六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

アルデバランを探して-新版-

「今日は誘ってくれてありがとねー」
「また誘ってくれよな」
「うん、今日はみんな来てくれてありがとう」

天文室での観測会が終わりの時間となり、一人、また一人と帰って行った。本当なら流星群のピークはまだまだ続くから、叶うなら夜通し星を眺めていたかった。だけど、学校から許可を得られる時間は限られていたし、深夜まで中学生だけで活動するというわけにもいかなかった。それでも、いつもは一人きりの観測会だったけど、今日は風に飛ばされた天文愛好会のチラシを拾ってくれたみんなが一緒に参加してくれた。こんな風に誰かと一緒に星を観たのは久しぶりだった。

「それにしても、今までこの学校に天文愛好会があるなんて知らなかったなー」
「他の部活がチラシを被せて貼ってたなんて」
「あれ酷いよなー」
「ニャー」
「すばるちゃん、他にも何か手伝うことはある?」
「いつきちゃん、ううん、大丈夫だよ」

殆どの人はもう帰っていたけれど、ひかるちゃん、ななこちゃん、いつきちゃんの3人が残って片付けを手伝ってくれていた。みんな、お互いにちゃんと顔を合わせたのは今日が初めての筈だったのに、私は、なんだかみんなでずっと前から一緒にいたような居心地の良さを覚えた。そうしてみんなとお話することに私が気を取られていると、望遠鏡を仕舞ったカバーの中から”キン“と澄んだ音が聞こえた。

「今、何か音がしたみたいだけど……」

私は頭を抱え、みんなに見守られながらおそるおそる祈るような気持ちでカバーを開けた。でも、結果はあの時と変わらなかった。

「あ~、私またやっちゃったぁ……。プロテクトフィルター……、これだけでよかった。あ、そうだ……、次の観測会のお話もするの忘れちゃった……」
「すばるんはおっちょこちょいなんだにゃあ」
「すばる…次は何が観られるの?」
「ななこちゃん、うん、今度はアルデバラン食が近いんだよ。あ、会長さんもまた一緒にどうぞ」
「ニャー」
「すばる?」
「えっとね、アルデバラン食っていうのはね、アルデバランっていう牡牛座の大きなお星様があるん、だけど……」

私はそこまで口にして言葉に詰まり、そんな私を心配そうに見つめるみんなの顔がボヤけていった。瞼の奥から熱い何かが止めどなく流れ落ち、夜風にさらされ冷たくなった頬を引っ掻くように撫でていた。

「すばる!?」
「すばるん!?」
「すばるちゃんどうしたの!?」

私は、胸が押しつぶされそうになり、いよいよ両手で顔を覆って泣きじゃくった。今夜はこんなにも星が綺麗なのに、私の心はまるであの日見た土砂降りのようだったーーー。


アルデバランを探してー新版ー』


ーーー“大丈夫だから……”と、そう言っている自分が全然大丈夫じゃないことは誰の目にも明らかだった。みんなはそんな私を気遣って家まで送ってくれた。私は、自分ではどうしようもない気持ちにとらわれていた……。大切な誰かに、もう二度と会えないような予感がした……ーーー。


「ーーー落ち着いた?すばる」
「うん、ありがとう……、お母さん」

私が風邪をひいたとき、落ち込んだとき、お母さんはミルクたっぷりの紅茶をいれてくれた。それは、いつも優しい味がした。
家に着いた私を見たお母さんは最初こそ目を丸くして驚いていたが、すぐにみんなの方に気が付いて“すばるのお友達ね?この子のことありがとう。ちょっと待っててね。もう遅いから、お父さんに車を出して送ってもらうわ“と言った。みんなは帰りがけに“また学校で“、“私たちで良かったら相談に乗るから”と私に声をかけてくれた。そうして、私はお母さんと家に二人きりになり、少しずつ自分の気持ちを探していった。

「どうしたのって……、聞いてもいい?」
「うん…でも、私にもよくわかないの……。今度、アルデバラン食があるのは知ってるよね?」
「もちろん、すばるも楽しみにしてたわよね?」
「そのことをみんなに話したら、どうしてかわからないけど、もう、大切な誰かに会えなくなるような気がして……、それで……」

アルデバラン食の話は一体どこへ行ってしまったのだろうか。私は、なんだか自分が酷く唐突で要領を得ない話をしている気がした。しかし、私がそう言って俯き黙っていると、お母さんはやがて何かを思い出したようなハッとした声で言った。

「すばる、あなたが小さい頃“だいじなひとにあえなくなった”って、そう言ってわんわん泣いてたことがあるの、覚えてる?」
「え……?」
「もう七年も前ね。私が入院してたとき、すばるには病院で仲良くなった子がいたみたいなの。すばるの話しぶりだと、多分、男の子。お父さんなんて”すばるは嫁にはやらんぞー!!“って泣いてたっけ。その子もお星様が大好きで、すばると一緒にプレゼントのお星様を折り紙で作ったのを覚えてるわ。だけど、その子とは急に会えなくなってしまったって、あの時のすばるも、さっきみたいに凄く泣いてた」

私は、とても大切なことを今まで忘れていたと知り酷く混乱した。それにお母さんが入院していたことも今の今まで思い出せずにいた。お母さんは……、どうして、入院していたんだっけ……?

「あの時のすばるは天体観測をやめちゃうくらい落ちこんでたわ。でもある日、まるで魔法がとけたみたいに元気になったの。今は、なんだかその時の気持ちが帰って来たみたい」
「お母さん……、お母さんはどうしてあの時入院してたの……?私、それも思い出せない……」
「そうね……、すばるも大きくなったし、そろそろ話しておかないとね……。すばるが私が入院した理由を思い出せないのは忘れてしまったからじゃないわ。すばるは最初から理由を知らないの」

もしかしたら、私が知らなかっただけでお母さんは今も病気なのかもしれない。もしかしたら、その答えを聞いてしまったら決定的に何かが変わってしまうかもしれない。

「そんなに……、よくなかったの……?」

そう思うと、声が震えた。

「そんなに心配しないで。お母さん、今は元気よ。あの時ね……、お母さん、お腹の中に赤ちゃんがいたの。でも、あの子のこと……、元気に、産んであげられなくて……、それで入院してたの」
「そう……、だったんだ……。ごめんなさい、辛いこと聞いちゃって……。え……?じゃあ、もしかして…、私が、誰かに会えなくなったのも……?」

