずっと俯いていた梨璃が顔を上げた。

「うん……、美鈴様、辛かったんだと思う。ダインスレイフから伝わって来たあの苦しさ、あの悲しさ、あの愛おしさ、一度に全部抱えてるの……、辛かったんだと思う」

それは、他ならない梨璃自身の言葉だった。

「だからね、梨璃。梨璃のその気持ちを夢結に話してあげたら良いんじゃないかな?」
「私の気持ち?」
「そう、梨璃の気持ちを。美鈴が話してくれた事、私も全部はわからない。でも、梨璃の想いは梨璃のモノだから」

そう伝えると、思い詰めていた梨璃の表情が、少しだけ軽くなった気がした。

「そっか……、そうだよね。誰かの心の中の事、それを知ってしまったからといって、そのまま全部、他の人に話しちゃうなんてダメだよね。どうして私、そんな当たり前の事……」

ダインスレイフには梨璃だけじゃなく夢結も触れた。でも、梨璃だけが美鈴の想いを感じ取った。だから、それはきっと、美鈴がその気持ちを夢結に知られたくなかったか、あるいは、梨璃のラプラスがそうさせたのだと思った。

「梨璃は夢結の事を好き過ぎるから。それで心配してお世話を焼きたいんだよ。夢結の方がお姉ちゃんなのにね」

だから、そう伝えた。

「結梨ちゃんってば。私、お姉様に伝えてみるよ。自分の、気持ち」
「うん、夢結に話せない梨璃の苦しい気持ちは、私、聞くから」
「ありがとう、結梨ちゃん」

夢結には話さないで自分には話してだなんて、私、梨璃にずるい事言ってるなって、そう思ったーーー。


ーーー私達は肩を寄せ合い、二人並んでベッドに腰掛けていた。

「もうすぐ、夜が明けるね……。夢の終わる時間」

梨璃は、夢から覚めないといけない。

「そんな事……。違うよ結梨ちゃん。まだ、ずっと夜だよ。お月様があんなに綺麗なんだもん」

梨璃は窓の外を見て、努めて明るく振る舞いながら首を振ってそう言った。

「この場所はずっと夜なの。ずっと、ずっと明けない夜」
「そんな……、そんなの寂し、過ぎるよ……」

梨璃の瞬きは、次第にゆっくりと深くなっていった。

「だから、もう時間なの、梨璃」
「私も、ずっとこのまま起きてるよ……」
「んーん、梨璃は帰らなきゃ」

うつらうつらとしながら瞬きをする度に、梨璃の涙が溢れて頬を伝っていた。

「ない……、ないで……。結梨ちゃん、行かない……」

消え入るような声でそう繰り返しながら、梨璃はいつかの私のように駄々をこねた。

「もうどこにも行かないよ、梨璃。おまじない、かけてあげる」

私は、涙を流す梨璃の目元に唇を落とした。

「また、会えるから」
「結梨、ちゃん……」
「ずっと、側にいるよ」

だって、私は梨璃の守護天使だから。
そうして、身体を預けていた体温はフッと消えて、私はそのままベッドに倒れ込んだ。今はただ、月明かりの照らすこの部屋に、静かな波の音だけが聞こえていた。

またね、梨璃。

……ごめんね。

 

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葡萄畑の匂い

この世界で今年もまた誕生日を重ねられる、それはとても幸せな事であり、ましてや、日々ヒュージと相対して命を散らすリリィにとってそれは尚の事だった。そして今年はその特別な日に憧れのお姉様と一緒にいられる、これまでに迎えた誕生日の中で一番幸せな一日になる、そう高鳴る胸の響きで目を覚ました私は、きっと何の疑いも無くそう思っていたーーー。

 


『葡萄畑の匂い』

 


ーーー今日が自分の誕生日だと予め伝えてあった訳でも、一緒に過ごしましょうと約束をしていた訳でも無かった。どうして私は、今日も昨日と同じ様に、お姉様といつものラウンジで“ごきげんよう”と挨拶を交わし、取り留めない話題の中で“実は今日、私の誕生日なんです”と、そう伝えられると信じて疑っていなかったのだろうか?今日もいつもの長机とパイプ椅子に三人で座り、レギオンの欠員を埋めるべく道行くリリィ達にビラを配りながら、私はそんな事を考えていた。

「おかしいよね?私、一人で勝手に舞い上がっちゃって」
「そんな事ありません。夢結様がいけずなだけです。よりにもよって今日不在にしているなんて間が悪いにも程がありますわ。大方、どこぞのレギオンの遠征に助っ人か何かで着いて行ったのではなくって?」
「でも、今日は遠征や炊き出しに出ているレギオンは無いみたいです」

昨日のまな板をペタペタと指で鳴らしながら二水ちゃんが答えた。

「そうなの二水ちゃん?」
「はい。それに変です。夢結様、昨日梨璃さんのデータを横目でジッと見てたのに」
「え……?」
「おばかっ!」
「え、あ、ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
「そんな全然、二水ちゃんのせいじゃないから謝らないで。ね?」

お姉様は、今日が私の誕生日だと知っていた。だったら、お姉様は私に黙って一体どこに行ってしまったのだろうか……?

