六連星手芸部員が何か書くよ

お基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ。アニメや漫画の感想、考察、レヴュー、再現料理など。

NOTEのアカウントを開設しました

六連星手芸部員が何か編むよ』と題しまして、この度、NOTEにアカウントを開設しました。

六連星手芸部員が何か編むよ|ker|note

 

本ブログにおいても、これまでに何度かあみぐるみに関する記事を投稿してきましたが、今後は告知に関してはブログとNOTEに併記し、作品関連の事はNOTEに特化して投稿していきます。

『フリップフラッパーズ 』より、あみぐるみパコヤ

8月8日のヤヤカの誕生日、8月17日のパピカとココナの誕生日のために編みぐるんだパコヤのあみぐるみになります。Twitterでの投稿以上の真新しい写真はありませんが、記録用にこちらにも投稿しておきます。

 

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けるさん家の今日のごはん 2019年8月

アイスクリームとラング・ド・シャ

卵黄と卵白のデザート

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ロールキャベツ

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ニラ玉

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海老チリと卵スープ(材料はほぼ共通)

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カルボナーラ

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大和芋の出汁卵焼き

(ようするに具無しのお好み焼き)

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ガトーマジック

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カレーライスハンバーグ

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京都府警を批判しながらそれでもマスコミに協力する方々へ

「なんで公開したんだ」「京都府警は無能」「マスコミはやりやがった」


おっしゃる通りだと思います。


では、どうしてあなた方はその記事のリンクをSNSに貼り付けて拡散しているんですか?おかしいと思うなら拡散せず、何故おかしいと思うのかを表明すれば良いでしょう?センセーショナルな記事やワイドショー、それらを作り上げる為に他者の犠牲をなんとも思わないようなマスコミの行動が一向に無くならないのは、こうして他人の悲劇を娯楽とする言動を無自覚に取る人が居なくならないからじゃないんですか?批判してる相手と同じ狢だと自覚された方が良いと思います。

悪いのはマスコミで享受する側には非が無いとか言う人もいますが、そんなメディアを買い支えるのは共犯でしょう?人権を蔑ろにするワイドショーなんか観なきゃ良いんですよ。視聴率がゼロの番組にスポンサーは付かないでしょう。そんな新聞買わなきゃ良いでしょう?そんなウェブサイトにアクセスしなきゃ良いでしょう?

 

と、感情的な事を言っても仕方ないので建設的な話をします。


①慣例としての被害者氏名の公表

「警察が被害者の実名を公表するのは法律で決まっている」

と、いうような事を言ってる方がチラホラいますが全くのデマです。そんな法律は存在しません。

実名報道の基準はどこか弁護士が解説 マスコミの理屈と耐える被害者 (2017年12月3日) - エキサイトニュース

警察と同様に、当然マスコミが実名報道する法的根拠も存在しません。法的根拠が存在しない以上、マスコミが口にする報道する義務も存在しません。

つまり、慣例で決まっているという事がイコールで法的にやらなくてはいけないと決まっている事を意味するわけではないのです。


個人情報保護法の該当範囲について

個人情報保護法等

個人情報の保護に関する法律 - Wikipedia

個人情報保護法の適用対象はあくまで生存する個人です。この点のみを加味した場合、警察機関が犯罪被害者の氏名を公表する事は、①に記載した通り法的根拠を持たないとはいえ法的には問題が無いように思えます。本当にそうなのか?この点に関する総務省の見解は下記の通りです。

総務省|行政機関・独立行政法人等における個人情報の保護|<3 個人情報の該当性>

1) 死者に関する情報

「1)については、生存する個人に関する情報でないことから、一般的には、個人情報に当たりません。しかし、死者に関する情報であっても、当該情報が遺族等の生存する個人に関する情報でもある場合には、生存する個人を本人とする情報として、個人情報に当たることになります。」


つまり、死者に関する個人情報であっても個人情報保護法の適用対象になり得るというのが総務省の公式見解です。京都府警が公開した情報を元にマスコミが公開の同意が得られていない被害者の氏名を公表したり、あるいは、故人の情報を元に遺族を取材するといった行動を起こした場合、同法律に違反する可能性があると思われます。京都府警も遺族の意向を無視して違法行為に加担したわけですから、責任は追求されて然るべきでしょう。その可能性を考慮した上で慣例を重視したのであれば、私には行動原理が理解出来ません。


