六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

どっちかなんてえらべない

「ネェネェ、ドリー?早く選ばないと約束の時間に遅れちゃうよ?」
「だってみーちゃん、まさかドーナツにこんなにしゅるいがあるなんておもってなかったんだもん」

そう言ってドリーがシスタードーナツのショーケースと睨めっこを始めてから、かれこれもう5分は経っただろうか。彼女がこうして生まれて初めて目の当たりにしている光景は、きっと私が見ているそれとは異なりまるで宝の山のように映っているのだろう。その証拠に、幼さが残るあどけない少女は、ウンウンと唸りながらアッチに目を輝かせコッチに心惹かれては、時折小首を傾げて幸せそうに思案を続けていた。そんな彼女の様子を、店員はそつなく他の客への対応をこなしつつ笑顔を崩さず生暖かい目で見守っていた一方で、そうして訪れては帰っていく客たちは“あんな真剣に悩んじゃって可愛いよね”等と小声で囁き合い、側から見れば外見年齢不相応な彼女の行動を率直に口にしていた。私としてはドリーが可愛いと形容される事には内心こそばゆいのだけれども、ドリーと同じ顔をした有名人が闊歩するこの学園都市において、これ以上目立つのは出来れば避けたかったのもまた事実だった。しかしながら、これはドリーにとって“はじめてのおつかい”ならぬ“はじめてのドーナツ”であり、一体どこまで彼女の自主性に任せれば良いものだろうかと私は頭を悩ませた。そうこうしている間にドリーは候補をオールドタイプとチョコレートトッピングとに絞ったらしく、しかしそれでも決め切れずにいよいよ縋るような子犬の目をして振り返った。

「みーちゃん、どうしよう……。どっちかなんてえらべないよ…」
「ハイハイ、頑張ったんだから泣かないの。オネーサンがこういう時の選び方を……」

と、私はそこまで口にして、はたと気付いて言葉を止めた。そもそも、私は何故ドーナツを一つに選ばなければならないと考えているのだろうか?

「……私、ドーナツは一つだけ選んでって言ったんだっけ?」
「んーん……、かえるのおいしゃさんのびょういんで、みさきちゃんが“あんまりジャンクフードばっかりたべちゃダメだゾ”っていってたから……」

そういえば入院生活が始まってからそんなやりとりをした覚えがある。それに、あの時もドリーはこんな風に涙目になってたっけーーー。

 


ーーー必要な嘘とはいえ内容が内容だけに心苦しさを覚えつつ、ドリーに纏わる記録と記憶を“実験体は死亡後に廃棄”と書き換えた私達は、とある研究施設から彼女を連れ出したその足で、操祈ちゃんがツテがあると話した病院へと向かった。そこは妹達の保護を引き受ける世界中の機関の中枢であり、また、治療や延命の方針や技術を一手に引き受け提供しているともいう。もし、あの時ドリーを施設から連れ出す事が出来ていれば……と、この期に及んで更なる後悔を覚えなかったと言えば嘘になるが、“それは私だって同じ気持ちよ……?”と、操祈ちゃんがそう言って手を握ってくれた事で、二人で抱えた罪悪感は幾らか和らいだ気がした。
そうして、私達を病院の診察室で出迎えたのは、気の抜けた雰囲気のカエルのような顔をした初老の医者だった。一見すると冴えないカエル顔の医者に対する印象は正直なところ不安だったが、操祈ちゃんが大丈夫と太鼓判を押している以上、それは絶対なのだろう。その上、何かがドリーの本能を刺激しているらしく、部屋に入ってからの彼女はどこかウズウズした様子で目を輝かせていた。

「やあ、待ってたよ?君がドリー君だね?これから君にとって必要な検査を受けてもらいたいのだけど、その前に自分の身体の状態で気になる事はあるかい?」
「うーん……?いたいとかくるしいとかはないけど、これは、おなかがすいてるの?」
「それなら何よりだね?申し訳ないけど、検査には何も食べていない時の方が都合が良いものもあるから、食事はもう少し待ってもらっても良いかな?」
「うん」
「ありがとうね?じゃあ、食峰君は検査に一緒に付き添ってもらって良いかな?」
「もちろんよ」

