どれだけ時代が流れても暦やカレンダー、それに倣った人々の生活習慣が無くなる事はなく、その点で今日は授業の休講日かつレギオン当番もお休みの日という文句無しに花丸の休日だった。そして、これらは滅多に被らないともあれば、一柳隊のレギオンメンバーは今日ばかりは全員集合とはいかず、今この控室にいるのは梨璃さんと、その両腕にそれぞれ腕を絡める夢結様とわたくしの三人だけだった。
「それで楓さん、うちの梨璃に何か御用だったかしら?」
「あら?夢結様こそわたくしの梨璃さんに何の御用が?」
「あははー…… 、二水ちゃんまだかなー」
火花を散らすわたくし達の間で、あろう事か他の女の子の名前を口にするなんて……。そんな梨璃さんにわたくしは心の中でぶー垂れた。当のちびっこ一号は“良い事があると思うので控室で待っていて頂けますか?”と言い残し、荷物が届いたと学生課に呼ばれて行った。もっとも、その前に梅様と鶴紗さんは猫の集会所にお弁当を持ってピクニック、神琳さんと雨嘉さんは街にお買い物という体でのデートにそれぞれ出掛けていて既に不在であった。ちびっこ二号は見掛けていないが、まあ、百由様のところではないだろうか。
「皆さんお待たせしましたー」
「なんじゃなんじゃ、朝っぱらからお熱いのぉ。夢結様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
わたくしの予想を裏切り、ちびっこ一号&二号が心なしかどこか弾んだ様子で小包を抱えてやってきた。
「お帰り二水ちゃん。ミリアムさんも一緒だったんだ」
「おう梨璃、相変わらず苦労しとるのう。わしも荷物を取りに行ったら二水とばったり会っての。それで、話を聞いたらちょうど良さそうじゃったらから顔を出したという訳じゃ」
「ちょうど良いとは?」
夢結様が小首を傾げて尋ねると、ちびっこ一号&二号は互いに目配せをして頷き合い、その小包を掲げて口を揃えた。
「「お茶会です/じゃ!」」
一体何の意味があるのか“そーれー!”とその場でくるりと回った二人が小包を開けると、なるほど確かにちょうど良さそうな取り合わせだなと思った。
『気遣いのお茶会』
「わぁ、クッキーがいっぱい!宝石箱みたいだね」
「ミリアムさんのは紅茶葉ね」
「これ、どうしたの?」
確かに梨璃さんの言う通り、箱の中には見たところメイプル、バター、ジャム、ナッツ、チョコレート等々色々な種類のクッキーが収められていた。絡めた腕からも出来れば早く食べたいというウズウズが伝わって来た。
「実家の母がお菓子作りが趣味で色々作って送ってくれたんです。前にレギオンの事を話したら皆さんでどうぞって。ただ、発送したって連絡を入れ忘れてたってさっき電話があったんですよ」
「そうだったんだね。お礼しなきゃ。レギオンのみんなにって作ってくれたんだから、また改めてお茶会しなきゃだね。ミリアムさんは?」
「わしの方は百由様が最近しきりに”カフェインがたりないー“と項垂れておるでの。ドクペだけだとそのうち倒れそうじゃから、まあ気分転換にと思って取り寄せたのをお裾分けというわけじゃ」
どうやら工廠科初のシュッツエンゲルも、誰に倣ったのか妹が姉を世話するあべこべな関係を築いているらしかった。
「ミリアムさんに紅茶の趣味があったとは意外ですわ」
「ドイツはビールが有名じゃが、ま、イギリス程ではないにせよそれなりに紅茶は嗜むぞい」
「そうなんだ。ところで、ドクペ……、って何?」
「ん?ああ、梨璃のラムネにカフェインその他諸々の香辛料を色々ぶっ込んだ感じの飲み物とでも言えばいいかの?百由様は眠気覚ましの一種として飲んどるようじゃが」
「相変わらずね百由は」
「相変わらずじゃ。さて、話の続きはお茶を淹れてからにしようかの」
「あ、私も手伝うね」
わたくし達の腕をどうやって解いたのか、言うや否や梨璃さんはすくっと立ち上がり、ミリアムさん達とお茶会の準備に向かってしまった。そうして残されたわたくし達は、互いに矛を収め、梨璃さん争奪戦の休戦協定を結ぶ他無かったのだったーーー。
ーーー小皿に取り分けられたクッキーとカップに淹れられた鮮やかな色の紅茶、それだけ見ればテーブルに広げられているのはお茶会の光景そのものと言えた。しかし、その中のその他異質な存在には疑問を呈さざるを得なかった。
「ところで……、それは何ですの?」
「ロシアンティーですよー。楓さんご存知ないんですか?」
勿論それは知っている。子供の頃、ブルーベリージャムで舌を青くしてお父様に笑われたのをよく覚えている。覚えているが、しかし、だ。
「いったいどこの世界に丼鉢とカレースプーンでジャムにがっつくロシアンティーがありますの……?」
「ん?美味いぞい?」
「美味しいですよね。楓さんもどうです?」
「……遠慮しておきますわ」
成長期なのか何なのか、あの膨大なカロリーは一体どこに消えているのだろうか?