産まれてくることが出来なかった、私のきょうだいのように死んでしまったのかもしれない。そんな考えが過ぎって身体が震えた。

「落ち着いて、すばる。んーん、ごめんね。あなたを不安にさせるようなことを言ってしまって。その子のこと、まだ何もわからないわ。退院しただけかもしれない」
「うん……、うん」
「だから、ね。すばるはこれからどうしたい?」
「私、どうしてもその子のことが知りたい、もう一度会いたいの。お母さん、入院してた病院のこと教えてくれる?」

でも、そうやってお母さんから話を聞く一方で、会えなくなってしまった大切な誰かがそれからどうなったのか、私は、それを確かめるのが怖かったーーー。

 


ーーー次の日、登校した私のところにみんながそれぞれのクラスからやって来て、”もう大丈夫?““昨日はちゃんと眠れた?”と声をかけてくれた。

「みんな、心配かけてごめんね。子どもの頃のこと、思い出しちゃったみたいで」
「そんな、謝ることなんて無いわ。でも、子どもの頃のことって?」
「うん……。少し長くなっちゃうと思うから、またお昼休みにお話し良いかな?」
「もちろんよ」
「待ってる」
「With pleasure」

そうして私達はお昼休みにまた集まって一緒にお弁当を食べた。私は昨日お母さんから聞いた話をみんなに伝えた。

「そっか……、小さい頃に会えなくなっちゃった子のことを急に思い出しちゃったのかぁ……」
「きっかけは昨日の天体観測?」
「そう……、だと思う。でも、その子のこと全然覚えてなくて……。変だよね?覚えてないのに、悲しくなるなんて……」
「んーん、変じゃないと思うわ。大切な気持ちだもの」
「うん、ありがとう……」
「それにしても七年前かぁ……、今どうしてるんだろ?」
「この辺、そんなに学校無いしここに通ってないかしら?」
「ダメ元で聞いてみる?」
「ダメ元?」
「ダメ元」

本当はすぐにでも教室を飛び出して行きたい気持ちがあったのだけれども、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴ってしまった。そこで、私達はななこちゃんの提案で、放課後にもう一度集まって職員室で聞き込み調査をすることにした。“失礼します”と入室してすぐ、昨日の夜に鍵を返しに来た時に対応してくれた先生と目があった。

「あら?あなた達は昨日の……。すばるさん、だったわよね?あれから大丈夫だった?」
「……はい、その、心配をかけてしまって」
「それは良いのだけれど、今日はどうして?」
「えっと……」

私はお昼休みにみんなにそうしたように事のあらましを話した。

「七年前に病院で知り合った、入院していた誰かがこの学校に通っているかもしれない…と。そうねぇ……、でも、それだけじゃちょっとわからないわねぇ……。先生、何かご存知ですか?」

話を聞いた先生は難しい顔をしながらそう言って、近くでテストの答案の丸付けをしていた白衣の先生に話を振った。

「ん、ああ……、それならひょっとすると三年生になる彼のことじゃないかね?」
「三年生?怪我や病気で特別な配慮の必要な生徒はいなかったように思いますが」
「確かに通学している生徒にはいないが、ほら、うちは公立だから。私も直接の面識は無いし担任ではないから詳しいことはわからない。ただ、書類上入学はしているんだが、小学生の頃からずっと入院していて一度も登校していない生徒が三年生に一人いるんだ」
「その人の入院先って、伊参病院ですか……?」
「だとしたら、彼で間違いないだろう」

頷きながらそう言った白衣の先生は、“えーっと……、名前はなんといったか…“と名簿を探し始めた。

「それって、ウチのクラスのみなとってヤツのことですか?」

求めていたモノは唐突に降って来た。

「……え?」
「あ、悪い。立ち聞きするつもりは……、先生これ、課題のノートです」
「ああ、ありがとね。そうか、君のクラスか」
「あー……、はい。特に面識とかあるわけじゃないんですけど、なんか引っかかってて」

“みなと……、くん……”

「すばるん、知ってる名前?」
「わからない……、わからないけど……」

その響きはとても愛おしいものに感じられた。
私はきっと何度もその名前を呼んだことがあった。それに、彼は生きていた。

「すばる、良かった」
「うん……、うんっ!!あのっ、ありがとうございます!!」
「なんだかよくわからないけど、アイツに会えると良いな」

バツが悪いのか、先輩はそそくさと職員室を出て行った。私達も改めて先生達にもお礼を伝えて退室しようとすると、白衣の先生はななこちゃんを呼び止めて言った。

「あー、ところで君」
「?」
「フードの中の猫はどうにかならんのかね?」

自分にはお構いなくとでも言いたげに、会長は丸くなってスヤスヤと眠っていたーーー。

 


ーーーそれから私達は学校をすぐに出てバスに乗り病院へと向かった。みんな、昨日の今日で私を心配して付き添ってくれた。みなと君がどの病棟に入院しているかまではわからなかったので、病院に着いた私は総合案内の受付にいた看護師さんに声をかけた。

「あの……、私、すばるって言います。えっと、七年前くらいからここに入院してて……、本当なら今年で中学三年生になってるハズの……、みなと君という男の子を探しているんですが……」

そこまで話して私は言葉に詰まってしまった。私は漠然と、あの思い出の中の大事な人に会いたい、ここに来れば何かわかると思っていた。だけど、みなと君は面会出来るような状態なのか、そもそもどんな病気で入院しているのか、それを全然考えていなかったことに気が付いた。

「すばるん、落ち着いて」
「あ、ごめんなさい。なんだか整理出来なくて」
「いえ、少しお待ち下さい」

そう言って看護師さんは端末を操作して少しの間手を止めると、やや曇った表情で私達に向き直って言った。

「申し訳ありませんが、ご家族以外の方の面会は……」
「そんな……」
「すばるちゃん……」
「いえ、ありがとう……、ございました……」

思い出の中の大切な人が、みなと君が生きて、すぐ側にいるとわかった時、私はとても嬉しかった。ところが、こうして会えないという現実を突き付けられ、私は酷く失望していた。みんなが励まそうと声をかけてくれているのに、それに応えることも出来なかった。そうして、うなだれながら病院を出ようとした時、私はすれ違った一人の女性に声をかけられ顔を上げた。

「すばる、ちゃん……?すばるちゃんなの?」
「初めまして。……はい、私、すばるといいます。えっと……」
「すばるちゃん、あなたは覚えていないかもしれないけれど、私はあなたに会ったことがあるの。ずっとあなたを探していて……、いえ、急にこんな……、突然ごめんなさいね……。すばるちゃん、私は、みなとの母親です」

