※諸注意
筆者のスタンスは「毛利蘭が物語のヒロインであることは勿論理解しているが、それはそれとして灰原哀の複雑な背景……二人の仲を引き裂いたのは自分が作ったAPTX4869なのに、それがきっかけでコナンと出会い恋してしまう……という胸の内に秘めた片想いからしか得られない栄養があるし、これはコ←哀の一方通行だから成立するのであって、両想いになれみたいなことは微塵も考えていない。というかそんなことになったら、幼馴染みではなく後発の謎のヒロインがメインになる数多のラノベと被ってしまってせっかくの良さが台無しじゃん」です。
まあ↓のようなの書いてる思考(志向?嗜好?)の持ち主です。
「彼女の片想いと、その結末」/「ker-六連星手芸部-」のシリーズ [pixiv]
これらを了承頂ける方のみどうぞ。あと、どうせ色んな人がやってると思うので、シナリオを時系列で追って列挙するみたいなことはここではしません。※2回目の鑑賞に行ってきたのでところどころ追記。
・灰原哀の片想い
「まさかここまでとはな……」と言いたくなるレベルで原作から想像し得る限界を煮詰めて凝縮したような描写の数々。(灰原哀、想像の1000倍くらい江戸川君のこと大好きじゃん……)とか思う一方で、それが描写されればされるほど、これが絶対に成就することが無い上に恋愛感情的な好意を返されることも無いという事実に打ちのめされて泣きたくなるような映画だった……。※なお、物語冒頭で灰原が諦めたイチョウのブローチだが、銀杏の花言葉は「長寿」「荘厳」「鎮魂」「詩的な愛」など。海外では「永遠の愛」とも。本作で灰原がコナンに対する片想いの象徴を手放した、と解釈出来るかもしれない。それか、永遠に胸の内に仕舞っておくことを決意したか。どちらかというと後者のように思われる。というより一生抱えてて欲しいという願望。……いやむしろ、灰原哀が愛の象徴であるイチョウの葉を諦めたからコナンが溺れたのでは?そしてそれを再び拾い上げることが出来るのは、イチョウを手放した灰原哀本人だけ。
コナンに対する人工呼吸については、そのシーンそのものがキスとしては全く演出されてなかったのがとにかく良かったというのが率直な感想。
どういうことかというと、潜水艦の爆発の衝撃で流され溺れ、少なくとも呼吸が止まっているコナンを見付けた灰原が、一切の躊躇無く唇を重ねて酸素ボンベからの空気を送り込む。何度も、何度も。死なないでって心の中で願いながら必死になって口付けを繰り返す。そういう描かれ方をしていたのが本当に良かった。いやね、『14番目の標的』の場合はあれで良いんですよ。でもね、本作では、というか灰原哀と江戸川コナンの関係性においては唇を重ねてる時にコナンが意識を取り戻すとか、その状態で見つめ合うとかってのはやっちゃいけない訳じゃないですか。その上で、コナンもまさか口移しだったなんて気付いてない(だから最後の灰原の「返したから」も自己完結的で伝わらないし、きっと伝わるべきじゃないと思ってる)。話を戻して、とにかく実際の描写そのものはキスシーンとしては全く描かれて無かったと思うんですよ。客観的には恋愛的なシーンとして演出されてない。観客としても、灰原の懸命さ、献身さと、コナンが生死の境を彷徨う様を固唾を飲んで見守ったハズです。で、コナンが意識を取り戻して安堵しつつも、自分がシェリーだと組織にバレたことでもう一緒にはいられないとメンタルが初期モードに。でも、それを見透かしたコナンに「俺が何とかする」という笑顔を向けられたことでこれまでに彼に助けられてきた思い出が一気に溢れてきて、頬を赤らめながら(どうしてそんな顔でいられるの?私たち、キスしちゃったのよ?)っていう心の中で乙女心が爆発した凄く一方的な非難に繋がる。と、同時に、唇を重ねた行為をキスとして成立させているモノは灰原哀のその認識のみである、という事実を浮かび上がらせる。それを意識した瞬間に目の前に広がる世界に一気に色が付いて輝いて見える。片想いの恋愛感情がそう認識させているという決定的な証拠ですよ。これが成就しないのが決定してるのが辛い……、辛くない?でもそれが良いって血の涙を流しながら推すのが良いんですよ。ねぇ?