最初は問診だからそういう口調になっているだけだと思っていたが、どうやらこのカエル顔の医者は疑問系の口調がデフォルトらしい。

「あの、私も一緒に……」
「君も見たところあちこち負傷しているようだからね?彼女の検査をしている間に君の治療について話が出来たら良いと思うね?」

私も同行を申し出たが、カエル顔の医者はどうやら私に用があるらしい。そこで、操祈ちゃんの方を見遣ると彼女は大丈夫と頷いたため、私は状況を受け入れる事にした。とはいえ、だ。

「私の事よりまずはドリーの事を聞かせて欲しいんダケド……」

レントゲンや血液検査等のありふれた検査を一通り終え再び診察室へと戻ってきた私は、まずは自分の事を棚上げにしてドリーについて尋ねた。どうせ検査するならわざわざ別にしなくても、ついでに必要なものを一緒に受けて回れば済む話だ。だから、私をここに残した事には別の意図が感じられた。

「彼女の健康状態や寿命について不安があるんだね?今行っている検査の結果を見ない事には確かな事は言えないが、ここには彼女の妹達の治験があるからね?その上で僕が全力で当たる以上、それは心配しなくて良い」
「良かった……。それでその、妹達は……」
「食蜂君の持って来たワクチンで全員回復に向かっている。それも心配しなくていい。ああ、君の方に事情があるのはわかっているつもりだよ?御坂君にドリー君の事をすぐには打ち明けられないだろうし、今すぐに彼女たちに会って謝罪すべきとも言えないね?ただ、全てが落ち着いた時は話す機会があった方が良いだろう。協力はする」
「……ハイ」

操祈ちゃんは最初に私に会った時、“白井さんに悪いからそのうち自首してもらう”と言ってはいたけれど、その話はいつの間にか有耶無耶になっていた。だから、こうして自分のした事を諭してくれるのは、きっとありがたい話なのだろうと思った。

「その返事がもらえて良かったよ。じゃあ二人部屋を用意するから、君もドリー君と一緒に入院すると良いね?」
「え?なんで私マデ入院?」
「診たところ、顔面の骨折は闇ルートの治療キットで応急処置しただけなんだろう?曲がった鼻がそのまま固着する前にちゃんと治療した方が良いと思うね?」

そう言いながらカエル顔の医者はディスプレイを操作し先程撮ったレントゲンを見せてくれた。そこに写し出された鼻筋は確かに幾らか歪んでおり、私は少し血の気が引くのを感じた。

「これくらいすぐに治るから、そんな深刻な顔をしなくても大丈夫だからね?」
「え?じゃあ何で?」

「君、普段の食事はジャンクフードか軍用レーションばかりだっただろう?病院食でバランスの取れた食生活に触れる良い機会だと思うね?」
(イヤイヤ、なんでそこまで分かるワケ?)
「一通り検査もしただろう?医者だからね?食は医療においても基本だし、やはりきちんと押さえておかないとね?」

まるで噂に聞く心理掌握のように正確にこちらの状況と思考を読まれてしまう。このカエル顔の医者に隠し事をするのは容易では無いだろうと感じた。

「それに、日常生活の経験に乏しいドリー君と一緒に生活して色々と教えてもらえると、こちらとしては入院のサポートに人手を割かなくて助かるね?」
「そっちがホンネっぽいんだけど?」
「でも、君は断らないだろう?」

断らないというより断る理由など幾ら探したところで見付からないのは明白だった。ドリーを病院の個室に残してまた一人にさせるなんて、とてもじゃないが考えられない。

「ハイ、お願いします……」
「よろしい。さて、そろそろ時間だね?」

カエル顔の医者がそう言うやいなや、診察室のドアが開いて二人が戻ってきた。

「ただいまみーちゃん!!」
「はいはい、病院で大きな声出しちゃダメよぉ?」
「お疲れ様だったね?後は詳しい結果を分析して治療プランを立てるから、今日のところは用意した部屋で休むと良いね?」
「みーちゃんとみさきちゃんは……?」