「梨璃さん、今日はお休みにしません?」

楓さんがそう言った。面倒だから、というわけではなく、私が目に見えて落ち込んでいるのを気遣っての事だった。

「でも、それだとお姉様が帰って来た時に……」
「ですが、その様な浮かない顔ではせっかく興味がお有りという方まで逃げてしまいますわ」
「案外そうでもないかもです」

そう言った二水ちゃんの視線の先には、この間レギオンへの加入を断られた梅様、と、その背中に隠れている鶴紗さんがいた。

「よっ、梨璃。調子は……、あんまりみたいだナ」
「梅様……、ごきげんよう
「ご、ごきげんヨー……、コレ、慣れないんだよナー……」

確かに梅様は、たとえ相手が後輩であっても砕けたやりとりを好んでいた。

ごきげんよう梅様、ついにわたくし達のレギオンに加入する決心をなされたんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどサ」
「……でしたら何しにいらしたんですの?」
「お前それ先輩に向かって……、まあ良いカ。梨璃、夢結の事で落ち込んでるんだロ」
「……はい」

私達が話を切り出す前にお姉様の事をストレートにぶつけられ、私は少々面食らった。

「夢結はそういうの凄く不器用だからサ、まあ、わかりにくいし不安になるよナ」
「はい……、えっと、梅様?」

頷いてから、一体何に対して、と疑問が沸々と湧いてきた。

「お前が心配してるような事は何も無い。だから待ってろ」
「鶴紗さん?」

それまで黙って梅様の後ろに隠れていた鶴紗さんが、この時だけはひょっこり顔を出してキッパリと言った。

「じゃ、夢結が帰ってきたら知らせてくれよナ。っと、お、猫だ」
「にゃ?どこです梅先輩!?」

私が疑問を投げかける前に、二人はそんな事を言いながら猫を追いかけて行ってしまった。

「え?梅様っ……、行っちゃった」
「あの二人、絶対何か知ってますわ」
「でも、悪い事じゃなさそうです」

お姉様と親しい梅様はともかく、関わりが無さそうな鶴紗さんまで何か知っているようだったのはどういう事なのだろうか?私が考え込んでいると不意に楓さんが立ち上がって言った。

「あーもうじれったい。行きますわよ梨璃さん」
「楓さん、行くってどこに?」
「聞き込みですわ。梨璃さん、当たって砕けろ、ですわよ」

その言葉はあの時に私を奮い立たせた言葉だったーーー。

 

 

「ーーーという訳なんですが、お姉様の事、何か知りませんか?」
「夢結様の事……。私、夢結様も凄く可愛いところあるなって思った」
「そうですわね。わかりにくいですけど」
「夢結様って困った事があるとそっぽ向いちゃうんだね」
「あれで結構子どもっぽいところありますよね」

こうして自分以外の誰かがお姉様の魅力について話しているのは、なんだか嬉しいようなこそばゆいような、それとも、悔しいような……。

「えっと……、そういう事じゃなくて」
「ねぇ梨璃」
「?」
「夢結様が戻られたら、私達も梨璃さんのところに伺ってもよろしいかしら」
「それは勿論だよ。でも、お姉様が……」
「梨璃さん」

俯いた私が顔を上げると、二人の優しくて真っ直ぐな瞳が私を見ていた。

「大丈夫だから」

そんな二人の口振りは、何かを諭すような、言い聞かせるような、それでいてどこかいたずらっぽいものだった。一方で、意図して要領を得ない返答をされているような、それでいて急に核心を突くような。みんなが私の知らないお姉様を知っている、お姉様を信じている。それなのに私は、お姉様の事を何も知らないーーー。

 

 

「ーーーやぁ梨璃さん、レギオンのメンバー集めの方はその後どう?あ、まさか私をレギオンに勧誘しに来たとか?でもごめんねー、今はちょっと身体が足りなくて。ん?今はじゃなくて年がら年中かこれは失敬」

確かに、もしも百由様が加入してくれたら凄く心強い。しかし、さすがに一つのレギオンで独占して良い人とは思えなかった。それは、今も百由様の隣で手伝いをしてるミリアムさんが私達のCHARMを見てくれるようになってから、より一層実感している事だった。

「百由様、そのうち自分そっくりのガイノイドでも作りそうな勢いじゃからの」
「良いわねそれ。同時に義体を操るのは二体までが限界らしいから、やっぱ自律稼働してくれるのが理想よね」
「百由様、わしがおらんと部屋の片付けもままならんからの……。今朝なんぞわしが来るまでガラクタの下に埋まっとったし」
「うんうん、可愛い後輩にはとても感謝しているわ。ありがとうグロッピ」

この二人のやりとりはいつもこういった調子で、良い意味で互いに遠慮が無くて、まるで本当の姉妹のような距離感だなとつくづく思った。このやりとりを見ているのもそれはそれで飽きないし気が紛れるかもしれないが、それでは話が進まない。そして、それ以上に二人を見ていると寂しい気持ちが募ってきたというのが正直なところだった。

