六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

イチョウの花言葉〜黒鉄の魚影 追演〜

私は、イチョウ並木を彼と並んで歩いていた。
この光景は以前にも、そう、吉田さんとうさぎの様子を見に学校に行ったあの時のものだった。
博士が初恋の相手を見送った後、彼がイチョウ花言葉を口にする姿がリフレインした。女心なんてちっともわからないくせに、愛を冠する花言葉を恥ずかしげも無く口にするなんて。そう思った。
私は、舞い散るイチョウの葉を掴もうとして手を伸ばしたが、全てが手のひらをすり抜けて溢れ落ちていった。
降り積もるイチョウの葉に足元が掬われ、まるで泥濘に嵌ったように、私の歩みは鈍くなり上手く歩けなかった。
そうして、隣にいた彼の背中がどんどん遠くなっていった。

“行かないで!!独りにしないで!!”

そう叫びたいのに声が出なかった。
私は、溢れ落ちたイチョウの葉に溺れ、そして沈んでいった。

夢なら、早く醒めてーーー。


イチョウ花言葉


ーーー私の名前を呼ぶ誰かの声がした。遠慮がちに身体を揺すられ、ぼんやりとした視界が徐々に晴れていった。
でも、頭にはまだ霞がかかっていて、声の主が誰だかわからなかった。工藤、君……?

「……ぁぃ…ん……哀くん」

ようやく頭のモヤが晴れ、私は、私を呼ぶ声の主が誰かを認識した。私はいつの間にか、机に突っ伏したまま眠ってしまっていたようだった。

「博士……」
「大丈夫かの?魘されておったようじゃが……。あんなことがあったばかりじゃから無理も無いがのぉ……」

確かに博士の言う通り、あの事件の後に悪夢に魘されることは度々あった。組織に攫われ命からがら逃げ出して、それですんなりと元の生活に戻るというのは流石に無理があった。一方で、事件の後の博士も少し過保護なところがあった。もっとも、“あんな博士の姿は見たことが無い”と後から工藤君に聞かされたように、事件のことでショックを受けていたのは博士も同じで、それも仕方の無いことだった。そして同時に、“だから、博士のためにも、ここから居なくなろうなんて考えないでくれ”とも、改めて釘を刺された。

「心配かけてごめんなさい。でも、少し違うの……」
「哀君が謝らんでもええんじゃよ。違う、というのは……、ワシが聞いてもいいことかのぉ?」

博士に話しても良いかどうか……、といっても様々な要素が入り乱れていて説明が難しいと感じた。だから、とりあえず最も原因に近いであろう雑誌を手渡すことから始めることにした。

「これは、フサエさんの」
「多分、原因はそれだと思うから」
「ああ、哀君は限定ブローチの整理券を居合わせたお婆さんに譲ったんじゃったな」
「ええ、それで、なんだか大事なモノを手放してしまった気がして……」

彼に聞いたイチョウ花言葉なんて思い出してしまったからこんなことを考えるのだ、そう恨めしく思った。

「それは、新一のことかの?」
「……どうして工藤君の名前が出てくるのかしら?」

まあ、実際その通りなのだが、その工藤君をして”博士はこういうことには疎い“と言わしめるその博士に気付かれているのは状況として好ましくなかった。気恥ずかしさもそうなのだが、それ以上に工藤君に勘付かれる可能性もまた高いことを示唆していた。

「ああ、いや……、さっき哀君を起こした時に“工藤君?“と、寝惚けながらそう言っておったから」
「そう、だったのね……」

なんてことはなく自分自身の落ち度であり、私は、気が抜けてしまってため息を吐いた。

「博士」
「なにかの?」
「えっと……、40年間初恋の人を想うってどういう感じなの……?」

我ながら要領を得ない唐突な質問だと思った。それに、魘されていたことと関係があるようには思えない内容だ。

「え?それは、今の哀君の助けになるのかのぉ?」

私は黙って頷いた。厳密に言えば、あくまで可能性の話であって、私の悩みが解決される保証は無いのだけれど。それより、素っ頓狂な博士の口振りから、どうやら博士は私が何故工藤君の名前を呼んだのかまでは察していないようだった。

「そうじゃのぉ……。ワシの場合はほれ、本当に子どもの頃のことだし、それにもう40年も前のことじゃ。だから、思い出に恋焦がれるとかそういうのではないんじゃよ。確かに大切な思い出じゃが、時折、そのことを思い出して懐かしくなるとか心が温まるとか、そう移ろいで行ったんじゃよ」

それはそれで博士の意外な一面と大人な関係性を思わせて私は少しドギマギした。しかし、私は博士が隠していることがあるのも知っていた。

「その割には博士、あれからこっそり文通してたみたいだけど?」
「ど、どうしてそれを知っとるんじゃ!?」

博士は照れているというより本気で狼狽えていた。どうやら気付かれてなかったと思っていたらしい。

「あら、隠してるつもりだったなら、もう少し片付けと整理整頓を心掛けてちょうだい」
「ご、ごめんなさい……。それで、ワシの話は何か哀君の助けになったかの?」

博士には申し訳ないけれど、今抱えている自分の感情がそうした穏やかな気持ちに帰結するのかわからなかった。

「どうかしら……。私はまだ博士のように成熟した人間ではないから」
「そうかのぉ……?哀君はワシに比べてしっかりしとると思うんじゃが。……おおそうじゃ、さっきのことで忘れておったが、哀君が目を覚ます前に彼女から返信が届いておったんじゃった」

そう言って博士が取り出したのは葉書や封筒ではなく小さな小包だった。

「博士も隅に置けないわね」
「照れるのぉ……。ん?これは、哀君宛てじゃよ」

小包を開けた博士が少し驚いた声でそう言いながら中に入っていた手紙と包を私に手渡した。

「どうして、私に……?」

博士は黙って頷くだけで、私は促されるままに手紙を読んだ。

“阿笠さんからお話をききました。たいへんなじけんにあい、とてもこわいおもいをしたことを。
そして、そこからたすけてくれたかっこいい男の子がいたことも。
きっと今はつらいおもいをしているでしょう。
それでも、その子のような、そうしたすてきなおもいがあなたの心にのこりつづけることを、わたしは、いのっています“

そして、包の中から私の手のひらに収まったのは、あの時、私が諦めたあのブローチだった。

「おお!良かったのぉ哀君」
「ええ、凄く……、嬉しいわ」

私は、一度は手放してしまいそうになったこの気持ちをこれからも持ち続けて良いのだと、そう肯定された気がして、そのことが何よりも嬉しかった。

 

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