六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

天使の惨禍

ーーーあの日の、夢を見た。

自分の手の中で乾いた音が響き、硝煙と錆のにおいが立ち込めていた。ひたひたと足元に生暖かい水が這い寄り、堪え切れない吐き気が私を襲った。

私は生き延びる為に、盗みもした、人を騙しもした。そして、それらとは比べ物にならない淀んだ感覚に心が押し潰されそうになる中、たった一つの感情が私を私でいさせてくれた…。

ああ……、こうしてここに立っているのが……、あなたでなくて、よかったーーー。


『天使の惨禍』


「……ロット、シャーロット」

少しずつ、私の名前を呼ぶ声がはっきりと響いてきた。ああ、プリンセス、そんなに心配しなくても、私は大丈夫だよ。しかし、伝えたかったその言葉は口から紡がれる事はなく、微睡みの中に霧散していった。頰に添えられた手を握り、ようやく私は目を覚ました。

「どうしたの、シャーロット?うなされてたみたいだけど」

眠っていたはずのプリンセスが身を捩り、肌と肌が擦り合わさって身体の感覚が戻ってきた。素肌を撫でる髪がくすぐったい。

「ごめんなさい、起こしてしまって」
「そうね、シャーロットがあんまり強く抱き締めるんですもの」
「えっと、ごめんなさい……」
「んーん……、いいの。夢を見たのね?」
「うん……」
「怖い夢?」
「昔の夢よ。もう済んだ事」

そこまで口にしたところで、私は言葉を選ばなかった事を後悔した。私を見据えるプリンセスの瞳が、憂いと決意に揺れていた。

「話してくれる?」
「楽しい話じゃないわ」
「シャーロットの事だから知りたいのよ?」
「でも……」
「シャーロット、約束」

約束……、その言葉の前で、私に隠し事など出来るはずもなかった。少しずつでもいい、お互いの過去を返していく、私たちはそう約束した。

「……そうね、約束したものね。でも、一つだけお願いを聞いてもらってもいいかしら?」
「お願い?」
「うん、お願い。えっと……、私がどんな話をしても怒らないでね?」
「努力するわ」

私は確約を得られなかった事に一抹の不安を覚えながら、もう一度、怒らないでねと念押しし、あの時に至るまでの昔話を始めたーーー。

 


「ーーークイーンズ・メイフェア校への潜入……、ですか?」
「そうだ。知っての通り、女王の肝入りで設立された学校だが、王族関係者も多く通っている。君達のような若い工作員の潜伏先として、また情報収集にも都合が良い」
「成る程……」
「そこで、先に潜入している工作員と共に、学内に拠点を構えてもらいたい」
「了解しました。それで、潜入している工作員というのは?」
「ああ、彼女の事だがーーー」

 


ーーー寮での自己紹介を終え、私は呼び出された屋上へと向かった。扉を開けて周りを見やると、足元の階段に寝転がる見知った後ろ姿があった。

「ルームメイトになったのに、わざわざ屋上で落ち合う必要あるの?」
「開口一番それかよ……。気分だよ気分、それに……」
「?」
「ここじゃないと吸えないんだよ」
「そう……」

ファーム同様、彼女は相変わらず健康優良不良少女を貫いているらしい。任務遂行前に退学になったらどうするつもりなのだろうか?

「なあ、自己紹介しちゃった後で今更だけど、そんなツンツンのクールキャラで通すのか?殆ど地じゃないか。何かそれっぽいカバーとか」
「それで、手筈はどうなってるの?」
「聞けよっ!!……ったく、相変わらず無愛想だな。折角の可愛い顔が台無しだぜ?」
「スパイに愛想なんて必要無いでしょう?」
「そうは言っても、ファーム時代のハニトラの試験成績はかなり良かったよな?」
不本意ながらね」
不本意なのか?」
「そうよ」