先程の懸念は正にドンピシャで、施設で独りで過ごしていた時の記憶が想起されたのか、ドリーは不安そうな声でそう言った。

「私も一緒に入院して、この曲がった鼻を治しなさいだって」
「わーい、みーちゃんといっしょだー!みさきちゃんもいっしょににゅういんするの?」
「私はしないわよぉ。貴方たちの新居の準備もしなくちゃいけないし」
「貴方たちのって、操祈ちゃんは?」
「私は学び舎の園に寮があるし……」
「みさきちゃんはいっしょじゃないの……?」

はしゃいでいたドリーは一転して目を潤ませ、私達を交互に見遣った。別に同居しないからといって今生の別れになるわけではないが、”さんにんいっしょ“という彼女のささやかな願い事を無下にしてしまうのは気が引けた。この際、無防備なドリーと二人っきりだと、そのうち我慢出来なくなってオソッチャイそうだから……、とでも言ってしまおうか?等と操祈ちゃんを引き留める方法を思案していると、彼女はフッと笑ってため息混じりにこう言った。

「もぉ……、わかったわよぉ。ホント、ドリーは我儘力が強いんだから」
「案外アッサリ折れるじゃない?」
「そりゃあ面倒力は掛かるわよぉ?でも、断る理由なんて無いんだもの」
「そうね……、そうよね」

私達は多分、もうドリーを独りにしておけないというだけじゃない、私達自身もまたドリーと離れたくないと思っているに違いなかった。

「さんにんいっしょにいられるの……?」
「そうよぉ。私はお家の準備をしておくから、ドリーは入院してる間、カエルのお医者さんや看取さんのいう事をちゃんと聞かなきゃダメだゾ」
「うん!!わたし、たいいんしたらさんにんでかわのじになっておふとんにねころがるのやってみたい!!あ、あとね、おふろでせなかのながしっこっていうのも!!」
「はっはっは、楽しみな事が沢山あって良いね?じゃあ、そのためにも僕も頑張らないとね?」

そうして私達は一週間ほど入院生活を送った。ドリーの肉体は基本的には他の妹達とほぼ同一であるらしく、新陳代謝や成長速度の調整は同様の手順で滞り無く進められた。一方で、知識量の差は大きく開いており、カエル顔の医者からは“調整の一環として学習装置を使った知識や概念の学習は可能だよ?“と一応伝えられはしたが、私と操祈ちゃんはそれを断った。研究所の外で見て聞いて触れるモノ全てが新鮮なドリーからその機会を奪うのは嫌だったし、何よりもドリー自身が私達と一緒にそれを経験する事を望んだ為だった。それをカエル顔の医者に伝えたところ、”そう言うと思って全く準備してないから問題無いね?“と悪びれもせずに返されてしまい、私達はただただ気が抜けて苦笑いするしかなかった。
だからそう、ドリーにとってドーナツに真剣に悩む事も大事な経験の一つだったーーー。

 


「ーーーしょうがないなー、そんなに悩むんだったらドッチも食べてみる?」
「え!?いいのみーちゃん!?」
「だって、今しか出来ないでしょ?」
「ありがとう!みーちゃん!」
「ちょっと、だから人前でそんなくっつくのはっ!」

ドリーは相変わらず手を繋いだり抱き付いたりといったスキンシップを好んでおり、それは人前に出ても変わらなかった。もちろん、私はそれ自体が嫌というわけではなかったのだが、頬を赤らめたお嬢様学校の生徒達からの好奇の視線やヒソヒソ話に晒されるというのはあまり気分の良いものではなかった。ただ、この状況をドリーに説明するには色々と先に教える必要があったし、段階を飛ばして刺激的な少女漫画を教材にするというような事は止めようと二人で話し合って決めていた。