「あの、夢結様が朝からずっといなくて……、何かご存知ないですか?」

二人は互いに目配せし、やや間を空けてからこう言った。

「あー……、すまんがわしは心当たりが無いのぉ。百由様も」
「夢結なら梨璃さんの誕生日プレゼントを探しに出掛けたわよ」
「え……?」
「バラすんかい!!」

何のために目配せしたのかとミリアムさんが百由様に抗議しているが、私はもう内心それどころではなかった。

「サプライズは相手が幸せな気持ちになればこそよ?梨璃さんが夜までこの調子で、暗い顔して夢結を出迎えたんじゃ意味無いでしょ?」
「う……、それはまあ、そう、じゃの……」

それを聞いた楓さんがため息をついていた。

「お二人が知っていたという事は……」
「ちびっこ二号だけでなく、あの方々も漏れなく共犯者ですわね」
「そういえば皆さん、梨璃さんの誕生日を知ってる様な事をおっしゃってました」
「大方、夢結様が梨璃さんの誕生日の事を相談して回っていた、という所ですわね」
「散々な言われようじゃが……、まあ、そういう事じゃ」

お姉様は私のために……、でも、どうしてそこまで……、私は一緒にいられるだけで、それだけで良かったのに。

「あの、百由様、夜まで……って、お姉様は一体どちらまで?」
「それこそサプライズだから教えない。梨璃さん、まだ夢結の事が心配?」

お姉様の事が心配……?そう、私は自分が寂しいと思う以上にお姉様を心配していたんだ、と、ここに至ってようやく気が付いた。

「百由様、お姉様がいつも首から下げているペンダントの事はご存知ですか?」
「梨璃さんはあれが何か知ってるの?」

お姉様がもし私に話していないなら、それは自分口からは言えない、という事らしい。

「はい……、先日のヒュージとの戦いの後で美鈴様のお墓参りに行った時、そこでお姉様から聞きました。あのペンダントは誕生日に美鈴様から頂いた物だって」

そして、その中には美鈴様の写真が収められている事も……。

「そうね……、夢結がシルトの誕生日と聞いてまず思い浮かべるのはあのペンダントの事でしょうね。まあ、要するに気負い過ぎるのね」
「気負い過ぎる?」
「そ、どんな物なら喜んでくれるか、何を贈ったら思い出に残るか、そういう事を深く考え過ぎちゃって目の前の本人を通り越して相手の事をもっと知らなくちゃって空回りして、……って喋り過ぎたわね。反省反省」
「百由様それって」

お姉様が今どこにいるのか、私の想像が本当ならどんなに嬉しい事だろうか。

「梨璃さんだって夢結の事を知ろうとしていたでしょう?あなた達お似合いだと思うわ。いえ、よく似てるのかしらね。嫌味じゃないのよ?本心でそう言ってるわ。あとは夢結に直接聞いてね」
「百由様、ありがとうございます」
「どういたしまして。さて、そういえばどうしたの?さっきからみんな黙ってぼーっとしちゃって」

言われてみれば、みんな一様に呆けていた。

「いえ、百由様大人だなぁって思って」
「見直しましたわ」
「案外しっかりしとるんじゃのう」
「あんた達……、今まで私の事を一体全体どう思ってたのよ!?」

その光景も、自分が悩んでいた事も、なんだかおかしくて。

「あ、梨璃さんまで!」
「やっと笑ってくれました」
「憂いを帯びた横顔も素敵ですが、やはり梨璃さんには笑顔が一番ですわ!」
「夢結様が戻ったらわしも忘れず呼ぶんじゃぞ」
「はい!勿論です!」

今日は今までずっと、落ち込んでいた私の気持ちにみんなを巻き込んでしまっていた。みんなのおかげで私はようやくお姉様を出迎える準備が出来た気がしたーーー。

 

 

ーーー遅い時間にラウンジで騒がしくしているわけにはいかないという事で、楓さんが自室を提供してくれた。“本当なら梨璃さんと二人っきりの愛の巣になる予定でしたのに”と口では言っていたが、みんなへの連絡はしておくからと私を送り出してくれた。
とはいえ、外出許可を提出しないと私達は自由に出歩く事は出来ないので、私は学園の正門の前でお姉様の帰りを待ったーーー。

 

 

ーーーそうして暫く待っていると、お姉様は梅様と鶴紗さんに連れられてトボトボといった様子で帰って来た。

「あ、梨璃!あー……、梅達が先に夢結を出迎えちゃったナ」
「お帰りなさいお姉様!何も言わずにどっか行っちゃって、私すごく心配したんですからね!?」
「え?あ、そ、そうだったかしら?ごめんなさい。一言断っておくべきだったわね……」
「お姉様?」

なんだか視線が泳いでいて様子がおかしい。

「まあまあ、夢結疲れてるみたいだからこの辺でサ」
「もうすぐ門限だ。とりあえず行こう」

二人にそう促されて、私達は楓さんの部屋に向かったーーー。

 

 

ーーーラッピングされた駄菓子のラムネと瓶ラムネは、確かに学園の購買部と正門前の自販機で売られていた物だった。私はお姉様がプレゼントしてくれる物なら何だって嬉しいのだけれど、一方でお姉様はそれに全然納得していない様子で項垂れていた。
畑の土の着いた靴、氷の入ったあのクーラーボックス、それだけで本当は私は気付いていた。けれど、もっと決定的な事を確かめたかった。