彼女に主導権を渡したままでは、いつまでも話が進まない。時間を無駄にする理由も無い為、私は本題を切り出した。

「で、場所の目星は付いてるの?」
「ん?ああ、これってところが一箇所だけな。じゃあ、新入生の為に、優しい先輩が校内を案内するとしますか」
「先輩、ねぇ……」
「何か言いたそうだな……。ま、それはそれとしてだな」
「?」
「これからよろしくな、相棒」
「……よろしく」


彼女に案内されてそこは、校舎の中でも人気が無く、そして、人の手が殆ど付けられていない場所のように思えた。学校全体が小綺麗な雰囲気で統一されているだけに、埃っぽさが余計に際立っていた。

「何ここ?物置き?」
「博物室なんだってさ。作ったはいいものの活用機会が無くて、今は骨董品やら化石やらを置いとくだけの部屋になってるらしい。広くて良い感じだろ?」
「確かに広いけど、埃っぽくていけないわね」
「贅沢言うなよお嬢様。片付けて掃除すりゃ何とかなるって。それに、ここなら骨董品に紛れ込ませて色々持ち込んでもバレない」
「……成る程」

確かに彼女の言う通り、部屋の広さと雑多さも相まって、色々と隠しておくには便利そうに思えた。

「でも、どうやって維持管理するの?ここは生徒に貸し与えられた個室というわけではないでしょう?」
「じゃあ、ここが今、誰かが管理してるように見えるか?」
「いいえ」
「だったら私達がこの部屋の管理人になっちまえばいいのさ」
「クラブでも作るつもり?」
「話が早くて助かるよ。そうだなぁ……“歴史的調度品を愛でながらお茶する女子クラブ”、略して“歴女クラブ”ってのはどうだ?」

その略称は誤用だと誰かに怒られる気がしたが、どうせ怒られるのは彼女の方だと思い黙っておいた。

「じゃ、私はクラブ申請の手続きを済ませてくるから、模様替えのプランでも考えておいてくれ」
「……了解」


それから私達は、コントロールの業者を手引きしたり、調度品に紛れ込ませて銃器やスパイ道具、そしてティーセットを揃え、順調に拠点を構えていった。彼女は彼女で別の潜入任務があると言って、よく、夜中に出払って朝方に帰って来ては、午前の授業を居眠りしていた。そして、潜入から一月程経った頃、私はコントロールに召集され、ある命令を受け取った。


「私が潜入してる組織絡みじゃないか。何で私じゃなくてお前が指令書を受け取ってるんだよ?」
「だってあなた“久し振りの非番だー!!”とか言って寝てたじゃない?」
「それもそうだけど……、まあいいや。で、内容は?」

そこまで話し机に資料を広げたところで、部室のドアがノックされ、こちらの返事も待たずに招かれざる客が部屋に現れた。

「失礼しますっ!!」
「部室の見学を、させて、いただき……、たい、と……」

扉を押し開ける音が聞こえると同時に、私は机に押し倒され、彼女に唇を奪われた。横目で開け放たれたドアへ視線を向けると、下級生と思しき女子生徒達の姿が視界に入った。彼女達は、茫然自失といった表情で立ち尽くしていたが、やがて意識を取り戻したらしく、顔を見る見る上気させていった。そして、はわあわと言葉にならない声を幾らか飲み込んだ後に、悲鳴にも近い、か細い嬌声を上げて去っていった。

「「しっ……、失礼しましたぁ……」」

私達は突然の来訪者が顔を真っ赤にして走り去って行った事を横目で確認し、身体の密着を解いた。そして、私は彼女の釈明を聞くべく、抗議の言葉を口にした。

「……何をするの?」
「そんな怖い顔で睨むなよ。別に初めてじゃないだろ?ファームでの訓練の時」
「それ以上言ったら張り倒すわよ?」
「へいへい……。あー、折角の資料がしわくちゃだ。まさか返事も待たずに入って来るとは、ね」
「そうね……、油断したわ。いろんな意味で」