私は目を見開いて驚いた。会えないと諦めかけていたけれど、私はきっとまた、みなと君に会える。そう思うと胸が高鳴った。

「みなと君の、お母さん……?あのっ、お願いします!!みなと君に会わせてもらえませんか!?」
「またあの子を尋ねてくれる人がいるなんて、私、考えたこともなかったわ……。正直に言って……、いえ、自分から声をかけておいてこんなことを言うなんておかしいとは思う……。でも、今のあの子に会わせることがあなたのためになるかわからないの……。それでも、大丈夫?」

私はゆっくり頷いた。みなと君のお母さんは“お友達も出来れば一緒に”と、私達を病室まで案内してくれた。
病室でベッドに横になったみなと君は、私の思った通りの男の子だった。白い肌に長いまつげ、細くて長い髪の男の子だった。でも……。

「あの……みなと君は……?」
「そう、もうずっと眠り続けているわ……。八年前からずっと……」
「八年前……?あの、私、七年前にみなと君と会ってるはずなんです。一緒にお星様のお話をして……、そうだ……一緒に、お星さまを観に……、行こう……、って……」

私の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち、それを見たみなと君のお母さんが顔を伏せて言った。

「やっぱり、あなたをこの子に会わせない方が良かったのかもしれないわ……。声をかけるべきじゃ……、ごめんなさい……」
「いいえ……私がお願いしたんです。あの、さっき私に会ったことがあるって……、その時のこと、教えてもらえませんか!?」

私は、制服の袖で涙をぬぐって答えた。みんなに支えられてここまで来たのに、このまま何もわからないまま後悔したくはなかった。
みなと君のお母さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んで、七年前のことを話してくれたーーー。

 


ーーー私は、みなと君のことを、七年前に何があったのかを知った。八年前、心臓の病気で昏睡状態になったみなと君は、それ以来、一度も目を覚ますこと無く眠り続けていた。しかし、それから一年程経ったある日、家族と病院関係者以外が誰も訪れたことのない病室に小さな女の子が訪れた。女の子が病室に入っていくのに気が付いたお母さんが中を覗き込むと、女の子は男の子の手を握って寄り添うように眠っていた。そして、しばらくすると女の子はゆっくりと目を覚まし、眠り続ける男の子にはにかみながら声をかけた。

「じゃあね、またくるね」

そうして、それから女の子は毎日のように病室を訪れるようになった。星の図鑑や絵本、折り紙を持ってきては、それらを抱きかかえながら男の子の手を握って一緒に静かに眠った。お母さんは初めはどうしていいかわからず、女の子に声をかけることが出来なかった。しかし、そんな日々が一週間程経ったある日、病室を出た女の子と鉢合わせになり、女の子の方から声をかけられた。

「ひょっとして、みなとくんのおかあさんですか?」

お母さんは戸惑いながら、屈んで目線を合わせて小さな女の子に応えた。

「そうよ、いつもお見舞いに来てくれてありがとう」
「うん、おほしさまのおはなしをいっぱいするの。またくるね」

女の子はそう言って元気に手を振って帰っていった。それから女の子はお母さんを見つけるたびに、男の子と話したことを教えてくれた。星のこと、花のこと、蝶のこと、女の子は病室の中で男の子と話をした色々なことを教えてくれた。それを聞いて、お母さんは胸が張り裂けそうだった。眠り続けている男の子は確かにここで生きている、そう思えた。ところが、それからすぐに男の子は容態が悪化し集中治療室へ移ってしまった。あの時、女の子にはそれを伝えられず、それきりで会えなくなってしまった。お母さんはそれをずっと後悔していたーーー。

 


「ーーーその女の子があなた、すばるちゃんだった」

私はまた、みなと君を見つめながら泣いていた。大切な思い出を忘れていたことが悲しかった。でも、それ以上に、この愛おしさが幻でないと知って嬉しかった。

「私、すばるちゃんのこと泣かせてばっかりね。もしかしたらこの子はこのまま」
「あのっ、私また、みなと君のお見舞いに来てもいいですか!?」

みなと君のお母さんが何を言うつもりなのかはわかっていた。だから、それを遮るようにして私は言った。みなと君のお母さんは、困ったような、嬉しそうな、複雑な顔をしたが、最後には目尻に涙を浮かべて微笑みながらこう言った。

「いつでもいらっしゃい。あの子も、きっと喜ぶからーーー」

 


ーーーそれから私は放課後に、みなと君の病室に通うようになった。私はみなと君の手をそっと握りながら、みんなと過ごして楽しかったこと、観測会で観た星のこと、学校のこと、色んなことをみなと君に話したーーー。


「ーーーみなと君、今日はね、ひかるちゃんにいつきちゃん、ななこちゃんが天文愛好会に入ってくれたんだよ。それでね、部員が増えたから、天文愛好会じゃなくて天文部になったんだ。それでねそれでね、展望室を部室として使っていいんだって。今まで私一人でちょっと寂しかったけど、だんだんお部屋も賑やかになってきたんだよーーー」


「ーーー昨日ね、あおいちゃんが観測会に来てくれたの。また、あおいちゃんと一緒にお星様を観られるの、私、凄く嬉しいんだ。あおいちゃんのお友だちも一緒に来てくれたんだけど……、私、あの子と仲良くなれるかなぁ?ーーー」


「ーーー昨日ね、ひかるちゃんの招待で、みんなでピアノのコンサートに行ってきたんだよ。ひかるちゃんのお父さんがピアニストで、お母さんが天文台の所長さんなの。それでね、くじら座のグリーゼにいるかもしれない誰かに、ピアノの音楽を届けるんだよ。ロマンチックだよねーーー」


「ーーー今日はね、学校の演劇祭だったんだよ。それでね、いつきちゃんが王子様の役をやったの。凄くかっこよかったんだよ。でね、お姫様は栗色の髪の可愛い男の子がやってたんだよ。あ、みなと君ならきっと、綺麗なお姫様役が似合うんだろうなぁ……ーーー」


「ーーー昨日はななこちゃんのお誕生会だったんだよ。ななこちゃんのお父さんって凄い料理上手なの。それでね、みんなでお月様のケーキを作ってお祝いしたんだよ。そしたら、ななこちゃん泣いちゃって、私、凄くびっくりしちゃった。あ、このお話したこと、ななこちゃんには内緒だからねーーー」


