六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

私の大切な幼馴染み〜黒鉄の魚影 次幕〜

帝丹高校の期末試験を来週に控え、私たちは学校帰りに制服のままポアロで試験勉強に励んでいた。もっとも、実際に試験勉強をしているのは私の目の前で課題と睨めっこをしている十年来の親友だけで、私は喫茶店の雰囲気にそぐわない医学書を読みながら彼女の質問にたまに答えるだけだった。

私は、医学書から視線を外して壁に掛かった時計を見た。まだもう少し時間があるのはわかっていたが、どうにも気持ちが逸って落ち着かなかった。

「哀ちゃんがそんなにソワソワしてるなんて珍しいね」

歩美ちゃんがノートから顔を上げて言った。

「あら、注意を逸らしてしまってごめんなさい。……ええ、そうね。彼女に会うのは随分と久し振りで、その、楽しみで」
「哀ちゃんがそんな風になるなんて、私も会うのが楽しみだよ」

私たちは試験勉強のためだけでなく、大事な友人と待ち合わせのためにここに来ていた。私は空港まで迎えに行くと言ったのだけど、“あなたの暮らす街をカメラ越しじゃなく、この目で直接見てみたいから“と、彼女はそう固辞してこっちに来ることになっていた。
メールやビデオ通話で度々連絡を取り合っていたけれど、色々と制約があり、彼女と直接会うのはあの事件以来の十年振りだった。

「哀ちゃんがそうしてるの久し振りに見たな」
「そうしてるって?」

あの時の事件のことを思い出していると、両手で頬杖をつきながら何かを懐かしむような調子で歩美ちゃんが言った。しかし、私には何のことかわからずに思わずそう聞き返した。

「あ、やっぱり気付いてなかったんだね。哀ちゃん、こうやって唇に指を当てて物思いに耽る……、って言えば良いのかな?あの頃はよくこうやってたんだよ?」

そう言って彼女は左手の人差し指と中指の指先で自身の唇をなぞった。さっきまでは何とも思ってなかったのに、そう言われて改めてその仕草を真似してみると唇がくすぐったい。無意識のうちの感覚って、ホント、信用ならないわね。

「そう、だったのね。それで、あの頃って?」
「小学校一年生の時に園子お姉さんにクジラさんのツアーに連れて行ってもらったの覚えてる?」
「ええ、覚えてるわ」

事件の恐怖も、大切な友人との再会も、彼とのことも、全部忘れられない思い出だもの。

「あれから帰って来てから暫くの間、哀ちゃん、コナン君のこと見つめながら、よくそうやってぼーっとしてたんだよ?」
「そう……?そうだったかしら?」

あんなことがあったのだから、自覚は無いがきっとそうだったのだろう。

「うん。哀ちゃんがコナン君に向ける眼差しっていうのかな?変わったな……、って思ったの。でも、コナン君は全然そんな感じしなかったから不思議だった」

それを彼に勘付かれていたら……、それは私にとって非常に不本意なことだったが、どうやらそういう心配は杞憂なようだった。それには安堵を覚えたが、同時に憎らしくもあった。

「何があったか推理してみる?」
「うん……。でもね、大体の想像は付いてるんだ」

そう前置いて、カフェオレを一口飲んでから、歩美ちゃんは当時のことを話し始めた。

「あの時は“哀ちゃんは風邪を引いて病院に行ったんだ”ってみんな言ってたけど、でも、今ならわかるよ。哀ちゃん、何か事件に巻き込まれて、それでコナン君に助けてもらったんだよね?」
「……ご明察よ。でも、ごめんなさい。博士たちはあなたたちを騙そうとしてた訳じゃないの。ただ、本当に危険で、どうなるかわからなくて」

灰原哀シェリーだと疑った組織に誘拐されて、まさかその後に元の生活に戻れるだなんて今思い返しても本当に信じ難い結果だった。

「うん……、今ならわかるよ。コナン君と哀ちゃんがいなかったら、私たち、どうなってたかわからないって事件がいっぱいあったこと。沢山迷惑かけちゃったよね?」
「どうなってたかわからないというのは……、今だから話すけど、ええ、そうね……。でも、迷惑というのは違うわ。そもそも、詳しくは言えないけれど、私と江戸川君が原因であなたたちを巻き込んでしまった事件もあったから。だから、私こそごめんなさい」
「んーん、それでも私は哀ちゃんとお友達になれて良かったと思ってる。だから、謝らないで、ね?」

よくよく考えると、大半の事件を呼び寄せているのはどう考えてもあの探偵君なので、こうして私たちが互いに謝っているというのも何だか妙な話だった。

「ありがとう、歩美ちゃん。続きを聞かせて」
「うん……。えっとね、風邪を引いたからって隣で寝てた哀ちゃんが朝いきなり居なくなってるなんておかしいよね?それに、警部さんがいたし、コナン君もずっとピリピリしてて……。だから多分、哀ちゃん、誰か悪い人に誘拐されちゃったんだよね?」

