六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

渚にて

「梨璃、落ち着いた?」

膝枕した梨璃の頭を手櫛で髪をすくように撫でながら尋ねると、梨璃は小さくコクンと頷いたーーー。


ーーーあの時のように、月明かりが照らすこの部屋で目を覚ました梨璃は、しかしあの時とは違い、私の姿を認めると酷く狼狽した。

“守ってあげられなくてごめんね……!結梨ちゃん……、ごめんね結梨ちゃん!”

そう繰り返しては泣きじゃくるばかりで、私に出来る事はただただ梨璃を抱き留め、背中をさすってあやす事だけだった。

“うんうん、泣くな梨璃”

競技会の時と同じ言葉をかけた事を私はすぐに後悔した。おどけている振りなんてしても意味が無いのはわかっていた。

“結梨ちゃんだって……!“

そう梨璃に指摘されて、私は自分の頬が熱くなっている事に気が付いた。

”うん……。私も梨璃と会えて嬉しいのに、変なの……。海と同じ味がする“

こんなに、嬉しいのにーーー。


ーーー梨璃が泣き止むまでに何分、何時間、それとも何日経ったのか、そうして泣き疲れた梨璃を私は膝に寝かせていた。

「どうして……」

私に背を向け、小さく嗚咽を漏らす中で、梨璃はポツンとそう問い掛けた。

「美鈴がね」

私がその名前を口にすると、梨璃の背中がピクッと震えた。

「私なら、夢を伝って梨璃に会いに行けるって言ってくれたから」

そう尋ねられているのだと思った。でも梨璃は、小さくかぶりを振った。

「結梨ちゃんの事、責めたいわけじゃない、それは絶対に違うの……。でも、どうして……、どうして独りでいっちゃったの……?」

私は、その問いに打ちのめされた思いがした。私がリリィだって証明したかった。ヒュージなんかじゃないって叫びたかった。みんなを守りたかった。梨璃を守りたかった。どの気持ちも本当だった。だけど……、他に言葉は出て来なかった。

「梨璃、ごめんね……」

梨璃はまた、肩を震わせて泣いていたーーー。

 

 

渚にて

 

 

ーーー長い時間が経って、その沈黙を破ったのはまたしても梨璃だった。

「結梨ちゃん、美鈴様に……、会ったの?」

梨璃はおずおずとそう言った。

「うん……、でも美鈴は、自分は魂の欠片だって言ってた」
「魂の、欠片?」
「ダインスレイフに残った残留思念のようなものだって。だから、美鈴とお話し出来たのは短い間だけ」

たとえ短い間でも、その印象は強烈だった。

「そっか……、だったら、きっと私と同じ美鈴様だったんだね……」
「梨璃も美鈴に会ったの?」

梨璃は小さく首を振ってから話を続けた。

「ダインスレイフに触れた時、美鈴様の想いが流れ込んできたの。私、お姉様に嘘付いちゃった……」
「嘘……?夢結に?」
「美鈴様がお姉様の事、好きなら好きで、それで良いと思う、って」
「梨璃……?」

そう言って一瞬押し黙ってから、梨璃は起き上がって私と顔を合わせた。その目は、泣き腫らして真っ赤になっていた。

「それだけじゃないって、私わかってたのに、でも言えなかった!お姉様の事を知りたい、心配してる、一緒にいたい、抱きしめたい、そういう気持ちが好きだって、私そう思ってた。だけど、美鈴様は……、美鈴様がお姉様に向けてた想いは……、あんなにドロドロした気持ち、私、知らない、わからない……、わからないよ……」

