六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

彼岸にて

「だいじょうぶだよ。梨璃と夢結は私が帰すから。ありがとう、梨璃」

コツンと触れ合ったおでこの温もりは、まばたきをするような一瞬にも永遠にも感じられた。しかし、やがて梨璃の目覚めの時が来て、その温もりは熱を残してフッと消えたーーー。

 

『彼岸にて』

 

ーーー梨璃が海の向こうの岸へと帰り、私は月明かりが照らす夜明け前のこの部屋に独りポツンと残された。寂しさが無いと言えば嘘になるけれど、でも、これでいい。それが、私の役割だから。私が、感傷とも決意ともつかない思いに囚われようかというその時、不意に背後から誰かの声が降ってきた。

「やあ、二人は無事に帰ったようだね」

顔を上げて振り返ると、百合ヶ丘の制服に身を包む、スラっとした銀髪の少女が扉にもたれかかって立っていた。この場所に誰かが来るなんて思わなかった。

「あなたは、誰?」
「初めまして、僕は美鈴」
「美鈴……、夢結が話してたお姉様?」
「そうだね。もっとも、今の僕はダインスレイフに宿る残留思念……、魂のカケラのようなものだから、もう幾許も無く消えてしまうだろう」

それは、達観しているようにも自嘲しているようにも感じられた。掴み所の無い人だなと思った。

「そう、なんだ……、どうしてここに来たの?それに、夢結を……、見送らなくて良かったの?」
「いきなり痛い所を突いてくるね」
「ごめん……」
「いや、責めてるわけじゃないんだ。その通りだからね。そうだね……、強いて言えば合わせる顔が無かったのかな?」
「どうして?会えるのに?」
「君はとても素直な子なんだね。羨ましいな」
「美鈴は、素直になれたら幸せ?」

私は、あの時と同じような問い掛けをした。

「どうだろう……?いや、訂正しよう。そう思うこともあったけれど、案外、僕はこれくらいでちょうど良かったのかもしれないな」
「私……、嫌なこと聞いた?」
「どうしてそう思うのかな?」
「”夢結は夢結に生まれて幸せだね“って、私がそう言った時の梨璃、すごく、悲しそうだったから……」
「そうか……、だったら謝るのは僕の方だ。夢結をそうしてしまったのは、僕だからね」
「そんなこと……」

“結梨ちゃんは結梨ちゃんでいい”と、梨璃はそう言ってくれた。でも、梨璃がそうしたように、憧れを持つことは、誰かのようになりたいと願うことはそんなに悪いことなのかな?夢結には悲しいことがあって、でも、梨璃に想われることは幸せなこと、両方じゃいけないのかな?

「そうか、君は……、まっさらだったんだね」
「まっさら?」
「そう、その純粋さで清濁どちらも受け入れる事が出来る。だからここに居るんだね」
「よく、わからない……」
「でも、君はもう、自分がどういう存在なのかわかっているだろう?」

学園を襲ったヒュージと戦ったあの時と同じように、誰に教わるでもなく私はそれを知っていた。

「うん、マギの知識が教えてくれる。私は……、梨璃を護る」
「そう、それは本来、形式的な姉妹の契約関係を指す言葉では無かったんだ。ヒトとしての肉体が形象崩壊したリリィがマギに還り、それでも魂を失わずに純粋に強く想うリリィを護る」
「それが、シュッツエンゲル」
「ああ、リリィを護る、守護天使だ」

梨璃を護れるなら、それは嬉しい。でも、みんな私のこと、ヒトだって、そう言ってくれたのに、ね……。

「君はヒトだよ」
「え……?」

美鈴はまるで見透かしたようにそう言って、俯いていた顔を上げた私に諭すように言葉を続けた。

「さっき言った通りさ。ヒトかそうでないか、それを決めるのは器である肉体的な外観かな?だとしたら、ヒュージ化したヒトであるリリィは、そもそもヒトのカテゴリーに当て嵌まらなくなってしまう。ヒトかどうかを決めるのは、器ではなくその中身さ」
「そっか、うん……。ありがとう」
「どういたしまして」

でも、そう言った美鈴はどこか他人事のようで、私は思わず尋ねてしまった。

「じゃあ、美鈴は?」
「え?」
「悲しそうなにおいがするから」
「僕は……、そうはなれなかった」
「どうして?」
「不純だったのさ」

美鈴は今度こそハッキリと自嘲してそう言った。

「どこまでが本来の夢結で、どこからが僕のラプラスが創り出した幻想なのか、僕にはそれがわからなくなった。そんな想いを抱えているくらいなら、夢結を、いっそ殺めて蝶の標本のように、花弁を散らす事の無い贈答花のように、物言わないドールのように、そうして自分の側に美しいまま留め置きたいとさえ考えていた」
「そんな……」

美鈴が嘘を言っているようには見えなかった。でも、そんなのはおかしい。

「だって夢結は生きてる!!美鈴が護ったって!!」

自分が叫んでいる、そのことに驚いた。

「あの時は、ここが自分の死に場所だと思ったんだ。自分が狂ってそうしてしまう前に、夢結を護る事が出来たらと」
「だったら……、私も、変わらない」

そうすることでみんなを護れる……、あの時の私は、その選択が梨璃をどれだけ苦しめるかなんてちっとも考えていなかった。

「そんな顔をしないで。僕が夢結を護ったと、そう言ってくれて嬉しいよ。それに、君だってみんなを護ったんだ。そして、みんなはそれに報いようとしてくれている、その気持ちは、汲んであげて欲しいと思う」
「……うん。頑張ってみる」
「ありがとう。さて、もう時間かな?じゃあ、行くね」

そうやって言葉にされて、私はこの部屋が酷く寒くなるのを感じた。

「私、また独りになるんだね……」
「君は、僕と違って夢を通って梨璃に会いに行けるだろう?」
「会いに……、行っていいのかな?」
「どうして?会えるのに?」
「イジワル……」

冗談めかしてそう言って、美鈴はくつくつと笑った。私も、つられて笑った。

「最期に君と話せて良かった」
「私も、美鈴。おまじない、かけてあげる」

そうして、コツンと触れ合ったおでこは私より少しひんやりとしていた。やがてその感触が消えると、私は、月明かりが照らす夜明け前のこの部屋に、また、ポツンと残された。

「梨璃と夢結、ちゃんと帰れたかなーーー」

 

 


『此岸にて』

 

「ーーー梨璃さん?大丈夫?」
「閑さん?どうしたんです……、か……、ぁ……」
「ごめんなさい。今朝は、あなたが起きてくるのが少し遅いなって思って。それで覗き込んだら……」

眠っている梨璃さんが涙を流していた。だけど、うなされているわけではないようで、どうしようかと考えあぐねていた矢先に梨璃さんが目を覚ました。

「心配かけてごめんなさい。今日は大丈夫。嬉し涙、だから」
「嬉し涙?」
「うん、結梨ちゃんがね、夢に、来てくれたの」
「そう、だったの……、そのお話、私も聞いていいかしら?」

夢結様には少し悪い気もするけれど、これもルームメイトの特権と思って欲張る事にした。

「勿論だよ。それがね、結梨ちゃんってば、“うんうん、泣くな梨璃”って、そう言うの」
「ふふ、お姉さんぶって。彼女らしいわね」
「ね。でもね……、そういう結梨ちゃんだってね……」

“私も梨璃と会えて嬉しいのに、変なの……。海と同じ味がする”と、そう話していたと聞かせてくれた梨璃さんの流す涙の意味を、私は、聞く事が出来なかった。

 

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