そして、最初に言及した通り、マスコミや警察を批判しながら被害者氏名が記載された記事を拡散している方々は、彼等と同様に、これらの違法行為に加担していると自覚された方が良いと思います。

 

※追記(8/30)

個人情報の保護に関する法律についての
経済産業分野を対象とするガイドライン

http://privacy-policy.jp/guideline/kojin/kojin2_1_2.pdf

個人情報保護法は個人情報データベースが対象だから本件には適応されない」

という類の意見が飛んで来るようになったため追記しますが、個人情報データベースはビッグデータに限定されません。

 

上記にリンクを掲載した個人情報保護委員会は、内閣府の外局として設置された個人情報保護に関する専門機関です。京都府警が署名を無視した事は周知の事実と思いますので、こういった機関に意見を送る方が今後の為になるのではないかと私は思います。

ご意見・ご感想

 

※追記

NHKが遺族の同意が得られていない20名に関しても報道しました。私の実施した解約方法のリンクを掲載しておきます。

テレビ残してNHK解約した方法 - 六連星手芸部員が何か書くよ


以上

けるさん家の今日のごはん 2019年7月

じゃがバター

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コロッケとポテサラ

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ジャーマンポテト

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レタスチャーハン

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毎月20日カレーの日

生存戦略キーマカレー

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天ぷらの日

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グラタン

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本名を公開せずにDMCAの侵害申し立てする方法の追試を実施しました

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下記リンクの私の記事全文がアフィリエイトサイトに無断転載された件について、一定の結果が得られた為、その経緯を簡単に記載します。


『天気の子』-凪くんが支持される理由を新海誠監督の少年観と共に考察する- - 六連星手芸部員が何か書くよ


はてなブログへの無断転載

当該記事はアップ当日に約3,000アクセスほどあったのですが、記事引用の通知が何件か来たわけです。ただの引用なら別に良いのですが、あるブログには無断で記事全文が転載されていました。

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そのブログは所謂アフィリエイトブログだったのですが、本文は殆ど自分で書かず、無断転載の詰め合わせといった具合でした。流石に熱量をかけて書いた記事がそんな事に利用されるのは許容出来ないため、はてな公式にアフィリエイトの件含めて通告したところ、即日、相手のブログは恒久停止処分となりました。


・他サービスへの無断転載

はてなブログは凍結させましたが、相手は前科持ちのようでしたしアカウントも特定していたので、何か動きがあれば対処するつもりでいました。すると、レンタルサーバーのWPにブログを全て移行しその中には上記の私の記事も含まれていました。レンタルサーバーの管理会社にも前述の経緯は連絡しましたが対処する気が無い様子でしたし、ここを潰しても同じ事の繰り返しになりそうだったためDMCAに申し立てる事にしました。


DMCAへの申し立て

DMCA(デジタルミレニアム著作権法)に関する詳細はWikipedia辺りを読んでください。

デジタルミレニアム著作権法 - Wikipedia

ざっくり説明すれば、ウェブ上で著作権侵害されたコンテンツと侵害したコンテンツとを提示し、本名の申告等の条件を課された上で誓約を飲み、検索サービスから侵害コンテンツを除外するというものです。

しかし、当然ノーリスクではなく、虚偽の申告を行った場合は法的に訴えられる可能性がありますし、除外結果は全てLumenで公開されています。そして、その公開内容には申請者の名前も含まれるのですが、被侵害者としてそんなデメリットを甘んじて被るのも馬鹿馬鹿しいですよね?そこで、下記サイトの手続きを追試します。

本名を晒さずGoogleに削除依頼(DMCA侵害申し立て)できたお話 - AAA -noname-

詳細は読んで頂ければと思いますが、ここで重要なのは申請には本名が必要になりますが、Lumenに掲載される情報は会社名に代替してもらう事が可能という点です。このシステムを悪用して本名を明かさずに虚偽申請を行う者がいるという問題もありますが、別に私は悪用していないのでここではその話は割愛します。ただ一点だけ、虚偽申請は上記の通り法的に訴えられる可能性がある点は再度記載しておきます。