「ーーー今日はとっても大変だったよぉ……。会長さんがいなくなっちゃって、みんなで探したの。みなと君のこと教えてくれた先輩がね、掃除当番の時にいちご牛乳の自動販売機の下でお昼寝してたのを見つけてくれたんだけど、その人、私のことを“癖っ毛”て言うの。ちょっと酷くない?あ、会長さんっていうのはね、ななこちゃんといつも一緒にいる猫さんのことなんだけど……ーーー」


ーーー何でも相談に乗ってくれたみなと君、ちょっと難しいことを言って私を困らせるいじわるなみなと君、私がお姫様みたいと言うとムッとしたみなと君、見たことが無いハズの情景が心に浮かんでは消えていった。

「みなと君、今日は……、今日はね……」

みなと君の声が、聞きたいよ……。

こうして日々を過ごすうちに、面会者の名前を綴るノートは私の名前で埋まっていった…。
なのに……、どうしたらまたみなと君と、ことばを、気持ちを交わせるのかわからなかった……。
私は、みなと君が眠るベッドに顔をうずめ、声を殺して泣いたーーー。

 


ーーー季節が、秋から冬へと変わろうとしていた。すばるは今日も、バス停のベンチで私達を出迎えてくれた。

「お帰りなさい、あおいちゃん、あやちゃん」
「ただいま、すばる……、今日も、これから病院?」
「うん……」
「ったく、男の子に会いに行くんでしょ?そんな辛気臭い顔して行っちゃダメよ?」
「私、そんなに元気無いかな?」
「そーよ」
「そっか……。あはは……」

すばるが病院へのバスを待つあいだ、私達はこうしてバス停のベンチに並んで座り、学校の話や天体観測の話、取り留めもない話をした。すばるが私に病院へお見舞いに通う話をしてくれた時、すばるは思い出の男の子に再会出来たことを凄く喜んでいて、その……、正直言って内心少し、ほんの少しだけムッとした。あやからはそれで散々からかわれてしまった。だけど今は、日が経つにつれて段々と曇っていくすばるの表情を見るのが辛かった。もう、取り留めもない言葉以外でどんな言葉をかけていいかわからなくなっていた。

「なんだか、寒くなってきたよな。すばる、最近ずっとそのカーディガン着てるけど、それってちょっと大きくないか?誰かのおさがり?」
「うん。これ、みなと君の預かってるから……」
「すばる……?」

どこか現実と乖離したような夢うつつな雰囲気ですばるがそう言った。私が混乱してすばるの言葉を反芻していると、病院行きのバスが到着してすばるが乗り込んでしまった。

「じゃあ、私行くね。またね、二人とも」
「すばる!!」

扉が閉まりバスが出発し、すばるはガラス越しにさびしそうに微笑んで手を振った。すばるが……、このままじゃ……、すばるが……。

「どうしよう……。ねぇ、私どうしたらいいの?すばるが……、どこか遠くに行っちゃうよ!!」
「落ち着きなさいよ。そんなの私だってわからないし、ここで話してても仕方ないわ」
「じゃあどうしたら」
「話は最後まで聞く。あの子、あおいにだってあんな調子なんだから学校でだって似たような感じよきっと。だから、あの子の部活の友達だって今頃あおいみたいに頭抱えてるに違いないわ。行ってみたら良いんじゃない?」
「そう……、だね、そうしてみる。私、行ってくるよ」
「あんまり遅くなっちゃダメだからね!!」

私は、あやの言葉を背中に受けながらすばるの学校へと走り出した。時折すれ違う生徒達が不思議そうに私の方を振り返ったが、今はそんなこと気にしていられなかった。
しかし、校門をくぐろうかというところで私は急に足がすくんだ。一人で他校に入るとなると不思議と敷居が高く感じられた。いつもの観測会ではすばるに案内されて何度か入っているが、日中に違う制服でここに立っているとどうにも目立って仕方ない。そんな具合に私がどうでもいい葛藤に囚われ、校舎に背を向け頭を抱えていると、聞き覚えのある声に呼びかけられた。

「ななこ達のいる天文部の部室を探してるのかな?」

振り返ると、小学生と見紛う程に小柄な男の子が立っていた。いや、正確には、男の子だと思った。栗色の髪をふんわりとしたショートボブにしているその様は、一見すると女の子のようだった。声だって、声変わりもしてないみたいな高い声で、その……、かわいい。でも、男の子の制服着てるし……。いやいや待って。確か、いつきが王子様を演じた劇にお姫様役として出てたのはこの子だったハズだ。あの紺色のドレス姿……、かわいかったなぁ……。

「こっちだよ。僕に着いて来て」
「あ、うん……」

さっきまでとは打って変わって、どちらかというと目の前を歩くこの子の存在感が異質過ぎて、他校の制服を着ている自分の方が目立たなくなっていた。すれ違う女の子達がはにかんで彼に手を振っていて、彼は慣れた様子で自然体で愛想を振りまきそれに応えていた。なんなんだろうこの子は……?天然小悪魔系なのだろうか?

「さ、着いたよ」
「あ、うん」

そんなことを考えながらぼーっと彼の様子を見ていたら、いつの間にか天文室の前に着いていた。ドアをノックしながら”私だけど、みんないる?“と呼びかけると”あおいちん?入ってー“とひかるの声が聞こえた。

「じゃあ、二人のこと、お願いね」
「え……?あ、案内してくれてありが……、あれ?」
「どしたのあおいちん?入らないの?」

私が今の今まで隣にいたハズの彼を探してキョロキョロと周りを見ていると、ひかるが扉を開けて首を傾げながら言った。

「あ、いや、いつきと同じクラスの男の子が案内してくれたんだけど……、どこ行っちゃったんだろう?」
「ふーん……?ま、乙女の園には近寄り辛かったんじゃない?」
「そう、なのかな……。あ、いや、そんなことはどうでもいいんだ!!このままじゃすばるが遠くに行っちゃうんだよ!!」

私は、あやにさっきぶつけた言葉をそのまま繰り返してしまったことに気付きハッとした。ただ、みんなはそれを文字通りの意味で受け止めていたようだった。

「うん……、最近のすばるんはそういう雰囲気してる……。
「意識の戻らない幼なじみの男の子、三日と空けずにお見舞いに……」
「辛い恋をしてるのね……」
「中学生にはヘビーだな……」
「うん……。なあ、すばるさ、最近ぶかぶかのカーディガン羽織ってるだろ?」
「ええ、すばるちゃん、あれを羽織るようになってから、ますます心ここにあらずって感じよね……」
「すばる、あのカーディガンは“みなと君から預かったもの”って言ってた……」
「それってどういう……?」
「わからない……」

