(ーーーホント、待たせるの好きよね)
そんなことを考えながら江戸川君の背中を見送ると、私はふと自分に向けられた視線に気が付いた。
「え、っと……、なに?」
一体いつからこうやって見られていたのだろうと思いながら、私は、視線の持ち主の直美に向き合った。視線と一言で言っても、探りを入れられるような不快なモノでは無く、その眼差しは慈愛というかほっこりするモノを見ているかのような、とにかく悪意のあるものではなかった。しかし、それに込められている意味合いとは裏腹に私は何だか嫌な予感がした。
「え?ああ、哀ちゃん、コナン君のこと好きなのかなって」
そうしてあっさりと、私の嫌な予感はズバリ的中した。
「……どうしてそう思ったのか、聞いても良いかしら?」
それこそ老若を問わず、女性からこの質問を投げかけられたのはこれで何度目だろう?もし、態度に出ているのなら改めた方が良いのではないか?だが、今のところは“こーいう事には疎い”江戸川君は全く気付く素振りを見せていない以上、現状維持が最適解ではあるハズなのが悩ましい。
「え?そうね……、さっきコナン君のことを“探偵よ!!”って紹介してくれた時、なんだか好きな人を自慢してるようなニュアンスを感じたからかな?それに哀ちゃん、コナン君が助けに来てくれてから、安心……、っていうより嬉しさが勝って仕方無いって感じだし、コナン君のことをずっと見詰めてるし……。あ、あとね、老若認証でヒットした哀ちゃん、殆ど全部コナン君と一緒に映っててね、その距離感が親密な関係を想起させたかな?それから」
「もう……、それくらいで、大丈夫だから……」
矢継ぎ早に理由を列挙され、私は思わず直美の言葉を遮った。自分から頼んでおいてなんだが、これ以上続けられると、この後どんな顔で江戸川君に向き合えば良いかわからなくなりそうだった。
ついさっきまで冷たい海に浸かっていたというのに、今はむしろ身体が火照っている気さえする。私は思わずマグカップを下ろし、両手で頬を覆った。私の両手はカップの熱で温められていたハズなのに、それでも自分の顔の方が熱く感じてしまうだなんて……。
「あ、ごめんね……。私ったらつい癖で、その……、分析するみたいな言い方しちゃって」
そう言うと直美は少し困ったような顔で曖昧に笑った。いつもだったら、“オメー、あんましズバズバ言うなって……”と、彼に苦言を呈される身としては、そう言いたくなる気持ちが少しわかったかもしれない。
「いいえ、いいの。私もそういうところあるって言われるから。それでその……、私、そんなにわかりやすいかしら……?」
そう口にした後で、この返答ではあの時と同じ様に、遠回しに彼のことを好きだと認めているようなものだと思った。もっとも、今更この状況で否定したところで説得力は皆無なのだけれども。
「そう……、ね。あ、でも今は状況が特殊だから、哀ちゃんの気持ちが強調されてわかりやすくなってるだけかもしれないし……。それとも、もしかしてこれまでにも何度か指摘されたことがあるのかな?」
「ええ、色んな人に……」
まさか彼の恋人にまで指摘されたとは流石に言えなかった。それに、その相手がさっき会った蘭さんだと説明する訳にもいかない。
「そっか……。あれ……?だったらコナン君も哀ちゃんの気持ちに気付いてるんじゃ……?」
もしそうなら、彼の演技力は私の想像を遥かに超えていることになる。
「それは無いわね。彼、女心なんてまるでわからないのよ?デリカシーだって無いし」
「意外だね。モテそうに見えるけど……。それで、哀ちゃんはコナン君に告白しようって思ったりはしないのかな?」
私と彼との関係性に於いてそんなこと許されるハズが無い。だから私はこの感情に蓋をして一生抱え、墓まで持って行くしかないのだとそう思っていた。ただ、その理由を説明する訳にもいかないので、私は目を伏せ首を振り、理由の一端を説明するに留めることにした。
「だって江戸川君、好きな人がいるもの……。彼、その人のことに一途だし……、それに、その人とも両想いなのよ」
「そっか……、中々手強い恋の相手ね。それでも私は、哀ちゃんに後悔はして欲しく無いな。大切な人に想いを伝えられないままずっと抱えているのは辛いから」
「それって……、宮野志保のこと?」
自分にしては自惚れた発言だと思ったが、昨夜の話の流れから他の誰かでは無いだろうと思った。
「そうね……。でも、こうも思うの。もし、子どもの頃に志保に謝ることが出来ていたら、私は老若認証システムを作らなかったんじゃないか、って」
「後悔が原動力になることもある、ということかしら?」
「そうとも言えるかもしれない。でも、少し違ってて、私はきっと、志保の言葉に影響されたことに前向きな意味を持たせたかったんだと思う。だから、哀ちゃんがコナン君との関係をどうするにしても、最後には前向きでいて欲しい」
私は、薬を作って工藤君の運命を狂わせたこと、彼を蘭さんと引き裂いたこと、お姉ちゃんのこと、色々な後悔をしてきた。それが、最後に前向きになるような選択を、私に果たして出来るだろうか。
「難しい注文ね」
「子どもの言葉で人生が変わることもあるけれど、それで人生が変わって得られた大人の言葉も参考になると思うな」
そう口にした直美の言葉を反芻して、ふと、先程から彼女は、どういう相手に対して言葉を発しているのだろうという点に思い至った。
「大人って……、直美さん、今いくつ?」
「私?19歳よ」
「だったら、私とそんなに変わらないわ」
「そうかしら?」
「そうよ」
きっと彼女の言葉は、子どもも大人も関係無い、過去に友人へと宛てた言葉への返信なのだと、そう思った。