・灰原哀の変われた世界
その上で、本作が江戸川コナンへの片想いに特化したものではなかったのも凄く良かったと思うんです。ベルモットの変装に気付かなかったのは組織の一員としてのシェリーの要素が益々薄まっていることを示唆するのかもしれない。
その可能性を支持する様々な人間関係。打ちひしがれて号泣する阿笠博士が見せた家族愛、整理券をお婆さんに譲ったことを園子に褒められたことに対する照れ、歩美ちゃんのことを本当に大切にしてるんだなとわかる毛布掛けてあげるあの一瞬、旧友の直美と改めて向き合い本気で言葉をかけ、また一緒に涙を流す運命共同体とも同じ絶望を知った者同士の繋がりとも付かない友情、蘭に対する姉と重ねた思慕と言えるようで言えない複雑な感情、と、恋愛感情一辺倒ではないこれらの描写をよくぞまあテンポよく詰め込んでいったものだと率直に思います。直美はここだけというのじゃ凄く勿体無いので原作に逆輸入してくれないかな。
※ちなみに、灰原が組織に誘拐され直美と再会して間も無い頃、灰原の方が口を滑らせて「だから、宮野志保なんて知らないって」と、知らないハズのフルネームを先に口にしてしまっています。もっとも、直美が灰原哀=宮野志保だと確信しているのは、本人が自身のシステムに絶対的な自信と信頼を持っているのと、そのシステムが試験運用出来るようになった瞬間に「よし、志保を探そう」と即行動する本人の激重感情が理由であって、名前の件については劇中でその後は言及されませんけど。直美さんってよくよく考えると、隠しUSB端末型ペンダントに宮野志保の写真入れて肌身離さず持ち歩いてるんですよね……。一昔前、というか一般的には、ウテナの樹璃さんがそうしてたようにロケットペンダントに想い人の写真入れてるあのムーブそのもの。一方で灰原が「江戸川コナン」「探偵よ」って被せてきたところ、旧友に好きな人を自慢気に紹介してテンション上がってる感じして可愛くないですか?
上記の歩美ちゃんの話は公式のインタビューでもピックされてますね。ほんの数秒の1カットですが凄く印象的なシーンです。ラストに泣きながら出迎えてくれたことを鑑みると、歩美ちゃんはあるいは今回の事件について何か気付いてるんじゃないかな?あいあゆもいいぞ。「今回のでコ哀描写やり尽くしたから灰原哀メインの劇場版はもう無理なんじゃ?」なんて考えが浮かんでいたけれど、そうだ“あいあゆ”メインで劇場版やれば万事解決じゃないですかー。
名探偵コナン 黒鉄の魚影:「守りたいものができた」灰原哀の変化 “哀”から“愛”へ 立川譲監督に聞く制作の裏側 - MANTANWEB(まんたんウェブ)
それにしても、実際には「死ぬな、灰原」じゃなくて「死なないで、江戸川君」で構図も真逆なんだからティザービジュアルの予告詐欺がとんでもない。
灰原哀については以上
・黒の組織の各々の思惑
上記がメインなので情報整理のためのオマケみたいなもんだと思って読んで頂ければ。
ベルモット
フサエブランドの限定ブローチを買うための整理券を電車で1時間もかけて貰いに来た、というていで冒頭から灰原に接触する。今作では終始灰原に味方しているが、何故そのような行動を取ったのかは劇中では解決されない謎として残されている。クリス・ヴィンヤードの女優としてのコネを使えばブローチを手に入れることくらい容易いハズなので、何か別の目的があったと考えるのが妥当(※……と思っていたのだけど、2回目を観て確認したところ、整理券の配布はネット記事で偶然目にしていたので割とマジで欲しがってたような気がしないでもない。ただ、銀杏については前述の通りだが、どれもベルモットが欲するようなモノでは無い気がする)。灰原がお婆さんに変装したベルモットから組織の気配を全く察知出来ていなかったことから、コナンとの約束(一度反故にしてシェリーを貨物車両ごと爆殺しようとしたが)の他に灰原のそうした様子に(キュラソーがそうであったように)影響されているのかもしれない。
また、他のメンバーがラムの指示で動いている一方でベルモットの命令系統はボス(あのお方)の模様。老若認証システムがあのお方にとって害となる旨を訴え、その破壊のために暗躍する(システムを玉手箱に例えていたことから、これが開かれることはあのお方の老いた姿を晒すことを意味する?)。それが灰原とコナンを組織から助けることにもなるため、ミニスカ女子高生に扮してまでフェイク画像を制作していた面があるのは確かだろうと思われる。本作における組織サイドの主人公と言っても差し障り無い。
ラム
パシフィック・ブイのシステムを掌握して組織のメンバーのあらゆる痕跡を抹消する、という表向き建前の目的で幹部たちを動かす一方で、本命では老若認証システムを用いてあのお方の消息を探ろうしているという衝撃の独白。
(え?マジで?No.2のラムがあのお方の消息把握してないの?こんな重大情報を本編ではなく劇場版でぶっちゃけるの?)