「いい香りだねこの紅茶」
「そうじゃの。百由様喜ぶと良いんじゃが」
憂いを帯びたその瞳が誰を想ってのものなのか、そんな事はわざわざそうして名前を口にされなくても明らかで、わたくしにはその瞳が誰かさんとダブって見えて溜息をついた。
「はぁ……、元々カップルだらけのレギオンに新婚さんまで、目に毒ですわ」
「新婚さん?」
「もゆミリさん」
「わしらかよ!」
工廠科初のシュッツエンゲルの誕生に、百合ヶ丘はいつも以上に色めき立った。“工廠科の生徒達が急にそわそわし出した”とはちびっこ一号の言であり、そうでなくても、あの週刊百由がシルトを迎えたという事実は大きな驚きを持って受け止められていた。
「ミリアムさんはどう?百由様のシルトになってみて」
「私も興味あるわね。あの百由がシュッツエンゲルだなんて」
「夢結様までなんじゃ二水みたいなことを言いおって。さっきも言った通り百由様は相変わらずじゃ。昼夜を問わずの実験と研究の毎日に加えて前線にまで出て来おるし、たまに電池が切れたかと思えば寝言でもヒュージがチャームがとむにゃむにゃ言いおる。まるで夢の中でまで論文を書いておるような……、なんじゃお主ら固まって。わし、何か変な事を言ったかの?」
正に語るに落ちるとはといった具合だが、まだそうだと決まったわけではない。それよりも、梨璃さんと夢結様が揃ってしおらしい雰囲気になっているのは何なのか。
「あ、えっとね……、寝言って、その、たまに百由様に膝枕してあげてるなぁって思って、そういう時だよね?」
「ぇ……?ぁ……」
耳まで真っ赤にして言葉に詰まったその様子から、どうやらそうではない事は明らかだった。これからはもうちびっことは呼べないのかもしれない。
「どどど同衾ですか!?お泊まりですか!?朝帰りでふは!?」
「二水さん、もう少し淑女としての慎みをお持ちなさい」
「ずびばぜん……」
ちびっこ一号が鼻血を噴く光景を見たのは久し振りかもしれない。夢結様が何だかそれっぽい事を言っているが、藪蛇にならないよう事態を収めようとしているような気がしないでもない。
「そ、そうじゃ。このクッキー、百由様のところに少し貰っていっても良いかの?」
「ふぇ?ふぇえぼぢろんふぇふ」
「ならこれを使うと良いわ」
そう言って夢結様がどこからともなく取り出したのは、梨璃さんの誕生日にラムネを包んでいたラッピング袋だった。
「ゆ、夢結様かたじけない。では皆の衆、ごゆっくり〜」
言うが早いか、ミリアムさんは紅茶とクッキーを抱えてそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「逃げましたわ」
「二水さんを介抱しなければならないし……、というよりこれでは主賓が不在になってしまうわね。今日はもうお開きかしら?……梨璃?どうしたのそんな怪訝な顔をして」
「夢結様、さっきから一枚もクッキー食べてないですよね……?」
言われてみればそうかもしれない。もっとも、わたくしの視線の中心は常に梨璃さんであるため、自分は絶対にそうだとは言い切れないのだけれども。
「え、えぇ……、実は最近ちょっと太ってしまって……」
「いーえ、お姉様はむしろ痩せ過ぎです!私より体重軽いじゃないですか」
「……どうして梨璃が私の体重を知っているのかしら?」
「それは二水ちゃんのまな板で……。でもでも、お姉様だって私の見てたじゃないですか!!」
「シルトを見守るのはシュッツエンゲルの使命ですから」
「夢結様、それは公私混同なのでは?」
「新聞の看板を掲げてゴシップやグラビアを掲載する貴女がそれを言いますの?」
いつの間にか復活したちびっこ一号がツッコミを入れるも、それこそ藪蛇というものではないだろうか?ただまあ、実際もし学年別に寮の部屋が別れていなかったら、“おはようからおやすみまで見守りたい”と宣いそうな勢いだ。
「とにかくお姉様痩せ過ぎです!私より軽いだなんて間違ってます!それに、少しくらいぷにってしてた方が抱き心地が良いと思うんです」
「抱きっ!?」
ちびっこ一号が再び鼻血を吹いて倒れ、“やっばりゆびわをはずじでだのはわわわわ”とうわ言を繰り返していた。一方で夢結様はたじろいだ様子で“それは、その……”と口籠っており、これはもうあと一押しで落ちるのは目に見えていた。
「じゃあ、私と半分こしませんか?」
「半分こ?」
「そうです。お姉様と私はシュッツエンゲルなんですから、辛い気持ちも楽しい気持ちもこうやって半分こです」
「そう……、そうね。本当に、あなたには敵わないわね」
そう言ってパキッとクッキーを半分こにした梨璃さんは、あろう事か絵に描いたような“はい、あーん”を実践していた。“あーん”と、素直に応じる夢結様も夢結様だ。わたくしという者がありながら完全に二人きりの世界に浸られるのは流石に居心地がよろしくない。
「……コホン。まったく、これじゃあ甘くて胸焼けしてしまいますわ」
「え……?あ、あはは……。じゃあ、楓さんも半分こしよ?はい、あーん」
「良いんですのっ!?」
そうして、梨璃さんから頂いたクッキーはとても甘くて、でも、至福に満ちた夢結様を横目にしながら口にしたそれは、なんだか、少しだけ塩っぱかった。