Google Search Console

話を戻して、私は前述の無断転載アフィリエイトブログを著作権侵害者として上記に通知しました。特に難しい記述が必要なわけではなく、申請者の個人情報の他には、パクられたサイトとパクったサイトのURL、パクられた内容を簡潔に記述すれば良いだけです。その際に会社名の欄に自身の運営するサークル名(私の場合は「六連星手芸部」ですが、これはワンダーフェスティバルで活動実績があるため虚偽ではありません)を記載しました。また、念のために「報復の回避のためにサークル名を掲載して欲しい」旨を追記しました。参考にしたサイトによれば削除した旨を知らせるメールがあったそうですが、私の場合はありませんでした。申請が通らなかったものと諦めしばらく放置していたのですが、一週間程経過した辺りでダメ元で当該記事名を検索してみたところ表示されず、下記のように申請が通り検索結果から除外されていました。

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また、Lumenには本名ではなく私の要望通りにサークル名が記載されていました。メールの有無等の違いがあり、実際の手続きにどれだけの時間が掛かったかはわかりませんが、概ね参考にしたサイトと同様の結果が得られました。最後になりますが有益な情報をありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

『天気の子』感想と考察-物語の構成に『君の名は。』を添えて-


さて、手違いで凪くんの魅力を考察する記事を先に書いてしまいましたが、本稿では『天気の子』本編について劇中の象徴的な要素に触れながら考察していきます。

…が、ぶっちゃけ本稿で読むのは最後の項だけでも良いです。あとは蛇足です。

 

 

・構成上最も異なる要素は何か

君の名は。』では好きになった女の子に再び会うために世界を救う必要があったのに対し、『天気の子』では好きになった女の子に再び会うために世界を滅ぼす必要があった、この点に尽きると思います。世界と言うと大袈裟で、実際には糸守や東京といった局所的な地域に過ぎないのですが、やってることが真逆なだけで物語の構成としては実は大差無いと思います。ただし、大味な差なのかというとそうではなく、これ、似たようなプロットとして「帆高が陽菜を取り戻す代償として一夜の大災害で東京が滅ぶ」と出来なくもないですよね?しかし、そうしてしまうと賛否両論どころの騒ぎではないです。なので、一瞬で滅んだ糸守とは異なり、3年間かけてじっくりと雨に沈んだ東京というのは議論の余地を残した良い塩梅の設定だと思います。…あくまで、パッと見では。


・『ライ麦畑でつかまえて

序盤で帆高の持ち物の中に一瞬確認出来る本書ですが、読んだことない人にザックリ内容を説明すると「精神疾患に罹患した(と、思われる)青年が、社会に悪態を吐きながら放浪してトラブルを起こしまくった末、精神病院に入院して落ち着きこれまでを振り返る」みたいな内容です。青年小説の傑作と言われたりしてますが汎化できる内容ではないと個人的には思っています。ただまあ、私の解釈ですので違う感想を持たれる方もいると思います。そもそも反社会的な行動を精神疾患という枠にはめてるだけではと思わなくもないです。…話が逸れましたが『天気の子』の内容とはシンパシーが有るような無いような…、個人的にライ麦は読後感悪かったですが、天気の子の方はそういう印象を持ちませんでした。媒体の異なる小説と映画を比較しても意味は無いですが、ライ麦が自己中心的に物語が進行するのに対し、天気の子は陽菜の為にという他己中心へとシレッと動機が転換する点が最大の違いかなと思います。そのシレッとを支えているのが今作の主要テーマである天気の描写だと思います。


・天気の情景の変化

物語の前半、(これは本当に新開誠監督の作品なのか?)と思ってしまうほどに東京の街はリアルに薄汚れていて雨の描写も憂鬱に感じられました。それに対して、陽菜の願いによって晴れた東京の風景はとても美しく、この対比が幾度も重ねられていきます。私は設定考証は細かく考えるタイプですが演出は素直に受け取るタイプだと思うので、この段階では、先のシナリオには嫌な予感しかしてませんでしたが、雨=ネガティブ、晴=ポジティブといった具合に監督の掌の上でほだされてました。

ところが、物語終盤で陽菜が消え、ホテルから帆高と凪が出て来た場面でこう思ってました。

(晴れってなんて忌々しいんだ…)

と。もう完全に掌を返して帆高に感情移入してますね。この時の晴れの描写って前半のカラッとした爽やかな晴れとは完全に異なり、ジメジメして陽炎の浮き立つ茹だるような暑さとして描写されていたように思います。いや、劇中のモブキャラたちは「晴れたー」って感じで喜んでいたので、あの忌々しい風景は帆高の眼に映る晴れの風景と言っていいでしょう。この時の自分はこう思ってるわけです。

(陽奈のいないこんな忌々しい晴れなら要らない…)