「お姉様を私に下さい!」

みんなの黄色い声を受けながらお姉様を抱きしめた時、私は自分の願望が夢や嘘ではなかったのだとすぐにわかった。
私は、それまでお姉様にどんな言葉で想いを伝えたら良いのかを考えていた。お姉様が朝からずっといなくて、私は一体どうしたのかと思って心配で心配で……。そうやって私がお姉様を想っていたその時に、お姉様はきっと私の事を想って私の故郷を歩いていてくれていた。きっと、あの駄菓子屋さんを訪れて。きっと、あのベンチに座ってラムネを飲んで。そうやって伝えたい事が多過ぎて、どんな言葉にしても私の想いとは違う気がして。結局はどうやったら全部を伝えられるのかわからなかった。そんな魔法みたいな言葉なんてあるわけないと思っていた。

でも、お姉様を抱きしめた私の唇が紡いだたった一言の言葉は、私の想いを全てお姉様に伝えるのに余り有る替え難い言葉だった。

「葡萄畑の匂いがします」

お姉様、やっぱり私、お姉様のシルトになって幸せです。今日は、今までで一番幸せな誕生日です。

 

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気遣いのお茶会

どれだけ時代が流れても暦やカレンダー、それに倣った人々の生活習慣が無くなる事はなく、その点で今日は授業の休講日かつレギオン当番もお休みの日という文句無しに花丸の休日だった。そして、これらは滅多に被らないともあれば、一柳隊のレギオンメンバーは今日ばかりは全員集合とはいかず、今この控室にいるのは梨璃さんと、その両腕にそれぞれ腕を絡める夢結様とわたくしの三人だけだった。

「それで楓さん、うちの梨璃に何か御用だったかしら?」
「あら?夢結様こそわたくしの梨璃さんに何の御用が?」
「あははー…… 、二水ちゃんまだかなー」

火花を散らすわたくし達の間で、あろう事か他の女の子の名前を口にするなんて……。そんな梨璃さんにわたくしは心の中でぶー垂れた。当のちびっこ一号は“良い事があると思うので控室で待っていて頂けますか?”と言い残し、荷物が届いたと学生課に呼ばれて行った。もっとも、その前に梅様と鶴紗さんは猫の集会所にお弁当を持ってピクニック、神琳さんと雨嘉さんは街にお買い物という体でのデートにそれぞれ出掛けていて既に不在であった。ちびっこ二号は見掛けていないが、まあ、百由様のところではないだろうか。

「皆さんお待たせしましたー」
「なんじゃなんじゃ、朝っぱらからお熱いのぉ。夢結様、ごきげんよう
ごきげんよう

わたくしの予想を裏切り、ちびっこ一号&二号が心なしかどこか弾んだ様子で小包を抱えてやってきた。

「お帰り二水ちゃん。ミリアムさんも一緒だったんだ」
「おう梨璃、相変わらず苦労しとるのう。わしも荷物を取りに行ったら二水とばったり会っての。それで、話を聞いたらちょうど良さそうじゃったらから顔を出したという訳じゃ」
「ちょうど良いとは?」

夢結様が小首を傾げて尋ねると、ちびっこ一号&二号は互いに目配せをして頷き合い、その小包を掲げて口を揃えた。

「「お茶会です/じゃ!」」

一体何の意味があるのか“そーれー!”とその場でくるりと回った二人が小包を開けると、なるほど確かにちょうど良さそうな取り合わせだなと思った。

 


『気遣いのお茶会』

 


「わぁ、クッキーがいっぱい!宝石箱みたいだね」
「ミリアムさんのは紅茶葉ね」
「これ、どうしたの?」

確かに梨璃さんの言う通り、箱の中には見たところメイプル、バター、ジャム、ナッツ、チョコレート等々色々な種類のクッキーが収められていた。絡めた腕からも出来れば早く食べたいというウズウズが伝わって来た。

「実家の母がお菓子作りが趣味で色々作って送ってくれたんです。前にレギオンの事を話したら皆さんでどうぞって。ただ、発送したって連絡を入れ忘れてたってさっき電話があったんですよ」
「そうだったんだね。お礼しなきゃ。レギオンのみんなにって作ってくれたんだから、また改めてお茶会しなきゃだね。ミリアムさんは?」
「わしの方は百由様が最近しきりに”カフェインがたりないー“と項垂れておるでの。ドクペだけだとそのうち倒れそうじゃから、まあ気分転換にと思って取り寄せたのをお裾分けというわけじゃ」

どうやら工廠科初のシュッツエンゲルも、誰に倣ったのか妹が姉を世話するあべこべな関係を築いているらしかった。

「ミリアムさんに紅茶の趣味があったとは意外ですわ」
「ドイツはビールが有名じゃが、ま、イギリス程ではないにせよそれなりに紅茶は嗜むぞい」
「そうなんだ。ところで、ドクペ……、って何?」
「ん?ああ、梨璃のラムネにカフェインその他諸々の香辛料を色々ぶっ込んだ感じの飲み物とでも言えばいいかの?百由様は眠気覚ましの一種として飲んどるようじゃが」
「相変わらずね百由は」
「相変わらずじゃ。さて、話の続きはお茶を淹れてからにしようかの」
「あ、私も手伝うね」

