ウインドチャイムを完成させツリーハウスに無事飾り、そろそろ一番星が顔を出すこの時間、私はせるふと並んで帰り道を歩いていた。
行きはこっそりせるふをスクールバスに乗せたのだけど、帰りでは私がうっかりして、作業を終える頃にはバスの時間はもう終わってしまっていた。
「それにしても、やっぱり部室の壁を剥がし過ぎたようなー」
「う……、そうね……。夏休みの間にまた小物を作ったりしてさ、修理のための材料費を集めないとね」
「ぷりんも手伝ってくれる?」
「勿論よ。だって私もDIY部の一員なんですもの」
“えへへー”とせるふが隣で笑うのを眺めながら、私はこれからの夏休みに想いを馳せた。と、ここで、今度こそ本当に自分がうっかりしていたことに気が付いた。
「あ、そうだ。私、寄って行かなきゃいけないところがあるんだった」
「どこー?一緒に行こうよー」
「晩御飯の食材買って帰らないといけないの」
元々、ママが仕事で遅い時は自分で作ることも多いけれど、今日からはそれが一週間続くのでそれなりに準備しなくちゃいけない。
「あ、私も忘れてた」
今度はせるふがそう言ってポンっと手を打った。
「ぷりんのお母さん、今日から一週間出張なんだよね?」
「そうだけど……、私、言ったっけ?」
「んーん、お母さんから聞いたんだー。それで、ご飯食べにいらっしゃいって」
ということは、きっとママが予めせるふのお母さんに頼んで行ったに違いなかった。
どちらかのお家が忙しかったりした時はお互いに家を行き来して、それで一緒にご飯を食べてお風呂に入ってそのままお泊まりして。小さい頃はずっとそうだった。
「ぷりん?」
「うん……、行くね」
少し前までの私なら、意地を張って頬を膨らませて断ってしまったかもしれない。そんなことを噛み締めながら私は返事をした。
「やったー!!ぷりんとお泊りー!!」
「ちょっとせるふ!?夏休みの宿題だってしなくちゃいけないんだから一週間ずっと遊んでるわけにはいかないんだからね!?」
それからは、ジョブ子ちゃんはそろそろ着いたかなとか、宿題はさっさと終わらせてDIY部の活動に専念したいとか、そういう話をしながら長い坂道を登った。
そうして、家に着く頃には息も上がってクタクタになった私たちを、玄関の前でせるふのお母さんが出迎えてくれた。
「お帰りなさい二人とも。まずはお風呂とお洗濯ね」
初夏にこの坂道を歩いて帰って来たことで、私たちは汗だくになっていた。それに、そういえば制服でDIYをしていたためにあちこちの汚れが余計に目立ってしまっていた。流石にジャージか何か着て作業すべきだったかもしれない。
「えっと、お風呂は自分の家で……」
「えー、一緒に入ろうよー」
「な、何言ってるのよせるふ!!私たちもう高校生よ!?」
「えー、ジョブ子ちゃんとは一緒に入ってたのにー。もー、ぷりんのえっちー」
最後にせるふと一緒にお風呂に入ったのは中学生の時の修学旅行だった。一緒に、と言っても別に二人きりとかそんなんじゃなかったけれど。
「それに、お着替えセットだってもう置いてないでしょ?どっちみち私は一度帰らないと」
「それなら、さっきクラゲさんがパジャマ一式届けてくれたから心配しなくても大丈夫よ」
「え」
まさかOSの更新でそんな機能が……?いやそれよりもホームAIが勝手に家を離れるってどうなってるの!?
「おっふろーおっふろー」
「ちょ、ちょっとせるふ!?まだ私一緒に入るなんて言ってないわよ!?」
せるふに背中を押されて家に入り、そのままなし崩し的に一緒にお風呂に入ることになったのは良かったのだけれども、私は途中でのぼせてしまい、ミートが濡れタオルを運んできてくれるまでの記憶が途切れていたーーー。
「ーーーご飯美味しかったねー」
「うん……、なんだか懐かしくなっちゃった」
泥だらけになるまで遊んで帰った私たちをぷりんのお母さんが出迎えてくれて、それで一緒にお風呂に入って夕食を食べて、こうしてせるふの部屋に泊まって。
「ぷりん?もしかしてまだのぼせてる?」
「そうじゃなくって……、何て言ったらいいかな……」
ママが出張でしばらく家を空けることはこれまでも珍しくなかったけれど。
「ジョブ子ちゃんが帰っちゃったの、寂しい?」
「うん、そう……、そうね、寂しいわ」
ジョブ子ちゃんと過ごしたこの数ヶ月間は、ある日突然、妹が出来たみたいだった。
「また遊びに来てくれるよー。あ、私たちがアメリカに行っちゃおっか?」
「それも良いかもね……。せるふ?」
なんだかせるふの様子がおかしい。いや、ここは普段通りと言うべきか。
「羽の生えた自転車で太平洋横断は厳しいと思うわよ?」
「おぉ!!さすがぷりん」
「まあ、アメリカ行きはそのうちちゃんと考えるとして、今はお泊まりの準備をしないと」
「そだねー。二段ベッドの下空けないと」
「え?私は別に一緒でも……」
「え?」
どうやら、妄想に耽っていたのは“流石にもう二人一緒だと狭いかな?”なんて考えていた私の方らしかった。
「あ、やっぱ今のナシ!!そ、それより、学校で言ってたウインドチャイムってやっぱりここに?」
「んーん、こっちに仕舞ってあるんだー」
そう言いながらせるふは屈んで、棚に仕舞われた箱を取り出した。大切に仕舞ってある、とそう言っていたその箱には埃の一つも付いていなくて。
「せるふ、これたまに開けてるの?」
「うん、なんだかね、ぷりんの作ってくれたウインドチャイムを見てると心があったかくなるんだ」
それを聞いて自分の頬が緩むのがわかった。
「そっか……、開けて良い?」
「勿論だよ」
私がそっと箱の蓋を開けると、あの日と変わらないままの姿がそこにあった。手に取って眺めてみると“シャラン”と綺麗な音が鳴った。
「懐かしいわ」
せるふがずっと大切に仕舞ってくれていたのはそれはそれで嬉しかったけれど、こうして改めて手に取ってみると今度は違う感情が湧き上がってきた。
「ねぇ、せるふ……、私、学校ではああ言ったけど、これ、やっぱり飾ってよ」
「でも、壊しちゃったりしたら……」
せるふはそう言って目を伏せ視線をウインドチャイムに向けた。普段の様子からそう思うのも無理はないのだけれど、でも、私はそうなっても構わないと思っていた。
「何言ってるのよ。私たちはDIY部でしょ?その時はまた、一緒に、直せば良いじゃない」
せるふが顔を上げ、表情がぱぁっと明るくなった。
「うん!!」
窓際に吊るしたウインドチャイムが夜風に揺れて綺麗な音を鳴らした。きっとこれからは、少しずつ音色を変えながら、それでも思い出はあの日と変わらないまま。