「みさきちゃんのばか!!もうしらない!!」
私が脱獄トライアルの帰り道にドリーと二人で買い出した食材を冷蔵庫に詰めていると、みさきちゃんにお土産を渡すと弾んだ声で言っていたのとは一変したドリーの声がリビングから響いてきた。おそらくはあのストラップが火種である事は想像に難くないが、いかんせん思っていたよりも極端な展開だ。私は作業を中断してリビングの扉を開くと、そこには既にドリーの姿は無く、操祈ちゃんが床にへたり込みポロポロと涙をこぼしていた。
「ドリーに、嫌われたら……、私、生きていけないわぁ……」
私に気付いて振り返った操祈ちゃんは途切れ途切れにか細い声でそう言った。この子ってば、前からこんなガラスのメンタルだっただろうか?まあ、操祈ちゃんは私に対しても能力を使わないが、とりわけドリーの前では無能力者も同然なわけで。そうすると天下の心理掌握も当然カタナシなわけだが。兎にも角にもいなくなったドリーが気掛かりだし、ここは早急に話を進める必要があった。
「ネェネェ、一体何があったワケ?」
「変なストラップ渡されて、“可憐力が足りないから持ち歩くのはちょっと……”って、そう言ったらドリーが怒って……。もぉ何なのよぉ……」
あー……、これは私が怒られるヤツかもしれない。アレを受け取った時の操祈ちゃんの反応を見たくなかったと言えば嘘になる……、が、しかし、まさかドリーがあんなに怒るとは……。
「まさか、アレは看取さんが選んだのかしらぁ……?」
操祈ちゃんが涙目ジト目でドスを効かせた声で言った。
「イヤイヤ!私じゃないわよ!?ただ……、止めなかったダケっていうか……」
これは心理掌握に誓ってホントの話だ。
「ふーん……、ま、良いわ。あの子の自主性に任せるって約束力だったし……。って、今はそんな事よりあの子の安全力が大事よ!!あぁ、一人で飛び出してどこでどんな目に遭うか!!」
「ノンノン、あの子結構強いわよ?今日、お姫様抱っこで助けてくれた時はカッコ良かったナァ……」
そう言って思い出に浸る私を睨む操祈ちゃんのジト目がさっきより鋭くなっていた。ここでからかうのは失策だったと気付いた私は、端末を操作しながら話題を転換した。
「イヤイヤ、迷子携帯持たせてるんだから、そんなのGPSの位置情報ですぐに……、ってなんでロスト?……え?あの子ったらまさか、電波遮断してジャミングかけてるの!?」
「つまり……?」
「どこにいるかワカンナイ……」
私がそう言うと、一瞬の間を置いて操祈ちゃんは勢いよく立ち上がり部屋を飛び出した。
「ちょっと!!考え無しに飛び出したって、操祈ちゃんは5分も体力保たないデショ!!」
言うや否や、ブーツの靴紐を結ぶのも疎かにして玄関を飛び出した操祈ちゃんは盛大につんのめり、私はその惨状に頭を抱えつつドリーを探す作戦を練るのだったーーー。
『すき、きらい、だいすき』
ーーー“せっかくですが、少し寄って行きたいところがありますので”
そう言って泡月さんと湾内さんの一緒に帰りましょうという誘いを断り、私はあの黒猫さんを見かけた公園をブラブラと歩いていた。ここに来ればもしかしたら御坂さんの妹さんに、いっちゃんに会えるかもしれないという漠然とした期待を抱いていたものの、あれから一向にその機会が訪れる事はなかった。あの二人であればここに誘っても良いのではないかとも思ったが、御坂さんは病院にお世話になっているらしい妹さんの事を公にしたくない事情があるようで、私の判断で勝手に誰かに紹介して良いものかは判断が付かなかった。
そうして、今日もただ二人の誘いを断っての一人散歩を収穫の無いまま切り上げようかというその時、私は酷く落ち込んでいる様子でベンチに沈み込んでいる一人の少女に思わず声を掛けた。
「あの、失礼ですが、御坂さんの……、ご家族の方ですか?」
髪は長くボーイッシュな出立ちをしていたが、その少女の顔立ちは私の探し人にそっくりだった。
「ミサカ?わたしはドリーだよ?」