わたくし達の腕をどうやって解いたのか、言うや否や梨璃さんはすくっと立ち上がり、ミリアムさん達とお茶会の準備に向かってしまった。そうして残されたわたくし達は、互いに矛を収め、梨璃さん争奪戦の休戦協定を結ぶ他無かったのだったーーー。

 


ーーー小皿に取り分けられたクッキーとカップに淹れられた鮮やかな色の紅茶、それだけ見ればテーブルに広げられているのはお茶会の光景そのものと言えた。しかし、その中のその他異質な存在には疑問を呈さざるを得なかった。

「ところで……、それは何ですの?」
「ロシアンティーですよー。楓さんご存知ないんですか?」

勿論それは知っている。子供の頃、ブルーベリージャムで舌を青くしてお父様に笑われたのをよく覚えている。覚えているが、しかし、だ。

「いったいどこの世界に丼鉢とカレースプーンでジャムにがっつくロシアンティーがありますの……?」
「ん?美味いぞい?」
「美味しいですよね。楓さんもどうです?」
「……遠慮しておきますわ」

成長期なのか何なのか、あの膨大なカロリーは一体どこに消えているのだろうか?

「いい香りだねこの紅茶」
「そうじゃの。百由様喜ぶと良いんじゃが」

憂いを帯びたその瞳が誰を想ってのものなのか、そんな事はわざわざそうして名前を口にされなくても明らかで、わたくしにはその瞳が誰かさんとダブって見えて溜息をついた。

「はぁ……、元々カップルだらけのレギオンに新婚さんまで、目に毒ですわ」
「新婚さん?」
「もゆミリさん」
「わしらかよ!」

工廠科初のシュッツエンゲルの誕生に、百合ヶ丘はいつも以上に色めき立った。“工廠科の生徒達が急にそわそわし出した”とはちびっこ一号の言であり、そうでなくても、あの週刊百由がシルトを迎えたという事実は大きな驚きを持って受け止められていた。

「ミリアムさんはどう?百由様のシルトになってみて」
「私も興味あるわね。あの百由がシュッツエンゲルだなんて」
「夢結様までなんじゃ二水みたいなことを言いおって。さっきも言った通り百由様は相変わらずじゃ。昼夜を問わずの実験と研究の毎日に加えて前線にまで出て来おるし、たまに電池が切れたかと思えば寝言でもヒュージがチャームがとむにゃむにゃ言いおる。まるで夢の中でまで論文を書いておるような……、なんじゃお主ら固まって。わし、何か変な事を言ったかの?」

正に語るに落ちるとはといった具合だが、まだそうだと決まったわけではない。それよりも、梨璃さんと夢結様が揃ってしおらしい雰囲気になっているのは何なのか。

「あ、えっとね……、寝言って、その、たまに百由様に膝枕してあげてるなぁって思って、そういう時だよね?」
「ぇ……?ぁ……」

耳まで真っ赤にして言葉に詰まったその様子から、どうやらそうではない事は明らかだった。これからはもうちびっことは呼べないのかもしれない。

「どどど同衾ですか!?お泊まりですか!?朝帰りでふは!?」
「二水さん、もう少し淑女としての慎みをお持ちなさい」
「ずびばぜん……」

ちびっこ一号が鼻血を噴く光景を見たのは久し振りかもしれない。夢結様が何だかそれっぽい事を言っているが、藪蛇にならないよう事態を収めようとしているような気がしないでもない。

「そ、そうじゃ。このクッキー、百由様のところに少し貰っていっても良いかの?」
「ふぇ?ふぇえぼぢろんふぇふ」
「ならこれを使うと良いわ」

そう言って夢結様がどこからともなく取り出したのは、梨璃さんの誕生日にラムネを包んでいたラッピング袋だった。

「ゆ、夢結様かたじけない。では皆の衆、ごゆっくり〜」

言うが早いか、ミリアムさんは紅茶とクッキーを抱えてそそくさと部屋を出て行ってしまった。

「逃げましたわ」
「二水さんを介抱しなければならないし……、というよりこれでは主賓が不在になってしまうわね。今日はもうお開きかしら?……梨璃?どうしたのそんな怪訝な顔をして」
「夢結様、さっきから一枚もクッキー食べてないですよね……?」

言われてみればそうかもしれない。もっとも、わたくしの視線の中心は常に梨璃さんであるため、自分は絶対にそうだとは言い切れないのだけれども。

「え、えぇ……、実は最近ちょっと太ってしまって……」
「いーえ、お姉様はむしろ痩せ過ぎです!私より体重軽いじゃないですか」
「……どうして梨璃が私の体重を知っているのかしら?」
「それは二水ちゃんのまな板で……。でもでも、お姉様だって私の見てたじゃないですか!!」
「シルトを見守るのはシュッツエンゲルの使命ですから」
「夢結様、それは公私混同なのでは?」
「新聞の看板を掲げてゴシップやグラビアを掲載する貴女がそれを言いますの?」