と。掌を返してるくせに未だに完全に監督の掌の上です。西遊記かよと。


・天災と巫女について

伝承が事実だったのかを確かめる術はありませんが、昔は河川が氾濫したり海が荒れたりした時に、巫女を川や海に投げたり橋の脚に括りつけたりして、神、あるいは自然の怒りを鎮めようとしていたそうです。あるいは、架け橋を建設する時に、川の氾濫や橋の崩壊を防ぐ目的で橋の脚に巫女を生き埋めにして文字通りの人柱としていたそうです。エグい話です。そういう歴史を知っていると、今作の巫女や人柱の描写は随分と美しく描かれているなと感じました(皮肉じゃないですよ?)。


・お盆を表すモチーフと此岸と彼岸

きゅうりとナスで作られた精霊馬と精霊牛がお供えしてありますが、これらはそれぞれお盆に先祖の霊を迎え、また送り出すための乗り物です。これだけなら一般的なお盆の慣習ですが、これらのお供え物は劇中当初から登場しているにも関わらず、朽ちることなくラストまで一切形を変えていません。これは鳥居をくぐった向こう側が此岸とは別の世界であるために、此岸を支配するあらゆる法則が適用されていないためだと思われます。

物語終盤で帆高は「陽菜さんが彼岸にいる!!」と叫んで廃ビル屋上の鳥居を目指します。彼岸という単語が唐突に出てきた感がありますが、後述の富美おばあちゃんがお盆の風習の話をしており、この場面の伏線となっています。前作の一葉おばあちゃんとの隠り世のやりとりと同じ構成ですね。これだけ聞くと隠り世と何が違うのかと思われるでしょうが、仏教において此岸と対になるのが彼岸で、神道において現世と対になるのが隠り世です。送り火は仏教の風習なのに対して宮水は神社です。なので表現に違いが出ているというわけです。

さて、前作では「隠り世から現世に戻るためには一等大事にしている物を置いていく必要がある」とされ、私はそれを瀧と三葉の互いの関係性ではないかと考察しました。今作では帆高が陽菜を人柱から解放した代償として天気のバランスが崩れたままとなっています。(それって自分の大切なものじゃなくない?)と思わなくもないですが、そもそも巫女として人柱になることは押し付けられた役割である以上、それを拒否して此岸に帰ってきても別に良いかなとは思います。


・前作『君の名は。』のメインキャラクターの登場シーン

それぞれのキャラクターの登場場面は、

①さやちんとテッシー

序盤で観覧車に乗る後ろ姿にてカメオ出演…に留まると思いきや、終盤で帆高が警察署を脱走する時に中に入ろうとしたさやちんとすれ違っています。(なんでさやちんが警察署に?)と鑑賞後は少し考えたのですが、おそらくは前作ラストで2人が結婚の話をしていたことや物件を見ていたことから推測するに、免許証の住所や名字(あの世界の夫婦別姓がどうなっているかわからないですが少なくとも前者)の変更のために警察署を訪れていると思われます。御結婚おめでとうございます。

鑑賞直後のツイート↓

ker-六連星手芸部- on Twitter: "そういやなんで警察署にあのキャラが来てたのかをちょっと考えてたんですが、多分、運転免許証の名前か住所の書き換えの為ですね。なので、時系列的にはあの辺りなんだろうなと思いました。(観てもわからないかもしれない話) #天気の子"


…って、思ってました。これは誤りです。

②瀧くん

晴れ女休業前の最後の依頼者、富美さんのお孫さんとして登場。ちなみに、勘違いされてる方もいるようですが、今作で登場したのは瀧くんのおばあちゃんで、前作に登場した三葉の一葉おばあちゃんとは別人です。『君の名は。』では一葉おばあちゃんが隠り世について話していましたが、今作では富美おばあちゃんがお盆の送り火の話をしています。

③三葉

帆高が陽奈への誕生日プレゼントを買いに来たアクセサリーショップの店員さんとして登場。喜んでもらえるか不安に思う帆高に「3時間も迷って考えてくれたのだから私なら嬉しい」と彼の背中を押しています。押してしまいました。

四葉

人々を映すカットで一瞬登場。学校の雰囲気が前作ラストと同じ(多分)なので映った瞬間に(四葉も登場か?)と思った人は多いハズ。


一見するとファンサービスですが、実態はそんな優しさとはかけ離れた前作ファンへと吹っ掛けられた喧嘩です。以下、本題です。


・2021年

『天気の子』予報②より

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君の名は。』本編終盤より(写真はブックレットから)