少女は私が声を掛けると顔を上げ、キョトンとした様子でそう答えた。どうやら他人の空似であるようだ。
「失礼しました。わたくしのお友達によく似てらしたので……」
「そうなんだ。そのせいふく、みさきちゃんとおなじがっこう?」
「みさきちゃん?えーっと、みさきちゃんが私の知っている方かはわかりませんが、この制服は常盤台のものですわ」
常盤台でみさきというと心理掌握の食蜂操祈が思い浮かぶが、彼女をちゃん付けで呼ぶような人物を私は見た事がなかった。しかし、よくよく考えるまでもなく、みさきという名前そのものはさして珍しくもないし同名の別人なのだろう。
「じゃあ、やっぱりおなじがっこうなんだね……。みさきちゃんと……」
みさきちゃんという親しげなフレーズとは裏腹に、彼女の声は悲しげな響きを含んでいた。
「その……、ドリーさんはそのみさきちゃんと、何かあったのでしょうか?」
「うん……、みさきちゃんと、ともだちとけんかしちゃって……。それで、おうちをとびだしてきちゃったの……」
「そうだったのですね。私でよければ、お話しして頂けますか?」
「うん、えっとね…ーーー」
ーーー脱獄トライアルにみーちゃんというもう一人の同居人の友達と一緒に参加した事、みさきちゃんは一緒には来てくれなかった事、お土産を買った事、そのお土産にみさきちゃんが良い顔をしなかった事、ドリーは今日ここに至るまでの経緯を話してくれた。
「そう、だったのですね。お土産を受け取ってもらえなかったと」
「うん……」
「ちなみに、どんなお土産を選んだのですか?」
「えっとね……、これ」
「………………」
そう言って彼女がポケットから取り出したストラップは、あの少年院の院長の顔……、いや、正確には脱獄トライアルのトラップとして配置されていたロボットを模したものだった。確かに、その友達がこれを受け取らなかったという気持ちはわかる。しかし、このままでは彼女の友達とのやり取りの再現になってしまうと思い、私はこのストラップを元にして話を広げる事にした。
「これ、脱獄トライアルに出てきたロボットですわよね?」
「え?なんでしってるの?」
私が話を切り出すと、彼女は驚いた様子で答えた。
「実は、私も学校のお友達と参加してたんですよ」
「え?そうだったの!?」
「いきなりこの変な顔のメカが襲って来てビックリしましたわ」
「ね!いっしょにさんかしたみーちゃんがね、ドカーってけってやっつけたんだよ!!」
暗かった表情から一変して、ドリーは生き生きと話をしてくれた。これが彼女の本来の姿である事に私はこの時初めて気が付いた。それに、今のやりとりで彼女が落ち込んでいる本当の理由に察しが付いた。
「ひょっとしてドリーさんは、お友達にお土産を渡したかったのではなくて、こうやってお土産話を、思い出を共有したかったのではありませんか?」
私がそう伝えると、彼女は気持ちを噛みしめるようにゆっくりと頷いて答えた。
「うん……、そう、だとおもう。でも、さんにんいっしょになにかもってたいなって、そうおもったのもホントなんだ……。みさきちゃん、やっぱりかわいくないのはいやだったのかな……?」
私は、アレが可愛くない自覚はあったんだなと内心苦笑した。では、彼女の可愛いの捉え方はどういう方向性なのだろうか?私ははたと閃いて自分の端末を取り出した。
「この子のこと、どう思われますか?」
私は彼女に、私が最も可愛いと思っている待ち受けの写真を見せて尋ねた。
「えーっと……、かわいいリボンだね」
まあ、寂しさを感じなかったというと嘘になるが、そういう反応になるのはもう慣れっこだった。
「あら、お上手ですね。この子はエカテリーナちゃんといって私の大切な家族の大きな蛇さんです。私は可愛いと思っていますし、そう言ってくれる方も勿論いらっしゃいますが、爬虫類は怖くて苦手という方がいるのもわかります。なかなか可愛いという感覚を共有するのも難しいですわね」
私がため息混じりにそう言うと、彼女はハッとした様子で答えた。