私はそう言って、再び彼女を睨み付け、今度こそ弁解の言葉を待った。

「仕方ないだろ。咄嗟に資料を隠す方法を他に思い付かなかったんだから」
「噂になったらどうするのよ?」
「その時は、密会の理由に事欠かなくなるだろ?それより、さっきの子達の今後が気にならないか?」

そう言って彼女はウインクしてみせ、私は肩を落として溜息をついた。何事にも戯けた口調でのらりくらりと言葉を躱す彼女に対し、あらゆる追求をいよいよ私は諦めた。人払いが上手くいけば良いが、もし、野次馬が押し寄せたらどうするつもりなのだろうか。

「もういいわ……。作戦決行は三日後。まずは、王国内で人身売買を斡旋している組織を叩く。その後、入手した密輸ルートを元に、共和国側のブローカーを強襲」
「コントロールがボランティアで社会奉仕活動を?」
「その辺りの事情はあなたが詳しいって聞いたけど?」
「んー?あーあー成る程ね……。なんでも、攫った身寄りの無い子供達は、ケイバーライト障害や新薬の為の人体実験に使われているらしい。それを横から掻っ攫って、ファームに押し込む魂胆だな?」
「捨てる悪あれば拾う悪あり、ね」
「なんだ?なんかの格言か?」
「別に」
「ただ、中にはストリートチルドレンを統率しているような、そういった強いリーダーシップを持った孤児もいるらしい。才能は教育出来ないし、コントロールの本命はそっちだろう」
「世知辛いわね」
「まったくだ」

それから、作戦に使う銃器を見繕い手早くメンテナンスを済まして、私達は寮へと引き上げた。しかし、彼女は忘れ物があるから先に戻ってくれと言い、途中で部室へと引き返して行った。

「わざわざ何を取りに戻ったの?」
「ああ、博物室にワインがあったのを思い出してさ。さっきは辛気臭い話しちまっただろ?たまには一杯くらい付き合えよ」
「まあ、一杯だけなら」

そう言ってワインをグラスに注ぐ彼女は、いつになく上機嫌に見えた。私達はたわいもない話を肴にして、と言っても、私は殆ど相槌を打っているだけだったが、互いにグラスを傾けていった。程なくして、彼女は怪訝そうな顔でこう言った。

「おいおい、もうお眠なのか?まだ一杯だけだぜ?」
「あなた、最初に一杯だけって言ってたじゃない。でも、ええそうね、疲れてるのかもしれないわね……。誰かさんが爆睡してた所為で、余計な使いっ走りをする羽目になったんですもの」
「そりゃ災難だったな。酷い奴もいたもんだ」
「本当に口が減らないわね……」
「性分なんだよ。じゃ、お開きだ。休みなよ」
「ええ、悪い……、わね……」

私はそこまで言って机に突っ伏した。そして、彼女が私を抱き抱え、ベッドの上へと横たわらせた。

「ツンとした美人に見えて、寝顔は結構可愛いもんだな。良いモノ拝めて良かったよ」

皆が寝静まった学生寮の一室で一人そう呟くと、彼女はお気楽な不良生徒のカバーを仕舞い込み、スパイとしての本性を露わにした。

「悪いな相棒、楽しかったよ……」

誰に聞こえるでも無い言葉を残し、彼女は寮を抜け出したーーー。

 


ーーー真夜中のロンドンの町外れ、裏通りの全てを霧が覆い隠すその情景は、決して表に出せない密会には都合が良かった。

「ニ日後にコントロールが組織を襲撃する。私はこれからまた向こうに戻って、共和国のスパイとして組織の襲撃に参加する……、と見せ掛けて、後ろからドカン、さ。それとなく準備を整えておいてくれ」
「上手く、行くのかな…?私達、本当に逃げられるんでしょうか」
「大丈夫だ。心配するなよ。私がお前を守ってやるから」