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一応実物(瀧くんのは月曜始まりのカレンダー)

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上記の通り『天気の子』の舞台は2021年夏の東京です。そして、『君の名は。』のラストシーンは瀧くんが就活していた2021年の翌年(あるいはそれ以降)の春、つまり2022年以降です。今作における帆高と陽菜の選択により、2022年以降の東京では春の晴れた日に桜が舞い散ることはありません。

したがって、『天気の子』で変えられた「世界の形」とは、東京の風景とかそこに暮らす人々の生活とかそんな抽象的で曖昧で現実感の持てない他人事ではないです。前作『君の名は。』で瀧と三葉が再会するラストです。「それでもこの物語を肯定し、帆高と陽菜を祝福出来るのか?」という問い掛けこそ、監督の「賛否両論」なのではないかなと思います。

セカイ系のボーイミーツガールと対立するのは世界ではなく別のボーイミーツガール 。 そういうことなのではないでしょうか?最初はギャルゲ論評のトゥルーエンドとかルート分岐とかギャグだと思ってましたが、理詰めで考察した結果同じ結論に達して似たようなことを書いていることに驚いています。『君の名は。』本編では2022年の東京が雨に沈んでいないため帆高は陽奈を取り戻す事が出来ておらず、『天気の子』本編では2021年夏以降の東京は雨に沈んでいるため瀧と三葉はあのシチュエーションで再会しません。両作のハッピーエンドが両立することは無いんです。

 

 

ただ、私は自分の考察の科学考証を信じるので、何があっても2人の縁は結ばれると信じています。


凪くんの記事はこちら↓

http://ker-cs.hatenablog.com/entry/2019/07/20/204210

君の名は。』の考察記事はこちら↓

http://ker-cs.hatenablog.com/entry/2016/10/03/012649

『天気の子』-凪くんが支持される理由を新海誠監督の少年観と共に考察する-

ker-六連星手芸部- on Twitter: "細田守監督と新海誠監督は、家族観や女性観よりもショタという存在に対する認識が決定的に違うと感じられたので、誰か御二方の対談をセッティングして欲しい。多分、取っ組み合いの喧嘩になる。"


えー、最初は『天気の子』の感想、考察記事の小ネタの一つとして凪くんのコーナーを設けようと考えていたのですが、上記のツイートをしたところ何故か(?)割と伸びてしまいまして、これに関して考察していくうちに別記事にしないとバランスが取れないという結論に達しました。

まあ、自分で言っておいて比較対象とする意味はあまり無いですし、私はショタについては専門外なのであまり詳しくはないのですが、今作で新海誠監督によって描かれたショタこと凪くん、ひいてはそれを通した監督の少年観について色々と考察してみようと思います。


①凪くんって何歳なの?

パンフレット買えてませんごめんなさい。というわけで劇中の描写から推測します(※1追記 フォロワーさんから情報頂きまして、パンフにも年齢設定の記載が無いそうです)。

凪くんが所属するサッカークラブ(経済状況の事があるので助っ人かもしれません)は劇中の描写を見る限りではおそらく男女混合です。詳しい内訳はスポーツ全般に詳しくないので推測ですが、高学年になる頃には身体能力に男女でどうしても差が開いてしまう関係上、混合チームになるのはおそらく低〜中学年、どれだけ高くても9〜10歳くらいの年齢だろうと思われます。


②「一緒にお風呂入ろう」からわかる事

確か実際のセリフでは「3人で(お風呂に)入ろうよ」と言っていたかと思いますが、このセリフはシンプルながら色々な意味合いが含まれていて、実は結構深いんじゃないかと思うのです。下記に列挙します。


⑴普段からお姉ちゃんと一緒にお風呂に入っている

⑵帆高と陽菜と3人で一緒にお風呂に入ろうとしている

⑶後々にアヤネちゃんから衣服を借りる時のやり取りの伏線


とまあ、ざっくりこんな感じかなと思います。

まず⑴に関しては、①の考察の通りの年齢ならままある事だと思いますが、同時に、前半で陽菜がカイワレ大根やネギを自家栽培していた事を補強する意味もあるかと思います。つまり、節水する必要があるために姉弟で一緒に湯船に入っている可能性が高いです。そして、お母さんも早くに亡くなっているため、それより幼い頃から陽菜が凪くんの身の回りのお世話を引き受けていた可能性が高いです。※2