「さんにんともかわいいっておもってるもの……、ある。イルカさん。イルカさんがいいな」
「私、動物の事は少し詳しいんですの。ちょっとお付き合いして頂けますか?」
私は、小首を傾げるドリーと一緒に公園を後にしたーーー。
ーーー私がドリーを案内したお気に入りの雑貨屋さんで見付かったそれに、彼女は目を輝かせて喜んだ。
「みーちゃんがつくるイルカさんみたい!!これにするね!!」
”ここは私が“という申し出をやんわりと断り“じっけんのきょうりょくひといしゃりょうでもらっておけばってみさきちゃんが“と、そう言って高額カードで支払いを済ますそのギャップから、私は、彼女の生い立ちが尋常でない事にこの時初めて気が付いた。そうして、目的のモノを無事見付けた私達が雑貨屋さんを出たところで、端末を確認したドリーが遠い目をしながら言った。
「わー、すごいちゃくしんりれき……」
「お友達、すごく心配されてるみたいですね」
「うん……。わたし、かえってなかなおりしなきゃ」
「たくさんの思い出話も、ですよ」
「うんっ!!ありがとう!!えっと、あ……、ごめんなさい。なまえ、きいてなかったや」
「ふふ、そうでしたわね。わたくし、婚后光子と申します。ドリーさんの事は、そのままお呼びしても?」
「うん、ドリーがいいな。そのなまえでよんでくれるひとがふえるとうれしいから」
そう言ってはにかむ彼女の言葉にはどこか含みがあって、それは私の心にチクッと刺さった。
「わかりましたわ。では、私の事は「みっちゃん!!」
「えっ!?」
「みつこちゃんだからみっちゃん。それに、なんだかわからないけどこころのなかにうかんできたの……。ダメ、かな?」
ダメなわけなんて、断る理由なんて無かった。
「いいえ、私もそう呼んでくれるお友達が増えて、とっても嬉しいですわ!」
「うん!!じゃあまたね、みっちゃん!!」
そう言って手を振り走っていく彼女の姿が見えなくなるまで、私はその後ろ姿を見つめていたーーー。
ーーー翌日、学校のテラスで御坂さんが食蜂操祈とお茶をしていた。そう言うと聞こえは良いが、実際には蕩けきっている食蜂操祈にウザ絡みされている御坂さんが灰になっていた。
「アンタ、友達なんていたんだ……」
「失礼ねぇ……、でも、可憐力高いでしょこのイルカさんのストラップ!!」
「まあねぇ……、アンタがイルカさんって言うのはなんかキモいけど」
「なんですって!!」
喧嘩するほど何とやらというか、それでもそろそろ御坂さんに助け船を出したほうが良いかしらと思い、私は声を掛けることにした。
「お二人ともご機嫌よう。食蜂さん、あれから仲直りできたのですね」
「そうなのよぉ!!」
そう言って振り返った食蜂操祈は、そうして満面の笑みを貼り付けたまま固まってしまった。御坂さんは頭の上にクエスチョンマークを並べて首を傾げている。
「……貴方のお名前は婚后光子さん、で間違いなかったかしらぁ?」
「あら、覚えていて頂いて光栄ですわ」
「みつこ……、みつこ、あぁ……、なるほどねぇ……」
そう言いながら彼女の指が一瞬リモコンに向かったが、直ぐに何かを思い直した様子で手を止めた。
「あら?よろしいんですの?」
「あの子のプライバシーに詮索力を発揮するのは下品が過ぎるわぁ。また喧嘩したくないし……」
それもそうだ。というより、彼女の優先度は相当に高いらしい。
「それよりも、貴方には何をお礼をしなくちゃいけないわねぇ……。あの子の事を黙っててくれたらの話だけどぉ」
「でしたら、そのうちお友達の事をちゃんと紹介してくださいませ」
「……考えておくわぁ」
助け舟にと思って話に入ったが、いつの間にか蚊帳の外に置かれていた御坂さんがぐったりした様子で呟いた。
「もう……。何なのよいったい……」
「退屈しませんわね、この街は。ってお話ですわ」
「婚后さんまで!?」
いつか御坂さんやいっちゃんにも彼女に会ってもらいたい。いけ好かないと思っていたレベル5第5位のお嬢様の意外な一面を知った事で、私はそんな事を考えて期待に胸を膨らませていた。