少女は何か伝えようと顔を上げたが、すぐさま言葉と一緒に唇を奪われた。幼い少女を相手にするには、いささか情熱的なやりとりが交わされ、唇が離れた後も、少女は熱に浮かされたように、惚けた表情で彼女を見上げていた。しかし、やがて思い詰めたように目を伏せ、その不安を口にした。

「でも、私、不安なんです。あなたの事信じてます。そうじゃなくて、私、足手纏いなんじゃないか、って……」
「だから心配するなって。ああ、任せておけよ。そもそも一緒じゃなきゃ意味無いだろ?まずはこの作戦でコントロールを出し抜いて」

しかし、彼女の励ましの言葉を待つ事も無く、乾いた音が響くと同時に、年端もいかない少女の足が撃ち抜かれ、短い悲鳴が聞こえた。少女の顔が苦痛に歪み、彼女はそれを抱き留めた。狙撃者を睨むその表情は、先程まで見せていた余裕とは裏腹に険しいものに変わっていた。

「こんな夜中に私を誘わずこっそりドライブ、しかも、他の女の子との逢瀬だなんて……。私じゃ不満だったのかしら?」
「お前……、なんで……」
「あのワイン、口に合わなかったから実は殆ど飲んでないの。余計な味付けで誤魔化さずに、もっと良いものを選んで欲しかったわ」

私は、左腕に巻かれた包帯に血が滲むのを感じながら、提供されていたワインにクレームを入れた。彼女も私の様子に気付いたらしく、調子を合わせて返答した。

「なるほど、そりゃ悪い事をしたな。でもダメじゃないか、良い子はもう寝てなきゃいけない時間」

彼女の口が言葉を全て紡ぐ前に、再び、乾いた音が響いた。ショットガンが宙を舞い、同時に、ぽたぽたと水が滴る音が聞こえた。

「おしゃべりはもうお終いよ。質問に答えなさい」
「容赦無いじゃないか、相棒。いつから気付いてた……?」
「最初からよ」

あの時、私の問い掛けにLはこう続けたーーー。

 


「ーーー彼女の事だが、メイフェア校に先行して潜入している工作員には、兼ねてから二重スパイの嫌疑が掛かっている」
「どういう事ですか?」
「彼女は今、メイフェア校と並行して王国側で人身売買を斡旋する組織に潜入しています。そこで接触した王国の工作員から情報を得ていますが、“どうやらそれ以上に密な関係になっているようだ”と、別の工作員から報告が上がっています」

今度は分析官が淡々と状況を説明した。そして、Lがその説明を引き継いだ。

「限りなく黒に近い灰色だが確証は得られていない。そこで、組織への襲撃作戦を餌に、その尻尾を炙り出す」
「了解しました」

つまり、私に下された本当の命令は、メイフェア校への潜入ではなく、二重スパイの始末だったーーー。

 


「ーーー答えなさい。あなた、何をしているの?それとも、私が代わりに説明すればいいのかしら?」

私が銃身を固定したまま再度問い掛けると、彼女は肩で息をする少女を抱き留めながら静かに口を開いた。

「ああ、そうだよ……。もう全部わかってるんだろ?私が潜入した組織…そこで、革命で離れ離れになったこの子に再会した。酒場でささやかな歌を披露して糧を稼いでいた女の子が、今や王国の末端工作員さ……」

彼女は、少女を見やりながら自嘲気味にそう答えた。いつも崩さない余裕の表情は今や完全に鳴りを潜めている。

「それで、彼女との逃避行の為に二重スパイになった」
「ああそうさ。と、言いたいところだが少し違うな。コントロールを返討ちにした後は、同士討ちに見せ掛けて今度は組織を潰す。そして、私達は晴れて自由の身……。そうなる、ハズだった……」
「そんな世迷言が本当に実現すると思ってたの?」
「何とでも言えばいいさ!!この子を助ける為に他にどうすればいい!?このままコントロールが組織を襲撃したら、この子は死んでしまう!!」