次に⑵に関してですが、帆高から恋愛の師匠と呼ばれる凪くんが2人の関係を進展させるためにアシストしたのでしょうか?しかし、そうするとリアクションが妙です。凪くんの提案に対して「2人で入って!!」と(確か)※3追記 コメント頂きまして「1人で入れ!!」が正しいようです(まあでも、その他考察より姉弟で一緒に入ってはいるんじゃないかな?)。帆高と陽菜をからかうでもなく、「じゃあ帆高、一緒に入ろうぜ」とあっさりと引き下がっています。(姉ちゃんとはいつも一緒に入ってるし、兄ちゃんと入ってみるのも楽しいかな)くらいの反応に見えます。これ、話はもっと単純で、凪くんは帆高と陽菜が一緒にお風呂に入っても問題無いと思っているのではないでしょうか?これは⑶とも繋がる内容ですが、お風呂から話が脱線するため次項に記します。


※2 いつも一緒に入ってるなら陽菜の異変に気付くんじゃないか?と、これを書きながら思いました。実際は一緒に入っていなかったか、異変が急激に悪化したかのどちらかだと考えられますが、体調の悪さに言及があったのは依頼の最後の方なので、後者有力で騙し騙し隠してきたのではないでしょうか?本稿ではその前提で記します。


③性別の未分化

リアクションについては姉弟と同年代の友人(?)とでは全く違うと思いますが、凪くんがお姉ちゃんとお風呂に入る事を気にしないくらいには子どもっぽいのに対して、⑶について、同年代(厳密には元カノ)の女の子は着替えの時に「あっち向いてて」とがっつり断りを入れてきましたよね?もっと踏み込んで言うと、凪くんが最初に自主的に振り向かなかったためにこの発言に至っています。デリカシーが無いとか元カノだから見慣れてる(!?)とかそういう話ではなく、おそらく、性的に未分化な段階にいるのではないかなと思われます。凪くんは女の子を女の子として、勿論好いてるんだと思うんですよ。プレイボーイでキザったい事言ってた割にはお姉ちゃん想いで物腰柔らかいですし、元カノといっても決してぞんざいには扱ってないです。名前に反して修羅場ですが。ただ、夏美さんを意識しまくる帆高とは明らかに違いますよね?この思春期の少年性と差別化された、性的に未発達で未分化な少年性が凪くんを構成する特徴の一つかなと思います。


新海誠監督と細田守監督の少年観について

さて、最近の新海誠監督の描く少年の傷って、やんちゃしてほっぺや鼻に絆創膏貼ってるのをお姉さん(実際に歳上かは問わない)に優しくされたりからかわれたりしたいという少年心のメタファになっているように個人的には思います。対して、細田守監督の描く少年の傷は、見えない服の下(もっと言うと心の奥底)の生傷やアザが薄暗い浴室で膝を抱えながら湯船に浸かっている時に、白い細腕や背中に露わになるような雰囲気を纏って描かれていると思うんですよ。


…いやまあ、ホントかよって感じですが。佳主馬も雨も九太も、なんかこういうイメージありません?


ありきたりな言葉で表現するなら、前者は文字通りの子供っぽさを含むのに対し、後者は少年の影を描いているように思います。だから、両者の描く少年性が互いを超えるとか超えないとか無いと思うんですよ。みんなちがって、みんないい。


その中に投じられたのが、今作において新海誠監督が描いた凪くんであり、性的に未分化な少年性や年相応の無邪気さ、ちょっとマセてるけどマセ切れてない子どもっぽさ(女の子の方が発達してる)、母親を亡くしているのにも関わらずお姉ちゃんを想う健気さと、色々と属性てんこ盛りですが、あれくらいの年齢の少年を等身大でかつアニメ的に脚色して魅力的に描いていると思います。こういった要因によって支持を集めているのではないでしょうか?そして、女装のインパクトに隠れそうになってますが「姉ちゃんを取り戻せよ!!」と帆高に最後に感情を露わにした場面、あれが決定打だと思います。母親を亡くしても気丈に振る舞っていた彼が、今度は姉を亡くしそうになった事で隠していた影の部分が露わになったのではないでしょうか?

 

 

『天気の子』本編の感想記事が見当たらない?

何故かこちらが先に書き上がったので、そのうち書けたらアップします。

※4 追記 アップしました。

『天気の子』感想と考察-物語の構成に『君の名は。』を添えて- - 六連星手芸部員が何か書くよ