彼がそうやって、自分のために感情を露わにしてくれていたのは、不謹慎だが嬉しくもあった。

「歩美ちゃんに気付かれてたなんて探偵としてとんだ失態ね。工藤君に会ったら注意しておくわ。ええ、事件のあらましについてはその通りよ」

私は、随分と長い間忘れていた感覚に喉の渇きを覚え、そう言ってコーヒーを口にした。

「哀ちゃん、このまま続けて大丈夫?」

感情を顕に、人のことは言えないなと思った。

「私は大丈夫。もう解決した事件よ」

だから、灰原哀として、今もこうしてポアロで親友とお茶することが出来ている。

「うん、でも、辛かったら言ってね?」
「ええ、わかったわ」
「えっと、哀ちゃんがコナン君を見つめる雰囲気が変わって、唇を指でなぞるようになったのはその事件の後だったの。それで、私てっきり、感極まった哀ちゃんが助けてくれたコナン君にキスしたんじゃないかって思ってた。私もその……、一回だけ、そうしちゃったことあるし……、頬っぺただったけど……」
「あら、妬けるわね」

そうして頬を赤らめながら、段々と声がか細くなっていく彼女の姿はいじらしくて可愛らしかった。ホント、あの名探偵は罪な男よね。

「ああ、もう、今は私の話は置いておくね。でも、コナン君は全然そんなの意識して無さそうだったから、それで思ったんだ。きっとコナン君は哀ちゃんとキスしたこと、知らないんじゃないかって」

私は、黙って頷いた。

「あの時、近くの海でICPOの大きな施設で事件があったよね?哀ちゃんとコナン君はあの事件に巻き込まれて……、詳しいことはわからないけれど、コナン君は哀ちゃんを助ける時に何かがあって、多分、溺れたんじゃないかな?それで、哀ちゃんが人工呼吸でコナン君を助けた。だから、コナン君は覚えてない……、どうかな?」

行間はかなり端折られているが、彼女の話した推理は限りなく事実に近い真実だった。

「さすが探偵倶楽部のエースね。ええ、その通りよ。……本当は、キスじゃないの。でも、息を吹き返して私に笑いかけてくれた彼の顔を見てたら、色んなことを思い出しちゃって。胸の中が江戸川君のことでいっぱいになって、それで私“キスしちゃった……”って、そう思えて仕方なかった」

そこまで話して、私は自分の唇をなぞる感触に気が付いた。指摘されても治らないものね。

「そっかぁ……、じゃあ哀ちゃんは、好きって気持ちが溢れてきたからキスしたんじゃなくて、キスしたから好きって気持ちが溢れてきたんじゃないかな?……ねぇ、もし、あの時にもう一度そう聞いたら、哀ちゃん、答えてくれたのかな?」
「もう一度、って?」

「好きなの?コナン君の事……」
「だったらどうする……?」

それは、いつか迷い込んだ古城でのやり取りの再現だった。

「私は……、応援したかな?」
「困るんじゃなかったの?」
「覚えててくれたんだね。そうだな……、哀ちゃんの気持ちに当てられちゃったのかな?」

私は言葉を一緒に飲み込もうとカップに目を遣った。だが、そのためのコーヒーは既に空になっていた。それに、ここまできてはぐらかすのも彼女に対して不誠実だと思った。

「ええ、そうね。江戸川君のこと、……好きよ。大好き。愛してるわ。だからきっと、こうして口を噤んでいないと想いが溢れて、言葉になって出てきてしまいそうだったのね……。って、どうして歩美ちゃんが泣くのよ」
「だってぇ……」

ポタポタと溢れる彼女の涙が、ノートに書かれた文字を滲ませた。

「まあ、そうね……。どうしてあんな大バカ推理之介のことを……、なんて思わないことも無い、けど……」
「……けど?」

この話をするのは、正直言ってキスのことを告白するより気恥ずかしかった。

「彼と出会えことだけじゃないの。そのおかげで、歩美ちゃんたちのことも、博士のことも、蘭さんたちのことも、そういう出会いも全てを含めて愛おしいんだと思うから」
「そっか……、なんか照れちゃうな……」

だから、たとえ抱えているのが辛いことがあっても捨てられる気持ちじゃないわ。ここでこうして待ち合わせているもう一人の親友と再会出来たのも、そうした積み重ねの結果の一つだもの。

「それに彼は、何度も何度も私を守ってくれたけれど、でもそれだけじゃなくて、私は、一途で真っ直ぐな彼に惹かれたんだと思う。だから、他の女の子に色目なんか使ってたら……、きっと幻滅しちゃうわよ」
「それは……、わかるかも」
「でしょう?」
「私を好きなコナン君なんて解釈違い?」
「それね」

私たちは顔を合わせて好き勝手にそう言い合いクスクスと笑い合った。

そうしていると、入り口のドアを開けるベルの音がカラコロと鳴って、“いらっしゃいませ。一名様ですか?”という梓さんの声が聞こえて来た。期待を込めて視線を移すと、

”女の子二人と待ち合わせしてて“

そう応える彼女と直ぐに目が合った。私が手を振って応えると、彼女は梓さんに会釈して早足で私たちのテーブルまでやって来た。

「久し振り、哀。彼女が歩美ちゃんね?」
「ええ、久し振りね、直美。紹介するわね。二人ともーーー」

“二人とも、私の大切な幼馴染みよ”

 

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