みんなも同じようにすばるの心配をしていた。しかし、今のすばるが一体どういう状態なのか、どうしたらいいのか、もう誰にもわからなくなっていた。

「私達、すばるのために何か出来ることはないのかな?」

一緒になって落ち込む私達の中で、不意に突拍子も無い意見が飛び出した。

「私、文化祭やりたい」
「こんな時に!?」
「そうね、こんな時だからこそよね」
「いっつんまで!?」
「彼の目が覚めたとき、すばるちゃんが暗い顔してたら、彼、がっかりしちゃうかもしれないでしょう。恋は第一印象だって大切よ」

さっき、あやもそんなこと言ってたっけ……。

「そうだね。私たちまで暗くなっても仕方ないか。すばるんはきっと文化祭のこと忘れてるだろうから、明日みんなで集まって相談しよう」
「みんな、ありがとう。私もできるだけ手伝うから」
「あおいちんも、さ」
「あまり思い詰めないで」
「あおいちゃんだって、すばるちゃんの大切な幼馴染みなんだもの」
「うん、みんなありがとう……」

私達に出来るのは、そうやってお互いを繋ぎ止めて支えてあげることだけなのかもしれなかったーーー。

 


ーーー翌日、登校した私のところにみんなが来て、文化祭で私に何かやりたいことはあるか尋ねた。

「文化祭……?あ、ごめん、私すっかり忘れてた」

文化祭はもう一週間後に迫っていたけれど、せっかく天文部として発足したのに何もしないというわけにもいかない。

「すばるんは何がしたい?」
「私たち、何だって協力するから」
「うーん、そうだね……。でも、今からだとそんなに凝ったことは出来ないし……。あ、私、プラネタリウムやってみたい」
プラネタリウム?」
「それって凄く凝ってない?」
「んーん、そうでもないの。恒星球って言ってね……」

簡単なものだと、正十二面体の表面に無数に穴を開けて中に光源を隠し、溢れ出した光で星空を表現するモノのこと、と言っても自分でもよくわからないし言葉だけで説明するのは難しい。だから私はノートにイラストを描いた。

「星座の説明だけじゃなくて音楽もあると素敵かしら」
「そういうの素敵だよね。ひかるちゃん、ピアノ弾いてくれる?」
「え?あー、良い……、けど」
「おや、珍しく歯切れが悪い」
「ピアノは……、音楽室から担いでいくわけにもいかないし、キーボードなら借りられるかしら?」
「いっつん、担ぐってそれ冗談だよね?」

そうして、文化祭の出し物はプラネタリウムに決まった。私達はそれから毎日、放課後に展望室で準備をした。展望室を片付けたり、看板やパネルを作ったり、台本を考えたり、と、恒星球だけならそこまで大事にはならないと思っていたけれど、いざ準備を始めてみるとやることは思いの外沢山あった。時々、あおいちゃんも手伝いに来てくれた。そうして、文化祭まであと三日と迫った日、その日は展望室を真っ暗にするために窓を暗幕で覆うことになっていた。私はぼーっとしながら椅子を踏み台にして“そうだ、あの時もこうやって……”そんなことを考えていた……。

「すばるちゃん……?危ない!!」

いつきちゃんの声が聞こえてすぐに私は目の前が真っ暗になった。遠くの方で心配そうなみんなの声が響いていたーーー。

 


ーーー消毒液の匂いがした。ひんやりとしたシーツの感触にも覚えがあった。ここは……、病院?

「大丈夫か?すばる……」
「あおいちゃん……、ここ、保健室……。私、どうしちゃったの?」
「展望室の暗幕をかけてる時、椅子から落ちたんだ……。いつきが、その……、クッションになってくれたんだけど……」
「すばるちゃん、そのまま寝ちゃって。それで、ななこちゃんがおんぶしてここまで来たの」
「そうだったんだ……、ごめんね。いつきちゃん怪我してない?また傷になったりしたら……。ななこちゃんも重かったでしょう?」
「んーん、私は大丈夫よ」
「aucun problème. もっとごはん食べて」
「すばるん、最近……、あんまり眠れてない?」
「え……?うん……、恒星球、思ったより難しくって」

本当は、もっと前からあまり眠れてなかった。このあいだは、みなと君の病室でウトウトしていたら面会時間が終わってしまって、それに気付いた看護師さんが“このまま帰すのは心配だから”とお父さんに迎えの連絡をしてくれた。

「ごめん、すばるの体調良くないのに無理させて……」
「んーん、そんなこと無いよ?私、元々おっちょこちょいだから。だって、あの時だって寝不足でも何でもないのに、私が危なっかしいからってみなと君が支えて、くれ……て……。え……あ……ぁ……ぃゃ……嫌ぁ!!」

どうして、あの時みたいにみなと君が側にいないの……?

「すばる!!」

あおいちゃんが震える私を思いきり抱きしめた。少し痛いけど、暖かくて嬉しかった。

「私達、本当はわかってた。すばるが辛い思いをしてることも、何か大事な秘密を抱え込んでることも。今まで、力になってあげられなくて、ごめん!!」
「あおいちゃん……。違うの……、私、何も話さなかったから……。私、みんなの前で泣いてばっかりだね」

私は、ぽつぽつと、これまでに思い出したことをみんなに話した。こことは違う運命線で魔法使いになったこと。みんなとエンジンのカケラを集めたこと。みなと君と出会って色んな相談に乗ってもらったこと。一緒に花壇のお花の世話をしたこと。一緒に文化祭の準備をしたこと。一緒に魔法で宇宙を旅したこと。そして最後に、眠っている私にカーディガンをかけて、それっきり離れ離れになってしまったことを……。

「みんな、信じてくれるの?」

私が顔を上げるとみんなが涙ぐんでいた。

「すばる……、この子の名前は?」
「会長さん、だよね?」
「ニャー」
「私達が初めて会ったとき、すばるは迷わずこの子をそう呼んだ」
「私も弾けるだなんて言ったこと無かったのに、ピアノの伴奏してってお願いされた」
「私のおでこの傷のこと知ってた」