彼女がカバーやおふざけのお芝居以外で、ここまで感情的になるところを初めて見た。他人と繋がりを持つ事がここまで人を変えてしまうのか、私には分からなかった。ただ一つ確かな事として、彼女は、選択を誤った。

「情に溺れたスパイの末路は悲惨なものね……。一つだけ、あなた達が一緒に逃げ延びる方法があるわ」
「何を……、言って……」
「さよなら、私も楽しかったわ」

私が続けて引き金を引くと、彼女達は糸の切れた人形のように折り重なってその場に崩れた。私には祈りを捧げる神などいないが、こういう時、普通は何を祈るものなのだろうか?そうして私が一瞬の感慨に浸っていると、私の直ぐ真後ろに誰かが立つ気配を感じた。この距離まで私が気配を察知出来ない相手となると、思い当たる人物は一人しかいなかった。

「やはり、こうなったか」
「L……」
「私の不始末だ。教え子が迷惑をかけた……。すまなかったな」
「いえ」
「回収班が直ぐに来る。我々は、このまま組織を強襲。密輸ルートを抑え、壁の向こうのブローカーを叩く」
「了解」

私は一瞬立ち止まり、亡骸を見遣った。

「……」
「何か言ったかね?」
「いいえ、行きましょう」


組織の寝込みを襲うのは容易かった。だが、壁を越えてブローカーの元へ強襲した私達の前には、想像を絶する光景が広がっていた。


「これは、どういう事だ……?」

私は、あのLが不測の事態に多少なりとも狼狽えるという光景を初めて見た。辺りには血と硝煙のにおいが立ち込め、生き残っているブローカーは誰一人いないようであった。そして、子供達も皆一様に、怪我をして動けないか、動かなくなっていた。Lの指示で他の工作員が状況調査と救護に当たる中、私は比較的軽傷と見られる子供達に話を聞いた。

「何があったの……?」
「お姉さん……、誰?助けに、来てくれたの?」
「そうね……、話を聞かせてもらえるかしら?」

私の問い掛けに、怪我をした子供達が言葉を紡いだ。その輪の中には、横たわったまま、もう一言も発する事が出来なくなった子供もいた。

「僕らの仲間……、壁の向こうに何人も連れてかれて、それで、あの子が……」
「あの子?」
「好きにはさせないからって、作戦、考えて……。でも、スリみたいに全部は上手くはいかなくて……」

ストリートチルドレンを統率する子供……、その存在が脳裏を過ぎった。

「その、あの子というのは?」
「奥に……、いるわ」

子ども達を他の工作員に預け、私は指し示された建物のへと足を踏み入れた。途中、鼠取りに片足を食い千切られたブローカーを見掛けたが、その眉間にはご丁寧にも銃槍が付けられていた。銃は、彼らから奪ったのだろうか?本当に子供達が全てやったのだろうか?様々な疑問が降って湧いて来た。私はその容赦の無さに当てられているのだろうか?

そうして建物の奥に足を踏み入れると、年端もいかない少女が血溜まりの前に立っていた。その幼さに不釣合いな銃を握り締め、身体を震わせ、肩で息をし、唇は吐瀉物で汚れていた。

「あなたが、撃ったの?」

私は、部屋の奥に転がっている肉塊を横目で見やり、少女に問い掛けた。茫然としていた少女はハッとして顔を上げ、私に銃口を向けた。

「私はあなたの敵ではないと思うのだけれど、あなた次第では考えを改めるかもしれないわ」
「じゃあ、助けに来てくれたの……?」
「助けに来た……。と言うと語弊があるわね。あなたが、子ども達のリーダーね?」
「……そうよ」
「単刀直入に言うわ。あなたをスカウトしに来たの。もし、これまでのあなたを棄てる覚悟があるのなら、私と一緒に来なさい」