「と、とにかく、アイツのことだからどうせまた“ジャンクフードばかり食べてるとお肌に有害力が強いんだゾ”とか言いそうだけど、まあ、言わなきゃバレないわよ」
「あははー、みーちゃんってばみさきちゃんそっくりだー。じゃあ、みさきちゃんにもおみやげえらばないとね。どれにしよっかなー」

話題を変えようと操祈ちゃんの話を振ったところ、ドリーはそう言ってお土産選びに悩み始めてしまった。つまり振り出しに戻ってしまったワケで、墓穴を掘ってしまった状況に内心苦笑しつつ、このままでは今度こそ待ち合わせの時間に間に合いそうにないため私は助け舟を出す事にした。

「ホント、ドリーはワガママ力が強いんだから」
「むー、みーちゃんってば、みさきちゃんとおんなじこといってるー」
「アハハ、ごめんって。ネェ、ドリー、私もお土産選び手伝って良い?」
「うん!あ、そうだ、あのあながあいてないのもドーナツなの?」
「ドレドレ……。あー、カスタードクリームね。良いんじゃない?アレもさっきドリーが選んだのと一緒で、まあ基本的なドーナツってヤツよ」
「じゃあそれにするー。おねえさん、これもみっつください!」

こうして、ドリーの初めてのドーナツ購入体験は無事終わった。私が調査報告をしている傍らに見せてくれた、ドリーが両手に持った初めてのドーナツを交互にモグモグしている光景は、何とも形容し難い幸福なモノだった。そして私は、お土産として用意されたもう一つの紙袋を見遣りながら帰ってからの事に思いを馳せた。
ソウソウ、結局、私達はドリーが退院した後、操祈ちゃんが手配したマンションで三人いっしょに暮らし始めた。各々に個室は用意され、それぞれ寝具も置かれていたのだが、私と操祈ちゃんのそれは殆ど使われる事はなく、ドリーの選んだ少し大きめのダブルベッドだけがその役割を任されていた。そして、“ちょっとせまいね”と嬉しそうにはにかむドリーを真ん中に、三人で川の字に寝転んで夜を過ごすのがそれからの日課になった。私達はきっと、側から見れば互いに依存しているのだろうという自覚はあった。彼女の最期に立ち会えず、喪に服する心の余裕も無く復讐のために明け暮れた私の前に、奇跡は願ってもないカタチで現れて、それで平静でいろというのは土台無理な話だった。操祈ちゃんとそれについて相談しないわけではなかったが、今だけはこの蜜月の時を過ごしても罰は当たらないだろう、と問題を保留にした。それに、そもそもこの街には罰を与える神様なんてきっといないハズだ。だって、ドリーを散々苦しめた学園都市の科学者は罰なんてチットモ受けていないのだから、こうしてドリーが一日に沢山ドーナツを食べるくらいで罰なんて当たりようがないのだ。

「あははー、みさきちゃんほっぺにクリームついてるー」

オーガニック食材マニアの常盤台生粋のお嬢様にとって、ドーナツにかぶりつくなんて経験はこれまでしたことが無かったに違いない。しかし、それがドリーの選んだお土産とあっては断るべくもなく、そのおかげで、“え?どこぉ?”という無防備な問い掛けへの返答代わりに、“んー、ここー”と頬に付いたクリームをドリーにぺろっと舐め取られ真っ赤になってアタフタする女王サマという珍しい光景を拝む事が出来た。

「もぉ、操祈ちゃんったら真っ赤になっちゃって。免疫力無さ過ぎだゾ」

そう言って私が女王サマをからかうのを楽しんでいると、未だ頬を赤らめたままの彼女の目が怪しく光り、そしてほくそ笑みながら何かをドリーに耳打ちした。

「あ、ホントだ。みーちゃんにもついてる」
「え?マッテマッテ、まだ心の準備が……!!」
「アラアラ、看取さんってば真っ赤になっちゃって。ヒトノコト言えないんジャナイ?」

私は頬をくすぐる感触に悶えながら、今度からは、人前でこういう事をしちゃダメだってちゃんと説明しておかないとなと思った。ドリーに教えてあげなきゃいけない事はマダマダ沢山ありそうだ。

 

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