六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

つまりは『フリクリ』ってなんだ!?『フリクリ プログレ』感想

フリクリ』そのものの概要や『オルタナ』の感想は前回の記事も併せて参照して下さい。

そもそも『フリクリ』ってなんだ!?『フリクリ オルタナ』感想 - 六連星手芸部員が何か書くよ


『エログロ』 

今作『プログレ』では毎話アバンにヒドミの見ている夢の情景が描かれており、仮にこれを夢パートと呼称します。この夢パートでは、基本的に終末の世界を舞台として、スプラッタ映画のような描写であったり、本編とはタッチを変えた劇画調な作画になったりと、アニメーションとしては毎回凝った作りになっているのですが、一点だけ注意点があります。この夢パート、ヒドミの腐り落ちた両腕の断面から骨が見えていたり、スプラッタシーンでは足がもげて多量に出血したりと、割とグロテスクな描写が多いです。まあ、旧作でも首もげたりしてましたし、旧エヴァの鳥葬とか思えば今更と言えば今更ですが。なので、耐性無い人は一応注意。

また、頭のネジが飛んで(実際には刺さって)豹変したヒドミが、制服越しに自分の胸やおしりを弄るのもこのパート。あと際どいのは、日常パートでラハルがアダルトビデオ(らしきもの、音声のみ)をヒドミに見せるシーンがあるくらいでしょうか。旧作の半熟目玉焼きよりはケンゼンですよ?旧作のマミ美や『オルタナ』のカナブンと違ってスカートが鉄壁。まあ、この作品を小学生以下の子連れで観に行く猛者がいるとも思えないですが。


『エヅクリ』

引き続き、まず夢パートの話から。とりわけ一番目を引いたのは5話の劇画調タッチの描写ですね。直近で観た作品だと、『ペンギン・ハイウェイ』の夢パートのタッチを想像して頂ければ分かりやすいかと。そして、5話はこの夢パートが終わったあとも、その影響を受け続けるかのように本編全編に渡って作画のタッチが変化したまま続きます。イメージとしては、終始、貞本義行さんの漫画がフルカラーで動いているような質感です。この質感は旧作にも無かった要素で、本作の表現の目玉と言っても過言では無いと思います。

また、『オルタナ』では挿入されませんでしたが、本作では旧作にもあった漫画パートがあります。旧作では青年誌風の濃い目の描写だったのに対し、本作はめばちさん作画によるスッキリとした少女漫画風。本作の漫画パートは唐突に挿入されたというわけではなく、回想シーンとして表現されていました。逆に言うと、この演出の素直さが旧作との違いかもしれないです。「何故そこで漫画!?」という驚きではなく、そういう意図なんだろうな、という文脈として理解しやすい作りになっているというか。ストーリーも明確にラハル軸で進みますし、主人公が額から飛び出した異形の化物を使役して戦うというのも、旧作を踏襲してるのである意味でわかりやすいです。セリフ量に関しても、新作は旧作と違ってかなり多くなっているように感じます。逆に言うと、挿入歌やBGMにセリフが被ってしまう原因はこれだろうと思います。旧作は圧倒的に状況説明が足りてないですが、「そこは圧倒的な作画とthe pillowsの音楽の力で何となく伝わるだろ」みたいな謎の自信に満ちた画作りがされていたように思います。


『オイオイ』 

ヒドミのお母さん(自称はママ、そしてコレはストーリー上で重要)は外見的には中学生の娘がいるとは思えないくらい若々しく、演じられた声優さんがまだ17歳(おいおい)という事もその印象に拍車を掛けています。でも、終盤まで観るとこのキャラデザがよくある漫画的なギャグではなくて、ちゃんとシナリオ上で意味のあるデザインやキャラ付けだという事がわかります。別にロリキャラではないんですよ。時が止まったような幼さを抱えているというか。そして、『オルタナ』ではモヤっとした感じに終始した「変わらない日常」というテーマに関して、『プログレ』ではそのアンサーとも取れる想いをヒドミがお母さんに吐露します。…まあ、その直後にその日常の象徴がギャグ的にぶっ壊されたシーンが挿入され、この時は一瞬、演出陣の性格を疑ってしまいましたが(ゴメンナサイ)、ラストで日常ってのはモノじゃねぇハートだ、と言わんばかりのシーンがあった事で演出の意図に納得がいった気がします。ただ、個人的には『オルタナ』のモッさん回のオチと併せて、シナリオ?演出?的に「んん?」ってなったところではありました。