他の子どもたちは、その殆どがスパイとして育てるには望みが薄いように思われた。しかし、この子であれば……、その才能と、危うさとを秤にかけ、私は前者を取った。

「私は、絶対に生き延びて、やらなくてはいけない事があるの。いいわ。私を、ここから連れて行って」

金色の髪は燻み、毛先が傷んだ不揃いな前髪やパッチワークで繋ぎとめられた服装は、如何にもストリートチルドレンを思わせた。しかし、私を見据えるその蒼い瞳だけは、一見すると似ても似つかない誰かの姿を想起させた。

「契約成立よ。あなた……、名前は?」
「……アンジェ。お姉さんは?」
「セブンよ。お見知り置きを、プリンシパルーーー」

 


「ーーーあの時は、壁を越えるチャンスだとは思ったのだけれど、大人しく捕まった先でどうなるかも分からなかったし、結局、コントロールに身を置いて、こんなに時間が掛かってしまったわ……」

ここまでを一気に話し、私はようやく息をついた。愛しの姫君の様子が途中から変わっていた事には気付いていたが、話を止めても怒られそうだった為、私はそのまま話を続けていた。当初は相槌を打ちながら話を聞いていてくれたプリンセスだったが、今や目尻に涙を蓄え、頰を膨らませていた。

「ねぇ、プリンセス?」
「……怒ってないわ」
「えっと、私まだ何も」
「怒ってないからっ……」

プリンセスが私の首筋に抱き着き、耳元で小さくすすり泣く声が聞こえた。私は彼女の背中に手を回し、ポンポンと子どもをあやすように触れながら、そっと彼女の耳元に声を落とした。

「ねぇ、プリンセス」
「……」
「私、あれから大勢の人を手にかけたわ」

プリンセスの身体がビクッと震え、首筋に絡む両手に力が入るのを感じた。

「私が選んでそうしたの。それに、私がそうしなかったら、プリンセスがスパイになっていたのかもしれないのでしょう?」
「その方が、ずっとよかったわ……」
「ねぇ、プリンセス。私たちはお互いの過去も未来もそっくり取り替えてしまったって、そう言ったよね?」
「確かにそう言ったわ……、でも、やっぱり私は、あなたから多くのものを貰い過ぎたのよ……」

そうしてすすり泣くプリンセスを抱き留めながら、私はそれでも話を続けた。

「聞いて、プリンセス。私たちは鏡写しだから……、私が多くの人を殺してきたのと同じように、きっとプリンセスは……、アンジェはその分、ずっと自分を殺してきたと思うの。あなただって、一緒なのよ?」

その言葉に、アンジェは絡めていた腕を解いて私と向き合った。私は、身体を離した事に名残惜しさを覚えながら、彼女の言葉を待った。

「私、シャーロットの方がずっと辛い思いをしてるって、そう思ってきたけれど、シャーロットも同じ気持ちでいてくれたの……?」
「そうだよ、アンジェ。だから、私たちはお互いに奪い過ぎた、貰い過ぎたなんて、そんな事ないわ」
「……」
「ねぇ、アンジェ、私にもアンジェの事をお話ししてくれる?」
「シャーロットの痛みには釣り合わないかもしれないわ」
「アンジェの事だから知りたいのよ?」
「でも……」
「アンジェ、約束」

そう言って、私は悪戯っぽく笑った。お城を一緒に走り回って、一緒にベッドの上を転がり回ったあの時みたいに。

「もし、私の話が釣り合わなくても、私の事、怒らないでくれる?」
「私もそう思って話したら、さっきアンジェに怒られたわ。だから、アンジェ、お願い」
「うん……。うん……、そうだね。ねぇ、聞いてくれる?シャーロット、私ねーーー」

取り替えてしまった十年をお互いが返すのに、朝までではとても時間が足りそうになかった。幾つ夜を共に過ごしたら、お互いに自分を返す事が出来るのかも分からない。それでも、その痛みや苦しみを少しずつでもいい、分け合えたらいいと、私たちはそう思った。

 

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