それはそれとして、老若認証システムが役に立たないとわかると(実際にはベルモットによる偽装工作だが)、システムを設備ごと破壊する命令を下してしまう。
バーボン
潜入スパイその1。公安からの出向。組織のメンバーとしてベルモットと共謀し直美を攫う。その後は公安の古谷零としてコナンや黒田管理官に組織の動向を伝える役回りに徹するが、『ゼロの執行人』では「公安が行った違法捜査の責任は公安が取らなければならない」みたいなことを言っていたのを踏まえると、直美のことをキールとコナンに任せてたのは若干違和感がある。もっとも、バーボン本人が公安である古谷零として直美を奪還しに来る訳にもいかないのだけど。
キール
潜入スパイその2。CIAからの出向。劇中では明言されていないが、直美の身の安全を古谷零から託されているのではないかと思われる(ずっと張り付いてウォッカから庇ってるし)。後に新たに誘拐された灰原によって仕掛けられた盗聴器に気付かない振りをしながら(灰原はキールがCIAの捜査官だと知っているが、キールは灰原の素性を正確には把握していない……ハズ)、二人を逃すために言葉巧みに命懸けでウォッカとジンを誘導する。本作における組織サイドの二人目の主人公。
ウォッカ
老若認証システムによって“シェリー=灰原哀”という事実が浮かび上がり、「科学者であるシェリーは幼児化する薬を使って灰原哀となり逃げ延びていた」という完璧な推理を披露するも、上記の裏切り者(ベルモット)とスパイ二人(バーボン、キール)に「何馬鹿なこと言ってんの?頭大丈夫?そんな非科学的なことある訳無いじゃん。計画に無い余計なことに首突っ込んでる暇なんてねーんだよ」(ここまでは言われてない)と袋叩きの総スカンに遭う可哀想な人。それに加えて後述のピンガも表向き協力はしてくれているが、その目的がジンを失脚させるためという正に四面楚歌の立ち位置にいる。とりわけ、キールに騙され灰原たちの脱出経路を懇切丁寧に説明するシーンはシリアスな笑いを誘う。※とはいえ、実際の描写は癒し要員とは程遠く、これまで悪夢としてしか描かれてこなかった灰原哀誘拐シーンはとんでもない衝撃であったし、直美の父の暗殺を指揮する姿はかつてない非情さと残虐さを強く印象付けた。
ジン
灰原哀=シェリー(後に江戸川コナン=工藤新一)という事実が組織に露見した上に身柄を攫われるという絶体絶命の危機に颯爽とヘリから降下してくる我らがジンニキ。メタ的な鑑賞の仕方をするのは良く無いと思いつつも、ジンニキならそれら全ての証拠を抹消し、また生き証人の組織のメンバーを暗殺して灰原とコナンの窮地を救ってくれるに違い無い、という謎の安心感を与えてくれる。「スクリュー音を追え!!」→「やはり囮だったか」(えっ?)こいつ本当に敵かと疑いたくなる訳で、本作でも工藤新一の正体に迫った者に対する処刑人スキルを発動してしまう。ただし、これはあくまでキールとバーボンとベルモットが妨害工作してるからそういう結果になってるんだということは忘れてはいけない(潜水艦を爆破して証拠隠滅する前に監禁室から灰原の髪の毛一本でも持ち帰っていればDNA鑑定で事実確認出来ただろ、とは絶対に言ってはいけない)。
実際、本作では序盤にキールが逃がそうとしたICPOの職員を射殺しており、その際の手口から本気の程が伺える(また、この前振りがあったことで中盤のコルンの狙撃の絶望感が増す)。過去のやらかし等のメタ的な見方さえしなければ、本作の灰原に対する黒の組織の絶望感と緊迫感は過去作の比ではないレベルと断言していい。
ピンガ
コナン曰く「ジンならあんなヘマはしない」(この瞬間、劇場内に妙な緊張が走った)という体たらくの三下。よくよく注意して観ていれば、誰がピンガかは推理パートどころか事件発生前にわかるようになっている。また、手元が隠れていてメール全文を把握することは出来ないが、どうやらベルモット対して彼を暗殺する命が下っていた可能性がある。
ちなみに、自分はコナンが指摘した違和感についてはその場面で観た瞬間に分かったが、担当声優が誰であったかはエンディングクレジットを観るまで全く分からなかった。変声機も無しにこの芸当は怪盗キッドか?
ライ
バーボンにそう呼ばれてたのでついでに記述。潜水艦破壊任務のためにコナンと協力する。パシフィック・ブイの防御機構をベルモットがクラッキングしたことで破壊を防ぐことは出来なかったが(何故あの施設をスタンドアローンにするシステムが存在しないんだというツッコミは覚えた。それ込みでピンガにシステムを書き換えられていた、とかにすれば良かったのになー、って)、潜水艦を破壊してジンたちの追撃を阻止する。仮に組織の潜水艦を沈められなかった場合、パシフィック・ブイからの脱出艇がどうなっていたかわかったものではないので無駄な行動では無い。
現在アマプラで『緋色の弾丸』までの劇場版名探偵コナンを一挙配信中。緋色の弾丸は緋色の弾丸で灰原のヒロイン力結構強めですよね。黒鉄の魚影が強火過ぎて振り返るとトロ火程度に感じてしまいますけど。