「おーいお前ら、天気ヤバそうだから先上がりな。特にぼっちちゃん、電車止まったら帰れなくなるだろ?だから店長命令だ」
ステージの入れ替えのタイミングでお姉ちゃんがぼっちちゃんたちにそう声を掛けた。今日の空模様は朝からずっとどんよりしたもので、いよいよ雨足も強くなって来ていた。予報では雷雨や雹になるかもしれないとか。
「はーい」
「じゃ、虹夏お先に」
「お、お疲れ様でした……」
各々そう言って控え室に入っていったが、暫くすると、そんな空模様のようなどんよりした表情でぼっちちゃんだけが先に顔を出した。
「ん?ぼっちちゃんどうした?」
「あっ、えっと……か、帰れなくなりました……」
そう言ってぼっちちゃんが取り出したスマホの画面を見て、私とお姉ちゃんは”あちゃー……“と顔を見合わせた。
“落雷による停電でKQ線全線不通。復旧の目処立たずーーー“
『そして、僕は君が大好き』
「ーーーぼっちちゃーん、お風呂上がったよー。って、そんな隅っこで体育座りしてないでこっちおいでよ」
「虹夏ちゃん……、あ、ご飯凄く美味しかったです。お風呂も着替えも何から何まで何とお礼を言っていいか」
「良いって良いって、そんな畏まらないでよ」
「でも……」
明日は学校お休みだし、週末に友達の家に泊まりに来ただけのこと。でも、ぼっちちゃんはまだそんなふうには割り切れないんだなと思い至った。
「もう、私がぼっちちゃんとお話ししたいの。こっちおいで」
私はそう言いながらベッドに腰掛け私の隣をポンポンして促した。ぼっちちゃんはおずおずと立ち上がり遠慮がちに腰掛けた。
「そ、そんな私なんかが、ふへへ……」
ぼっちちゃんは言葉では相変わらず遠慮しているようで、でもニヤついているのは隠せていない。ここは一つ、少し押せば私のささやかなお願いも聞いてくれるのではないか、そんなふうに心の中の小悪魔が囁いた。
「ねえ、ぼっちちゃん、前にギターヒーローの宅録した時に私放ってどっか行っちゃったじゃない?だから、あの日の続きが聴きたいな」
「あ、ああああの時は本当にすみませんでした!!じ、自分の中の承認欲求モンスターが暴れ出して抑えられなくて……」
たまに話に聞くけれど、ぼっちちゃんが心に飼ってる承認欲求モンスターってどんななんだろう?前にリョウが“マスコットのぬいぐるみを作って儲けたい”とか言ってたけど、未だにどんな姿なのかがわからないので企画が棚上げされている。
「それで、どう?」
「あっ、えっと、虹夏ちゃんの前で弾くのは良いんですけど、で、でも機材が」
「ふっふっふ、ここはライブハウスの真上なのだよ」
「で、でも、STARRYで弾いたらギターヒーローの正体が……」
「じゃあ、エフェクターだけ持って来るからさ、ここで弾いてよ」
ぼっちちゃんのこと困らせてるなって思ったけど、この時はなんだか引き下がりたく無かった。
「う……、でも」
「ぼっちちゃん、さっき“この恩は身体で払います……”って言ったのに」
「そ、そそそんなことは……!?」
「ダメ?」
ここまで来ればもう一押し、私は上目遣いでぼっちちゃんの顔を下から覗き込んだ。
「……わ、わかりました。な、何かリクエストありますか?」
「やった!!うーん、そうだなぁ……、ぼっちちゃん、キラキラした青春ソングとかラブソングとかダメなんだよね?」
「えっ、あっ、はい……。蕁麻疹が出たり胃酸が逆流したりするので……」
実際には溶けたり爆発したりするんだろうなと思ったけれど、それは今は言わないでおく。
「ミスチルとかどう?」
「あっ、えーっと……、『深海』の曲はどれも好きです。暗くて落ち着くというか、共感出来るというか」
「じゃあ、この曲は?」
スマホで曲名を検索すると、ぼっちちゃんは歌詞が表示される前に、小さく“あ……”っと息を漏らした。どうやらこの曲は知っているようだった。
「虹夏ちゃん、この曲の歌詞って……」
「うん、どうかな?」
「そう、ですね……、この曲なら、弾けますーーー」
ーーージャーンッ……
なんか、グッと来ちゃったな……。私は、ぼっちちゃんが顔を上げる前に、目尻に浮かんだ涙を指先で拭った。
「ど、どうでしたか?」
「良かったよぉ、凄い良かった。私、感動しちゃったよ」
「虹夏ちゃんが喜んでくれて、わ、私も嬉しいです……。じゃあ、アップロードの準備を……、あ、でも、背景映ったままで本当に良いんですか?」
不安そうにぼっちちゃんが改めて尋ねた。ぼっちちゃんが腰掛けているベッドの向こうには私物は色々置いてあるけれど、特に身バレしそうな写真や名前の入ったモノがある訳では無い。
「ん?あー、うん。ここに入るのは他にはお姉ちゃんとリョウくらいだから」
「そ、そうですか……。でも、何て書こう……?模様替え……、な訳無いし……」
ぼっちちゃんは、ギターヒーローの正体が家族や私たちに知られてからは、動画説明欄に簡素なことしか書かなくなっていた。実際には元々みんな嘘だとわかって読んでいて、あれはあれで味があった……、と言えなくも無いのだけれども。
「じゃあさ、”彼女の部屋で弾きました“ってのはどう?」
「かかかかのかのかかかのじょだなんてそんな!?もうギターヒーローのアカウントできょ、虚言は辞めようって思ってるので、しょ、正直に書きます!!」
ちょっとからかっただけでそんなキッパリ否定しなくても良いのにな……、なんて、自分勝手に頬を膨らませてぶー垂れている間にぼっちちゃんは作業を終えたらしく、スマホにギターヒーローの新しい投稿を知らせる通知が入った。”もう、ぼっちちゃんはもう……“と、そうして動画を開いた時、私は顔から火が出るかと思った。
「ぼ、ぼっちちゃん!?な、なな何書いてるの!?」
「あっ、えっ?わ、私は正直に本当のことを書いただけで……」
”私を見付けてくれた、私の大切な女の子のために弾きました“
動画タイトルに付けられた曲名と併せ、コメント欄が”過去一手の込んだ虚言“とか”それで失踪してたのか“とか”おめでとう爆発しろ“とか”百合営業乙“とか、とにかく色々と盛り上がっていたのだけれども、それはまた、別のお話。
“でも 君が僕につき通してた 嘘をあきらめた日
それが来るのを感じたんだ
未来がまた一つ ほらまた一つ
僕らに近づいてる”
Mr.Children『and I love you』より