私は、自分のことだけでいっぱいになっていたのに気が付いた。みんなは、私が思っている以上に私を気にかけてくれていて、私の様子に気付いてくれていた。

「みんな……。うん、そうだよね。みんな、私の知ってるみんなだよ。あのね、私、みなと君と大事な約束をしたの……。私が扉を開けるって……。待っててねって……。でも、どうしたら良いのかわからないの……」

それがもし、あの時のように私が魔法使いでなくなってしまったからだとしたら……。

「なぁすばる、小さい頃に一緒に流星雨を観に行ったの覚えてるか?」
「うん、もちろんだよ」
「でも、本当はあの時、一緒には観られなかったよな……」
「眼鏡だって可愛いのに」
「可愛いって言うなぁ……」

私が少しふざけて、と言っても本心ではあるのだけれど、そう言ってくすくす笑っていると、みんなもようやく気が抜けたのか“なになに?二人の馴れ初め?”とおどけた調子で相槌を打っていた。

「……とにかく、私達はあの時、また一緒に流星雨を観ようって約束をした。そして、すばるは天文部を立ち上げてまた私を天体観測に誘ってくれた。一緒に流星雨を観たんだ。約束は叶ったんだよ。だから、そうやって願い事を叶えるのに魔法使いがどうとかなんて関係無いんだ」

私は、あおいちゃんの言葉にハッとした。一緒に願った約束を叶えられることを私はもう知っていた。それが出来る私になっていたハズだった。それに気が付いた時、不意に“シャーン”と澄んだ音が聞こえた。

「なんの音?何?今の……」
「音?」
「何も聞こえなかったと思うけど」

その音は私にしか聞こえていないようだった。私はハッとしてポケットの中を探した。心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。

「これって……」
「あの時のフィルター?」
「あの時?」
「そっか、あおいちんはいなかったっけ」
「これって、すばるちゃんが彼を思い出した時に割れちゃった……」

あの時、私は確か”またやっちゃったぁ……“とそう言った。あの運命線で出会ったあおいちゃんとの二人お揃いのキーホルダーのように、私の心から零れ落ちたそれは、きっと私達の間に縁を保ってくれているに違いなかった。

“こんなに綺麗なのに?“
”要りますか?これ?“
”なんで?くれるの?“
”うん、私にはもう必要無いから“
”本当……?“

そう言って、みなと君はまるで幼い子供の頃のように笑った。

お願い……、私の心の星、可能性のカタチとしてのひび割れたコンパス、離れ離れになった心のカケラに私を導いて…!!

ヒビ割れたコンパスの針がカタカタと動いた。

「すばる!!どこ行くのさ!?」

私は涙をぬぐって保健室を飛び出し展望室へ走った。あの時のように景色が流れていった。でも、今度は離れ離れになるためなんかじゃない。そう思う気持ちが駆けていった。展望室の扉の前で深呼吸をしていると、みんなが息を切らせながら追いついた。

「いったい急にどうしたのさ!?」
「みんな、ありがとう。私……、みなと君を迎えに行ってくるね!!」

私の掌の上で心のカケラはガラスの鍵に姿を変えた。まるで水晶のように透き通ったその鍵は、“ガチャリ”と音を立てて天文室の扉を開いた。そして、ガラスの鍵は役目を終えて砕け散り、光に変わって私を包んだ。

「すばるんが……、消えた?」
「これが、すばるちゃんの魔法なの?」
「一体どこに?」
「きっと病院だよ!!みんな、行こう!!ーーー」

 


ーーーかつて温室だったこの場所は、草花は散り、噴水は涸れ、全てが色あせていた。しかし、ガラスの天井からのぞく満天の星空の輝きだけはあの時と変わらなかった。ただ一つ変わっていたことは、そこにはあの花ではなく少年が立っていた。少年は扉に背を向け、星の光を受けて光るそれを掲げながら、星空を見上げていた。少年はゆっくり振り向くと、優しく微笑んで言った。

「待ってたよ……、すばる。君はまた、扉の鍵を見つけてくれたんだね」
「みなと君!!遅くなって、ごめんなさい……」

私はみなと君に駆け寄って抱きしめた。胸がいっぱいになって、もう涙が止まらなかった。
みなと君は、私をそっと抱きしめて言った。

「君が僕に渡してくれた心のカケラは、ずっと、ずっとすばるの声を届けてくれていたよ。僕の方こそ、辛い思いをさせてごめん……」
「そんなこと……、そんなことないよ……」
「泣かないで、すばる。君はいつだって僕の前に不意にやって来たじゃないか」

顔を上げた私に、みなと君は少し弾んだ声で言った。

「次はいつ君がここに来るんだろう?次に扉が開かれるのはいつなんだろう?僕はここにいる間、ずっとそんなことを考えていたんだ。だから僕には、君を待つ心の準備なんて、そんなの出来ていた試しなんて無かったんだよ。でも、ここで君を待っていたあの時間も、僕は好きだったから」
「みなと君……」

私はみなと君と向き合って、決心して言った。

「みなと君の本当の気持ちを教えて」
「僕は……ーーー」

 


ーーーあの日の僕は……、退院がまた一週間延びたと知らされて朝から拗ねていた。今思えば、退院の約束なんて本当は誰とも交わしていない、それは僕の見ていた夢でしかなかったのだけれども……。いや、僕にとって大事なのはそんなことじゃなかったんだ。

「そっか……、ざんねんだったね……、みなとくん」
「すばる……、ぼくのほうこそごめん……。やくそくだったのに……」

そう、僕にとって大事だったのは退院することじゃなかった。退院したらすばると一緒にお星様を観に行こう、こないだ降り注いだような流星雨を観に行こう、その約束を果たせなくなってしまったことが何よりも悲しかった。

「しかたないよ。それでまたびょうきがわるくなっちゃったら、そのほうがわたしいやだよ」
「うん、ごめんね……」
「そんなかおしないで、みなとくん。……そうだ!!またつぎのやくそくをしよう!!」
「でもまた、たいいんがのびたら……」

そうしたらまた、すばるの気持ちを裏切ってしまうのではないか、そうして傷付けてしまうのではないか、僕はそれが怖かった。

「うん、だからね、おほしさまをみることだけやくそくするの」
「おほしさまをみることだけ?」
「うん、いつかぜったいにいっしょにみよう?でも、いつにしようってきめないの。それならやくそくやぶらないでしょ?」
「いいね、それ。やくそくしよう」

その約束はまるで、選択しないことで生き永らえている彼等の在り方のようだった。僕と彼等はよく似ていた。

「ん」
「それは?」

すばるが握った手から小指だけを伸ばして僕に向けた。あの時の僕は、そんなことも知らなかったんだよ。いや、宇宙を巡る魔法、彼等の言う高度に発達した科学に触れた今でも知っていることはそんなに多くはないのだけれど。

「やくそくのおまじないだよ?やったことない?」
「うん、はじめてだ……」
「じゃ、わたしがおしえてあげる。みなとくんもわたしのまねして」

すばるが得意げにそう言った。あの時から、僕に対する君のこういところは全然変わっていないよね?