オルタナ』 

今更ですが、『フリクリ プログレ』は明確に旧作『フリクリ』の続編です。今作の新キャラであるマスラオと旧作に登場した入国管理局のアマラオの血縁関係を思わせるような描写や、イメージ映像ではありますが、ナオ太やマミ美、カナブンたちも描写された事から、シリーズの時系列としては本作が現状では最も新しい話であると思って間違いないでしょう。ただ、旧作と『オルタナ』のどっちが先なのかと聞かれたら、ごめん、よくわかんにゃい。『オルタナ』のラストでハル子が2人に分裂(ラハルとジンユ)したかのような描写があった点を除いて、『プログレ』との明確なシナリオ上の繋がりって無いんですよ。『オルタナ』では、メディカルメカニカがアイロンを世界中に落とした事により、一部の富裕層が火星へと移住し、それによってカナブンとペッツが引き裂かれ、カナブンはエヌオーの力によって火星を地球のすぐ側へと引き寄せる…というシナリオ展開がされています。いますよね?で、旧作の舞台が実は地球と見せかけた火星だった、というボツ案や『オルタナ』ではアトムスクを追っている素振りが全く無い(そもそも劇中では開始時点でアイロンが登場してないのでまだ囚われていない?)事などを考慮すると、時系列は『フリクリ オルタナ』→『フリクリ』→『フリクリ プログレ』と考えるのが自然だろうと思います。ボツ案と言っても、実際に『フリクリ』6話のラストでは地球のすぐ側に明らかに月ではない星が存在してましたからね。ただ、そう考えると「分裂前の『オルタナ』のハル子が林原めぐみさんで、分裂後の『プログレ』のラハルが新谷真弓さんじゃなきゃ設定的におかしくね?」って思うんですよ。キャストが逆なら時系列は上記の予想の通りだと思うのですが…、やっぱよくわかんにゃい。


『ソツクリ』 

ラハルは広域宇宙警察フラタニティの捜査官であり、星をも盗むエヌオーの持ち主である宇宙海賊アトムスクを追っている、というのが旧作での設定ですが、彼女がアトムスクを追う本当の理由は、彼に惚れ込み彼を自分のモノにしようとしている為です。一方、分裂したもう一人のハル子(ジンユ、こちらは沢城みゆきさん)ですが、こっちもフラタニティの捜査官であり、同時にアトムスクへの好意感情も引き継いでいます。二重人格で三角関係状態に陥っているようなものですね。しかし、2人の好意のベクトルが違っており、ラハルは彼を自分のモノにしてしまおうと文字通り鳥籠の中へ捕らえようとする一方で、ジンユは彼の自由なところに惚れ込んでおり自由な彼だからこそ好きなんだと吐露し、2人の感情、もといベースがぶつかり合う事となりました。


『コイバナ』 

青春群像劇を扱った『オルタナ』に対し、『プログレ』は明確に愛をシナリオの軸にしていたと思います。愛と言っても様々で、ラハルのアトムスクに対する独占欲やジンユのいじらしい想い、ヒドミママやヒドミの家族に対する想い、お金で買うところから始まる愛(!?)、恋愛…未満の感情等々。それぞれの愛は独立しているのですが、シナリオ的には互いに影響し合って関係しているんですよ。お金で買える愛までシナリオに絡むとはね…。いや、最初に出てきた時は「この娘絶対どっかの組織の諜報員かガイノイドのどっちかだろ」って思ったんですけど、その後の衝撃の展開で完全に騙されましてね。直感ってやっぱ大事だなって思いました。いずれにせよ、モヤっとした感情ではなく、コレっていうテーマを持った事で全体的にまとまり良く締まった作品であったと思います。また、旧作から続くラハルのアトムスクへの想いにスポットライトが当たった点において、非常にわかりやすく続編であるという印象を受けました。