いつの間にか復活したちびっこ一号がツッコミを入れるも、それこそ藪蛇というものではないだろうか?ただまあ、実際もし学年別に寮の部屋が別れていなかったら、“おはようからおやすみまで見守りたい”と宣いそうな勢いだ。

「とにかくお姉様痩せ過ぎです!私より軽いだなんて間違ってます!それに、少しくらいぷにってしてた方が抱き心地が良いと思うんです」
「抱きっ!?」

ちびっこ一号が再び鼻血を吹いて倒れ、“やっばりゆびわをはずじでだのはわわわわ”とうわ言を繰り返していた。一方で夢結様はたじろいだ様子で“それは、その……”と口籠っており、これはもうあと一押しで落ちるのは目に見えていた。

「じゃあ、私と半分こしませんか?」
「半分こ?」
「そうです。お姉様と私はシュッツエンゲルなんですから、辛い気持ちも楽しい気持ちもこうやって半分こです」
「そう……、そうね。本当に、あなたには敵わないわね」

そう言ってパキッとクッキーを半分こにした梨璃さんは、あろう事か絵に描いたような“はい、あーん”を実践していた。“あーん”と、素直に応じる夢結様も夢結様だ。わたくしという者がありながら完全に二人きりの世界に浸られるのは流石に居心地がよろしくない。

「……コホン。まったく、これじゃあ甘くて胸焼けしてしまいますわ」
「え……?あ、あはは……。じゃあ、楓さんも半分こしよ?はい、あーん」
「良いんですのっ!?」

そうして、梨璃さんから頂いたクッキーはとても甘くて、でも、至福に満ちた夢結様を横目にしながら口にしたそれは、なんだか、少しだけ塩っぱかった。

 

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彼岸にて

「だいじょうぶだよ。梨璃と夢結は私が帰すから。ありがとう、梨璃」

コツンと触れ合ったおでこの温もりは、まばたきをするような一瞬にも永遠にも感じられた。しかし、やがて梨璃の目覚めの時が来て、その温もりは熱を残してフッと消えたーーー。

 

『彼岸にて』

 

ーーー梨璃が海の向こうの岸へと帰り、私は月明かりが照らす夜明け前のこの部屋に独りポツンと残された。寂しさが無いと言えば嘘になるけれど、でも、これでいい。それが、私の役割だから。私が、感傷とも決意ともつかない思いに囚われようかというその時、不意に背後から誰かの声が降ってきた。

「やあ、二人は無事に帰ったようだね」

顔を上げて振り返ると、百合ヶ丘の制服に身を包む、スラっとした銀髪の少女が扉にもたれかかって立っていた。この場所に誰かが来るなんて思わなかった。

「あなたは、誰?」
「初めまして、僕は美鈴」
「美鈴……、夢結が話してたお姉様?」
「そうだね。もっとも、今の僕はダインスレイフに宿る残留思念……、魂のカケラのようなものだから、もう幾許も無く消えてしまうだろう」

それは、達観しているようにも自嘲しているようにも感じられた。掴み所の無い人だなと思った。

「そう、なんだ……、どうしてここに来たの?それに、夢結を……、見送らなくて良かったの?」
「いきなり痛い所を突いてくるね」
「ごめん……」
「いや、責めてるわけじゃないんだ。その通りだからね。そうだね……、強いて言えば合わせる顔が無かったのかな?」
「どうして?会えるのに?」
「君はとても素直な子なんだね。羨ましいな」
「美鈴は、素直になれたら幸せ?」

私は、あの時と同じような問い掛けをした。

「どうだろう……?いや、訂正しよう。そう思うこともあったけれど、案外、僕はこれくらいでちょうど良かったのかもしれないな」
「私……、嫌なこと聞いた?」
「どうしてそう思うのかな?」
「”夢結は夢結に生まれて幸せだね“って、私がそう言った時の梨璃、すごく、悲しそうだったから……」
「そうか……、だったら謝るのは僕の方だ。夢結をそうしてしまったのは、僕だからね」
「そんなこと……」

“結梨ちゃんは結梨ちゃんでいい”と、梨璃はそう言ってくれた。でも、梨璃がそうしたように、憧れを持つことは、誰かのようになりたいと願うことはそんなに悪いことなのかな?夢結には悲しいことがあって、でも、梨璃に想われることは幸せなこと、両方じゃいけないのかな?

「そうか、君は……、まっさらだったんだね」
「まっさら?」
「そう、その純粋さで清濁どちらも受け入れる事が出来る。だからここに居るんだね」
「よく、わからない……」
「でも、君はもう、自分がどういう存在なのかわかっているだろう?」

学園を襲ったヒュージと戦ったあの時と同じように、誰に教わるでもなく私はそれを知っていた。

「うん、マギの知識が教えてくれる。私は……、梨璃を護る」
「そう、それは本来、形式的な姉妹の契約関係を指す言葉では無かったんだ。ヒトとしての肉体が形象崩壊したリリィがマギに還り、それでも魂を失わずに純粋に強く想うリリィを護る」
「それが、シュッツエンゲル」
「ああ、リリィを護る、守護天使だ」

