「それにしても、息つく暇も無いわね……。式典コンサートの準備にもう少し専念させて欲しいわ……」
「うん……、編曲間に合うかな?」
取材先から移動する車内でそうミラーシャがこぼした。悲しいことがあってもスケジュールは待ってはくれず、忙しさに目を回す日々は続いていた。
「マナも頭の中がふわふわするよぉ……」
皆一様にして疲労の色が見える中、マリアだけは怪訝そうな表情で私の顔を覗き込んだ。
「なんじゃらほい?」
「んー?マナ、ちょっといいでありますか?」
マリアはそう言って、私の返事も待たずに両手を私の頬に添え、おでこをこつんと合わせた。ひんやりとした体温が心地良い。
「マ、マリアちゃん!?」
「そ、そういうのは帰ってから自分たちの部屋でやりなさいよ!!」
いのりとミラーシャは何をあたふたしているのだろうか?そう疑問に思いながらも不思議と考えがまとまらない。
「いやぁ、この感じは……」
「どうしたの?」
あたふたしている二人とは対照的に、ジョーとシルヴィが心配そうに私の顔を覗き込んだ。そうこうしているうちに彼女の体温が離れ、名残惜しさを感じている私にマリアが言った。
「マナ、熱があるのです」
「ほへ?」
私がふわふわする頭でそう告げられる中、頬を赤らめながらバツの悪そうに顔を背けるミラーシャといのりの姿がボンヤリと視界の隅に映っていたーーー。
『潜熱に浮かされて』
「ーーーそういう訳で隊長、みんな疲弊してます。過密スケジュールの合間を縫ってコンサートの準備も進めていますし、それに、その……」
アイラはそう言葉を濁しながら報告した。隊を去った彼女のことを考えていることは想像に難く無かった。
「そうね……、明日の取材は伸ばしてもらうわ。マナはどう?」
「マリアが看病してるよ」
「なんだかいつもとあべこべね。エリー、何かあったら助けてあげて」
「りょーかい。でもまあ、だいじょーぶじゃない?マリアがさ“マリアは看病され慣れているので任せて欲しいのです”なんて言ってたから」
エリーがマリアの口調を真似て言った。それを聞いて安心したのか、アイラが表情を和らげた。
「逞しいな」
「そうね、それなら大丈夫ね」
本当に、みんな逞しくなった。それに、エリーの言う通り、大切なパートナーのことに横槍を入れてしまうのは確かに無粋だと思ったーーー。
「ーーー正直に言うと驚いたのです。マナは風邪をひかなさそうだと思っていたので」
いつもなら、体調を崩してこうしてベッドに横になっているのは自分ではなくマリアの方だった。今日は自分が常夜灯と月明かりだけが照らす天井を見上げていた。
「マナもビックリしたよ。風邪なんて全然ひいたこと無かったから。あ、でも小さい頃にこんな風にお婆ちゃんに看病されたことあったっけ」
「む、マリアはおばあちゃんじゃないのです」
おどけるように、ぷぅっと頬を膨らませてみせながらマリアが言った。そうして、濡れタオルを取り替えようと彼女が立ち上がった時、今度は不思議そうな顔をして私の方を振り向いた。
「どったの?」
「え?どうってマナが……」
そう言われて初めて気が付いた。私がマリアの服の裾を摘んでいた。
「え?あれ?どうして……」
放さないといけないと頭ではわかっているのに、自分の指先はなかなか私の言うことを聞いてくれない。それを見たマリアは目を細めてふっと笑い、座り直して私に向き合った。
「こういう時に弱気になるの、マリアはよくわかるのです。マリアは直ぐに戻って来ますから」
まるで小さな子どもをあやすようにマリアは言った。多分、気持ちがそれに釣られたのだ。
「また、あれやって」
「あれ、とは?」
マリアが小首を傾げて聞いた。
「おでここっつんってするの……、ひんやりして気持ち良かったから」
そう口にして、なんだかさっきよりも熱が上がったような気がした。頬が熱くなっていく、それを隠したくて、毛布で口許を覆った。
「甘えんぼなマナはなんだか新鮮なのです」
そう言いながらマリアがベッドに潜り込み、私のことを抱き寄せた。こつんと合わせたおでこと頬に添えられた手の平とが、そんな私の熱を奪っていった。
「マナが眠るまではこうしているのです」
「じゃあ、何か歌って?」
牧場で住み込みで働いていた時はいつもそうしていたと、いなくなってしまった彼女が言っていたのを思い出した。
「では、カールスラントの子守唄を。
『眠れよ吾子 汝をめぐりて
美しの 花咲けば
眠れ、今はいと安けく
あした窓に 訪いくるまで』」
(ねぇジニー、私、今でも嫌いになるってよくわからないんだ。でもさ、私は……、マリアのこと、好きだよ)
ウトウトしてマリアの歌声が遠くなって行くのを感じながら、散らばったマリアの気持ちを拾い集めたあの時のことを夢に見た。