一気にそう吐露して梨璃は俯いた。美鈴は確かに、“いっそ殺めて夢結を美しいまま自分の側に留め置きたいとさえ思っていた”と、そう言っていた。

「私が美鈴から聞いたお話も、梨璃が感じた気持ちと同じ……、だと思う」

梨璃は美鈴の想いを一体どこまで感じ取ったのか、それがわからない以上、美鈴の言葉をそのまま口にするのは躊躇われた。

「私、怖かった……」
「うん……」
「美鈴様が、じゃないの……。もし、私がそれを口にしてしまったら夢結様が……、それが怖かったの……」

美鈴も、そうして夢結を傷付けるのを恐れていた。

「梨璃の嘘、優しいと思うよ」

“夢結は夢結に生まれて幸せだね”と、私は梨璃にそう言った。そして、その言葉で梨璃を傷付けた事を酷く後悔した。

「それでも、この想いは本当なら夢結様のモノなのに……」

私は、梨璃の苦悩は美鈴の想いそのものではなく、それを夢結に伝えられていない事なんだと思った。

「ねぇ、梨璃、美鈴の夢結への想いと夢結にしてあげた事、どっちが本当の美鈴なのかな?」
「どっち?それは勿論……、うん、どっちも本当……、だと思う」

夢結を傷付けたいという想いも、夢結を命を賭して守った事も。

「そう、どっちも本当。だから美鈴、辛かったんじゃないかな?」

それまでずっと俯いていた梨璃が顔を上げた。

「うん……、美鈴様、辛かったんだと思う。ダインスレイフから伝わって来たあの苦しさ、あの悲しさ、あの愛おしさ、一度に全部抱えてるの……、辛かったんだと思う」

それは、他ならない梨璃自身の言葉だった。

「だからね、梨璃。梨璃のその気持ちを夢結に話してあげたら良いんじゃないかな?」
「私の気持ち?」
「そう、梨璃の気持ちを。美鈴が話してくれた事、私も全部はわからない。でも、梨璃の想いは梨璃のモノだから」

そう伝えると、思い詰めていた梨璃の表情が、少しだけ軽くなった気がした。

「そっか……、そうだよね。誰かの心の中の事、それを知ってしまったからといって、そのまま全部、他の人に話しちゃうなんてダメだよね。どうして私、そんな当たり前の事……」

ダインスレイフには梨璃だけじゃなく夢結も触れた。でも、梨璃だけが美鈴の想いを感じ取った。だから、それはきっと、美鈴がその気持ちを夢結に知られたくなかったか、あるいは、梨璃のラプラスがそうさせたのだと思った。

「梨璃は夢結の事を好き過ぎるから。それで心配してお世話を焼きたいんだよ。夢結の方がお姉ちゃんなのにね」

だから、そう伝えた。

「結梨ちゃんってば。私、お姉様に伝えてみるよ。自分の、気持ち」
「うん、夢結に話せない梨璃の苦しい気持ちは、私、聞くから」
「ありがとう、結梨ちゃん」

夢結には話さないで自分には話してだなんて、私、梨璃にずるい事言ってるなって、そう思ったーーー。


ーーー私達は肩を寄せ合い、二人並んでベッドに腰掛けていた。

「もうすぐ、夜が明けるね……。夢の終わる時間」

梨璃は、夢から覚めないといけない。

「そんな事……。違うよ結梨ちゃん。まだ、ずっと夜だよ。お月様があんなに綺麗なんだもん」

梨璃は窓の外を見て、努めて明るく振る舞いながら首を振ってそう言った。

「この場所はずっと夜なの。ずっと、ずっと明けない夜」
「そんな……、そんなの寂し、過ぎるよ……」

梨璃の瞬きは、次第にゆっくりと深くなっていった。

「だから、もう時間なの、梨璃」
「私も、ずっとこのまま起きてるよ……」
「んーん、梨璃は帰らなきゃ」

うつらうつらとしながら瞬きをする度に、梨璃の涙が溢れて頬を伝っていた。

「ない……、ないで……。結梨ちゃん、行かない……」

消え入るような声でそう繰り返しながら、梨璃はいつかの私のように駄々をこねた。

「もうどこにも行かないよ、梨璃。おまじない、かけてあげる」

私は、涙を流す梨璃の目元に唇を落とした。

「また、会えるから」
「結梨、ちゃん……」
「ずっと、側にいるよ」

だって、私は梨璃の守護天使だから。
そうして、身体を預けていた体温はフッと消えて、私はそのままベッドに倒れ込んだ。今はただ、月明かりの照らすこの部屋に、静かな波の音だけが聞こえていた。

またね、梨璃。

……ごめんね。

 

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