梨璃を護れるなら、それは嬉しい。でも、みんな私のこと、ヒトだって、そう言ってくれたのに、ね……。

「君はヒトだよ」
「え……?」

美鈴はまるで見透かしたようにそう言って、俯いていた顔を上げた私に諭すように言葉を続けた。

「さっき言った通りさ。ヒトかそうでないか、それを決めるのは器である肉体的な外観かな?だとしたら、ヒュージ化したヒトであるリリィは、そもそもヒトのカテゴリーに当て嵌まらなくなってしまう。ヒトかどうかを決めるのは、器ではなくその中身さ」
「そっか、うん……。ありがとう」
「どういたしまして」

でも、そう言った美鈴はどこか他人事のようで、私は思わず尋ねてしまった。

「じゃあ、美鈴は?」
「え?」
「悲しそうなにおいがするから」
「僕は……、そうはなれなかった」
「どうして?」
「不純だったのさ」

美鈴は今度こそハッキリと自嘲してそう言った。

「どこまでが本来の夢結で、どこからが僕のラプラスが創り出した幻想なのか、僕にはそれがわからなくなった。そんな想いを抱えているくらいなら、夢結を、いっそ殺めて蝶の標本のように、花弁を散らす事の無い贈答花のように、物言わないドールのように、そうして自分の側に美しいまま留め置きたいとさえ考えていた」
「そんな……」

美鈴が嘘を言っているようには見えなかった。でも、そんなのはおかしい。

「だって夢結は生きてる!!美鈴が護ったって!!」

自分が叫んでいる、そのことに驚いた。

「あの時は、ここが自分の死に場所だと思ったんだ。自分が狂ってそうしてしまう前に、夢結を護る事が出来たらと」
「だったら……、私も、変わらない」

そうすることでみんなを護れる……、あの時の私は、その選択が梨璃をどれだけ苦しめるかなんてちっとも考えていなかった。

「そんな顔をしないで。僕が夢結を護ったと、そう言ってくれて嬉しいよ。それに、君だってみんなを護ったんだ。そして、みんなはそれに報いようとしてくれている、その気持ちは、汲んであげて欲しいと思う」
「……うん。頑張ってみる」
「ありがとう。さて、もう時間かな?じゃあ、行くね」

そうやって言葉にされて、私はこの部屋が酷く寒くなるのを感じた。

「私、また独りになるんだね……」
「君は、僕と違って夢を通って梨璃に会いに行けるだろう?」
「会いに……、行っていいのかな?」
「どうして?会えるのに?」
「イジワル……」

冗談めかしてそう言って、美鈴はくつくつと笑った。私も、つられて笑った。

「最期に君と話せて良かった」
「私も、美鈴。おまじない、かけてあげる」

そうして、コツンと触れ合ったおでこは私より少しひんやりとしていた。やがてその感触が消えると、私は、月明かりが照らす夜明け前のこの部屋に、また、ポツンと残された。

「梨璃と夢結、ちゃんと帰れたかなーーー」

 

 


『此岸にて』

 

「ーーー梨璃さん?大丈夫?」
「閑さん?どうしたんです……、か……、ぁ……」
「ごめんなさい。今朝は、あなたが起きてくるのが少し遅いなって思って。それで覗き込んだら……」

眠っている梨璃さんが涙を流していた。だけど、うなされているわけではないようで、どうしようかと考えあぐねていた矢先に梨璃さんが目を覚ました。

「心配かけてごめんなさい。今日は大丈夫。嬉し涙、だから」
「嬉し涙?」
「うん、結梨ちゃんがね、夢に、来てくれたの」
「そう、だったの……、そのお話、私も聞いていいかしら?」

夢結様には少し悪い気もするけれど、これもルームメイトの特権と思って欲張る事にした。

「勿論だよ。それがね、結梨ちゃんってば、“うんうん、泣くな梨璃”って、そう言うの」
「ふふ、お姉さんぶって。彼女らしいわね」
「ね。でもね……、そういう結梨ちゃんだってね……」

“私も梨璃と会えて嬉しいのに、変なの……。海と同じ味がする”と、そう話していたと聞かせてくれた梨璃さんの流す涙の意味を、私は、聞く事が出来なかった。

 

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猫と微睡む

講義の合間にいつもの木陰で二人で寝転がり猫達と昼寝をする、そんなありふれた日常は以前より尊いものに感じられた。競技会から、そしてあの日からまだ日は浅いのに、ここでこうしているのは随分と久し振りな気がした。

「なぁ、梅先輩」
「んー、なんダ?」

片手をヒラヒラと泳がせて猫と戯れながら、いつもの気怠げな感じに幾らか真剣なニュアンスを織り交ぜて鶴紗は言葉を続けた。

「前にここでこうしてた時、“梅には心配なヤツがいたんだけど、もう大丈夫そうだから、梅が見てなくていいかナ”って、そう言ってたじゃないですか」
「ああ、言ったけど、それがどうかしたのカ?」
「心配なヤツってのは夢結様の事でいいんですよね?」
「ん……、まあ、そうだけド……」

私は質問の意図を汲み取る事が出来ず、言い淀んだ返答をしてしまった。鶴紗はあの時から相手が夢結だと気付いていただろうし、その上で素っ気無い感じで軽く流していたハズだ。にも関わらず、改めてこの話を掘り返す理由はなんだろうか?