「こう?」
「うんっ!!そしたら、ゆびをむすんでね、やさしくブンブンしながらいっしょにうたうの」

そう言って、すばるは動揺の歌詞をまるでナイショ話をするように小声で僕に耳打ちしたよね。なんだかくすぐったくてドキドキしたよ。

「おぼえた?」
「うん」
「じゃあいくよ。せーっの!!」

「「ゆびきりげんまん
うそついたら
はりせんぼんのーます
ゆびきった!!」」

「やくそくだよ!!」
「うん、やくそくだ」

お互いの小指が離れて、僕達は、永い間会えなかったーーー。

 


「ーーー僕は、あの時一緒に交わした約束を、君と一緒にこの目で、本物の夜空の星を観に行きたい」
「やっと教えてくれたね……、みなと君……。うん、一緒に行こう」

私達は手を繋ぎ、一緒に扉をくぐった。
残された世界は、もう一つのガラスの鍵によって閉ざされたーーー。

 


ーーー目を覚ますと、私はいつもの病室にいた。鼻をつく消毒液のにおい、規則正しい心拍を映し出す機械の音、月の光が差す薄暗い部屋、見慣れた光景の中で、いつもと違うその情景に私は胸がいっぱいになった。男の子はまぶたをゆっくりと開け、そっと私に手を伸ばした。私はその手を両手で握り、彼のことばを待った。

「はじめ……まして……。僕は、みなと」

くちびるをゆっくり動かしながら、かすれた声で、しかし、確かに男の子は言った。

「やっと会えたね、みなと君。私、すばるです」

女の子はそれに応え、初めて男の子とことばを交わしたーーー。

 


ーーーそれからは、とても騒がしかった。連絡を受けたみなと君のお母さんは、すぐに病院にかけつけた。お母さんは何度も“きっとあなたのおかげよ”と涙を流して私にお礼を言った。お医者さんも看護師さんもただただ目を丸くして“奇跡だ……”とつぶやくばかりだった。私が倒れたと学校から連絡を受けたお母さんとお父さんも、あおいちゃんたちと合流してやってきた。お母さんは私をそっと抱きしめて“がんばったわね”と声をかけてくれた。私が勝手に病院に入ったことも、面会時間を過ぎていたことも、もう誰も気にしていないようだったーーー。

 


ーーーカレンダーのページが一枚捲られ、いよいよ雪の降る季節になった。

「たっはー、見事にカップルだらけだな」
「すばるは?」
「今日もお姫様のところ」
「妬けるねぇ、前もすごかったけど、あれから毎日だもんな」
「本当、毎日お見舞いに行って、そのあと、夜になったら観測会…すごいわよね。でも、すばるちゃんが元気になって良かった」
「ん?あれ、すばるじゃないか?」
「え?どこどこ?」

色とりどりのクリスマスのイルミネーションの中、車椅子を押す私は人混みの中にいるみんなを見つけて声をかけた。

「あ、みんな!!探したよ」
「すばる?なんでここにいるんだよ?」
「今日と明日、僕の外泊許可が出たんだ。そしたらすばるが“みんなはここにいるだろうから一緒に行こう”って」

みんなは肩をすくめながらはにかんだ。と、ひかるちゃんといつきちゃんは何やら目配せをしていた。

「せっかく二人きりで一日中デートできるチャンスなのに」
「病院じゃあいつ看護師さんが来るかわからないし、おちおちチューもできないんじゃあないのかにゃあ?」

私は顔が真っ赤になるのを感じて、思わず浮かんで来た言葉をそのまま放ってしまった。

「ひかるちゃん見てたの!?」
「……ありゃ?」

あ……。

「すばるをそんな目で見んなー!!」
「やだ!!そんな!!」

そう言って顔を真っ赤にしたいつきちゃんは、後ろからひかるちゃんとあおいちゃんを抱きすくめた。二人は必死にもがいていたが、興奮したいつきちゃんをふりほどける様子はなかった。

「なんだか心がぽわ~むする」
「あなた達っていつもこんな感じなの?」
「えっと、それは違っ!!いや、違わないけど……。えっと!!」
「違わないですって!!」

ななこちゃんがほっこりした様子でみんなを眺めている一方、あやちゃんがジト目でニヤニヤしながらそんなことを聞いてきた。いつきちゃんはもう止まらないし、ひかるちゃんとあおいちゃんはもがくことさえ諦めた様子でピクリとも動かなかった。そんなみんなの様子を前にして、みなと君は耳を赤く染めてそっぽを向いて“ここに来たのは失敗だったか……?”と小声で呟いた。あう……。

「ときにすばるん!!」
「ふぁい!!」

いつきちゃんからようやく解放されたひかるちゃんが言った。いつきちゃんは未だに真っ赤になった顔を両手で覆ってイヤイヤしていたが、指の隙間からは潤んだ瞳がのぞいていた。

「ここには絶好の天体観測スポットがあることを知っているかい?」
「そうなの?」
「ああ、私たちは買い出しに行ってくるから、二人は先に場所取りに向かってくれ!!」
「え?でも、それじゃみんなに悪いし……」
「すばるん」
「ふぁい!!」
「今すばるんがやらなきゃいけないお仕事は?」
「えっと、みなと君の車椅子を……」
「そう、だからここは私達に任せてくれ!!」

ひかるちゃんの気迫に押し切られる格好で、私達はイルミネーションの会場から離れ、教えてもらった場所まで移動した。

「うまく乗せられたね」
「どういうこと?」
「いや、何でもないよ……。本当にすばるは人がいいな」

そこに着くまでの間、そう言ってみなと君はくつくつと笑った。本当にみなと君は、時々こうしていじわるだった。教えてもらったその場所には小さな東屋が建っていた。そこは確かに、眼下にはイルミネーション、見上げれば満天の星空を眺められる絶好の場所だった。でも、そこには一人先客がいた。

「やあ、みなと。それにすばるも。もう、大丈夫そうだね」
「あなたは、確か劇でいつきちゃんと一緒に……」

その子は、演劇祭でお姫様を演じたいつきちゃんと同じクラスの男の子だった。そういえばあおいちゃんが“かわいい服を作ってあげたいんだけど……どんな生地が良いかな……?色合いは……、スカートの丈は……、短い方が良いかな?”と沸々と情熱を口にしていた。でも、どうして私達を……。

「エルナト……?エルナトなのか?どうして君がここに?」
「エルナト……。エルナ……、えっ!?あれ!?会長!?」

私がそう言った瞬間に東屋から出て来た男の子の姿は消えて、代わりに青緑色のタコのようなクラゲのような何とも形容し難い、それでいて見慣れた姿が現れた。

「ピュペポパピュピポぺぺパポピュ」
「う〜……。やっぱり何て言ってるかわからない」
「エルナト、ふざけてないで状況を説明してくれないか?」

すると会長は大きく跳ねて宙返りすると元の男の子の姿に戻った。元の、と言っても背丈がさっきより幾らか縮んでいて、服装が制服からオレンジ色のマフラーとゴーグルが特徴的な飛行士のものへと変わっていた。

「もっと再会を喜んでくれても良いと思うんだけどね」
「君は…君達は遠くの、別の宇宙に旅立ったんじゃないのか?」
「ああ、僕達は今でも旅を続けているよ。だから本物の僕はここにはいない」
「僕の魔法と同じ、というわけか」
「正確にはみなとが僕達の真似をしてたんだけどね」

みなと君はエルナトとしての会長に馴染みがあると言っていたけれど、そういえば、実際のところどういう関係だったのかを詳しく聞いたことは無かった。このまま二人に任せておくと何だか難しい話ばかりで先に進まないような……。

「あの、会長?」
「なんだい?すばる」
「扉の鍵が開いたのは、会長が手助けしてくれていたの?」

会長はさっき“もう、大丈夫そうだね”と言った。つまりそれは、私達をずっと見守っていたということになる。

「それには僕達は干渉していないさ。そんなことをしたら君達の運命が変わってしまう。いや、正確にはどんな形であれ収束してしまう」
「じゃあ、どうして……」
「エンジンのカケラ探しの対価として君達には40億年前からの選択が与えられたよね?でも、みなとに任せた案内人の責は僕達の想定したよりも大変で、今度は僕達が支払う対価が少しばかり不足してしまったんだ。だから、君達の運命や選択に干渉しないように対価を支払う必要があったんだよ。まあ僕も、干渉しない範囲で誰かの道案内をしたくらいさ」
「そうだったんだ……、ありがとう」

会長の話は難しくて言ってること全部はわからなかったけれど、私達の気付かないところで応援してくれていたということは伝わってきた。

「じゃあ、生徒になって学校生活を送っていたのも?」
「いや、あれは今度こそちゃんとした学校生活を体験してみたく……。え?いやいや違うって。そんな顔しないで欲しいな。僕達の旅に役立つ知見が得られるって期待があったんだよ」
「そう……、なの?」
「じゃあ、そういうことにしておこう」

みなと君が少し呆れたような声で言った。会長はこの話をするためにここに来たのだろうか。なんだかこの会話の雰囲気には覚えがあった。

「ああ、すばる……、ごめんね。そんな悲しい顔をさせたくなかったな……。確かに僕はお別れの挨拶にと思ってここに来た。今日は星が綺麗だからさ。この心を宇宙に還すのには都合が良いんだ」
「そんな……、また会えたばかりなのに……」
「さっきも言った通りさ。僕達が君達の運命に干渉するわけにはいかないんだ……。ところでさ、ねぇ、みなと」
「なんだい?」
「君はもう、毒蛇に咬まれて心を宇宙に放ってしまおう……、なんて思っていないよね?」

会長はきっと、殆ど確信しながら、でも、一抹の不安な気持ちも連れて行きたくなくてそう言っていた。

「ああ、そんなことはもう思っていないよ。すまなかった……。エルナト」
「それを聞いて安心したよ。それに、謝るのは僕の方さ」
「会長……!!」
「君達が夜空を見上げてくれたなら、きっといつだって会えるさ。じゃあ、もう行くね」

そう言って会長がゴーグル付きのフードを被ると、その姿は一瞬で蒼い色鮮やかな無数の蝶へと変わり、やがて霧散していった。

「行っちゃったね……」
「ああ……」
「……みんな、もう来ちゃうかな?東屋、入ろっか?」

私は、車椅子から降りるみなと君の身体を支え、二人で並んで座った。

「なんだか、さっきまでと星空の景色が違うみたい……」
「エルナトのヤツ……、僕達の運命には干渉出来ないなんて言っておきながら……、これじゃアベコベじゃないか」
「ふふっ、そうだね」

みなと君はため息をついて、何か決心したような顔をして私の方に向き直った。さっきそうだったように耳が赤い。

「ねぇすばる、笑わずに聞いてくれるかい?子どもの頃、僕たちがあの宇宙で初めて出会った時、本当は、僕は、君の王子様になりたいと思っていた……。その気持ちは今でも変わらない」
「みなと君……、ついこのあいだまで“気持ちをことばにしたことないんだ”なんて言ってたのに」
「僕は真剣なんだけどな」
「うん、いじわる言ってごめんね。わかってるよ。とっても嬉しい。でも、みなと君は、お星様とお花のことと、それから、私のことしか知らないんだもの。私がみなと君を幸せにしてあげるの!!」
「すばるは手厳しいね」

そう言ってみなと君は肩をすくめて見せた。普段はそんなことないんだけど、たまにカッコつけたいって思ってるの、私、知ってるんだよ?

「いいとこ見せたいんだ?」
「それを言わないで欲しいな」
「じゃあ、小さい頃みたいに、どっちが先に星を見つけられるか勝負しよっか?」
「いいね、懐かしいな。今の季節だと何がいいかな?……ああ、やっぱりアルデバランかな?」
「いいかも。でも、残念でした。それだともう、みなと君の負けだよ?」
「どうして?」
「だって……」

だって私、ずっと探してたんだよ?
アルデバランを、みなと君を。
やっと見つけたの。

「うん、すばるは僕を見つけてくれたね…」
「だからね、だから……、今度はみなと君の番だよ?みなと君は……、これから、みなと君のなりたいような、みなと君になるの」


おしまい

 

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