「じゃあ今は?」
「え?」
「今は、私が心配って事ですか?」

そう口にした彼女の瞳が、真っ直ぐに私を見据えていた。

 

『猫と微睡む』

 

「お前、それ自分で直接聞いちゃうのカ……?」
「いや、答え難いならいいですけど」

なんだか告白を促されているようで妙な気分になった。正直なところ、答えとしてはYESになるわけだけど、そういう聞き方をされてしまうとどう答えたものかわからない。

「私が……、GEHENAの強化リリィだって知ってたんですか……?」

私が答えに窮していると、彼女は丸くなって眠る猫の背を撫でながら、思い詰めたような憂いを帯びた瞳でそう言った。

「まさか、ずっと気にしてたのカ……?」

私の言葉に、彼女は猫を撫でる指先を見つめながら小さくコクンと頷いた。気に掛けていたつもりでいたのに、先輩失格……、だな。

「学園がGEHENAからリリィを保護してるのは知ってたヨ。でも、それが誰かまでは知らなかった。梅が鶴紗が気になったのはそんな理由じゃないゾ」
「だったら、どうして?」

俯いてた顔を上げて彼女が言った。正直、この雰囲気の中で本当の理由を話すのは気が進まない。

「梅が何言っても怒るなヨ?」
「まあ、私から聞いた事なんで」
「じゃあ言うけド……、鶴紗を見てたらサ、なんだか猫っぽいなと思って」

それを聞いた彼女の顔が段々と引き攣っていくのを見て、やっぱり言わなきゃ良かったと私は少し後悔した。

「……は?……猫?」
「だから怒るなって言ったじゃないカ」
「別に怒ってるわけじゃないですけど……」

どちらかと言うと呆れている感じらしい。“私は今まで何を一人で気にしてたんだ……?”と、脱力して猫と戯れる彼女の顔にそう書いてある。

「いやいや、誤解しないで欲しいんだけどサ、猫可愛がりしたかったとかそんな単純な理由じゃないからナ?」
「じゃあ聞くだけ聞きますよ」
「お前、それ、仮にも先輩に対してちょっとひどくないカ?」
「そっすか?」

正直、当たりの強さには少しへこんだが、先輩失格の烙印を捺されないだけマシだと思っておく事にした。私は、“これは梅の持論ナー”と前置きして話を始めた。

「猫の集会の時も言ったけど、猫ってこっちからグイグイいっちゃダメなんだヨ。猫が“居ても良いよ”って言ってくれる距離……、ニャーソナルスペースっていうんだけどサ。その外側から根気強く話しかけたり待ってたりすると、餌付けなんかしなくたって段々と猫の方からその距離を狭めてくれるんだヨ」
「ニャーソナルスペース……。初めて聞いた」
「まあ、それは梅が勝手に言ってるだけだからナ」
「えぇ……」

感心したり困惑したり、コロコロ変わる彼女の表情を眺めるのは面白かったが、それを猫と遊んでるみたいと言ってしまうと今度こそ怒られそうだったので言わないでおく事にした。

「まあ、言い方はともかく、猫ってその辺敏感だしわかりやすいんだヨ」
「それはわかりましたけど、じゃあ私が猫みたいっていうのは……」

そういえば、鶴紗はあの時みたいな姿を見せる事も無くなったなと感慨に浸りつつ、私は答えを返した。

「梨璃にレギオンにカンユウされてた時にサ、威嚇しながら逃げてたよナ?」
「ええ、まあ……」
「あの時の、誰かが側に寄って来た時の怯え方とかそういうのがサ、猫っぽいなって。本当なら誰かと仲良く出来るハズなのに、本能で怯えてるみたいだなって、そう思ってサ。だから、気になったんだヨ」
「そう……だったんですか……、あれ?じゃあ梅先輩はどうやって私に?」

彼女は首を傾げながら言った。どうやら自覚は無いらしい。

「梅はサ、何もしてなかったんだヨ。来る日も来る日も、猫と一緒にここで寝転がってたらサ、あの日、鶴紗が自分からニャーソナルスペースを狭めてきたんじゃないカ」

彼女はそれを聞いてポカンとしていたが、やがて何かに気付いたらしくハッとして照れた様子で頬を染めた。私が鶴紗を気に掛けたのと同じ様に、鶴紗が私を気にして自分から殻を破っていた。

「梅先輩のその感覚の方が猫っぽいですよ」
「えー、そうかナー?」
「でも、あ……、あり、ありが……」

彼女はそう言いかけて、朱の入った頬を更に赤くして顔を背けたかと思えばコロッと転がり、私のお腹にポフっと頭を乗せてきた。

「おお!?急にどうしたんだヨ?」
「にゃ……、にゃぁ……」

そっぽを向きながら背中越しに鳴き声を上げる後輩に”お前、ホント、そういうところ可愛いナ“と、そう言おうとして止めておいた。なんだか、そうすると引っ掻かれそうだったから。

お腹の上に寝転がる大きな猫の頭を撫でてやると、やがて彼女は他の猫達と一緒にすやすやと眠りに就いた。

 

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