六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

魔法少女のブランケット

私は、物心ついた時にはもう施設で暮らしていた。両親の名前も、顔も、声も知らなかった。施設の職員が冷たかったとか環境が良くなかったとか、そういう事があったわけではなかった。でも、自分には家族というものがよく分からなかった。同じ血や生活を共有する小さなコミュニティ、そういった知識はおぼろげながら理解はしていた。しかし、絵本や物語の中で描かれている家族という存在は、時には仲睦まじく、時には争い憎み合う、とても同じ言葉で言い表す事の出来ない複雑な関係で、幼かった私を酷く混乱させた。

そんなある日、私を家族として迎えたいという申し出が施設に届いた。それを聞いて、私はまた酷く混乱した。家族になるという意味が分からなかった。怖いお姉さんたちのために家の掃除をさせられるのかもしれない。暗い森の中に置き去りにされて終いには食べられてしまうのかもしれない。そんな不安が脳裏を過った。それでも、職員たちが口にする“私たちは寂しくなるけれど、これはあなたにとってきっと良い事だから”という言葉から、少なくとも自分が食べられてしまうわけではないのだとは理解していた。私を引き取りたいと申し出たのは桜と名乗るお姉さんだった。何度か二人でお話したり一緒に出掛けたりして親交を重ね、ついに私が施設を出てお姉さんと一緒に暮らす日がやってきた。職員や一緒に暮らしていた子供たちに見送られ、私はお姉さんと施設を後にした。そうしてやってきたお家は施設と比べても遜色の無い大きさで、最初はここにも自分のような子どもが沢山いるのだと思った。しかし、聞けばお姉さんはここに一人と一匹で住んでいると言い、”お帰りなさい、今日からここがあなたのお家よ“と私を迎え入れた。

姉との新しい暮らしは何一つ不自由の無いものだったが、今思えば姉は、あまり自分から話をしない私のために心を砕いて様々な事をしてくれていた。その一方で私は、相変わらず家族がどんなものなのか分からずにいた。どういう距離感で接すれば良いのか掴めなかった。そして、その思いがストレスになっていたのだろうか。ある晩、怖い夢を見た。恐ろしい魔女や狼が出てきたような気もするが、目を覚ました私はただただ譫言のように恐怖を訴え泣きじゃくるばかりで、具体的に何を見たのかを覚えていなかった。そんな私を姉はただ、”大丈夫、私が側にいるから大丈夫“と、そっと抱きしめ背中をさすってあやしてくれた。私は、桜のにおいに包まれながら、ようやく“これが家族なんだ……”と、そう実感した。

姉との生活は幸せな時間だったが、それは唐突に終わりを迎えてしまった。どうして姉が見付からないのか、教えられていた魔法少女に関する知識から、実際のところ何が起きたのかは頭の片隅で理解はしていた。無闇に歩き回ったところで見付かるわけがない、それも分かっていた。それでも姉を探して歩き回る生活を続けて何日も経ったある日、丸っこくて真っ白な猫さんのぬいぐるみが目に留まった。どうして自分がこの子にこれほどまでに惹かれるのか、当時の自分には知る由も無かったが、とにかく私はその子を新しい家族として姉と暮らした家に迎え入れた。その子を抱きしめていると、姉がそうしてくれたように安心出来る気がした。
でも、そうして、私はその子を抱いていないと眠れなくなったーーー。


魔法少女のブランケット』


ーーー幼い頃の夢を見た。少し前まではそんな事無かったはずなのに、近頃はこうした夢を見る頻度が増していた。微睡みから浮上して目を開けてみると、まるで夢の続きを見ているかのように視界の焦点が合わず、おかしいなと目元を拭うと自分が泣いていた事に気が付いた。ホント、すっかり弱くなっちゃったな……と、自虐的な思考に囚われながら、私は毎朝の日課を一つずつこなしていった。

「おはよう、たまさくらちゃん」

私の朝の始まりは、あの時からずっと変わらずこうして胸に抱いている家族に朝の挨拶をする事だった。自分でも子供っぽい事をしているのは分かっていた。いつからか、私にとってのたまさくらちゃんは、様々な形で肌身離さず持ち歩かないと落ち着かない存在になっていた。

「時は来た」

そうして深みにはまり続ける私の思考を、その愛くるしい容姿に似付かない渋い声が遮った。初めて猫が喋ったのを目の当たりにした時は大層驚き目を丸くしたものだが、今やそれもすっかり慣れっこになってしまった。当然、このやりとりが毎朝の日課に組み込まれてからも、たまさくらちゃんと過ごしたのと同じだけの時間が経っていた。

「メタ子もおはよう。はいはい、朝ご飯ね。すぐ用意するから。私に合わせて早起きしなくても良いのに」
「時、来てるぞ」

以前の私であればその後は日課の朝フルをサクッと済ませるだけだったが、ここ数ヶ月ほどの間に愛くるしいまぞくの鍛錬も行うようになっていた。

「桃、おはようございます!!」

彼女はそう言いながらぱぁっと明るい笑顔で毎朝私を迎えてくれた。そして、その30分後には汗だくで肩で息をしているというのが連日のお約束の光景だった。

「シャミ子も結構体力付いたね。少しずつ運動負荷を上げてるけど、それにちゃんと付いて来てる」

いつものように3倍に薄めたスポーツドリンクを渡しながら労うと、どういうわけか、シャミ子は“ぽがー!!”と可愛らしい擬音を発しながら尻尾を振って抗議した。

「負荷を上げてる!?きさま黙ってそんな事をしていたのか!!」
「テブリさんだってそうアドバイスしてたでしょ?シャミ子、あのゲーム楽しんでたじゃない」
「それはそうですけど、“ちょっと見本見せるから“なんて言って輪っかコンを粉砕する魔法少女の語る負荷は怖いです!!」
「そこは引っかからなくていい」

先日発売されたトレーニングゲームがなかなかに本格的で良いという噂を聞き、これはシャミ子にちょうど良さそうだと家電量販店を走り回って手に入れたまでは順調に事が進んでいた。いや、シャミ子はそのゲーム好きも相まって、トレーニングとはいえ最新機器でのゲームをとても楽しんではいたのだが、新しく追加されたトレーニングがどうしても上手く出来ないというので私が実演したところ、輪っかコンは我が家に嫁いでから僅か3日という儚い生涯を終えてしまった。

「じゃあ桃、すぐに準備しますので待ってますね」
「うん、楽しみにしてる」

どうやら、私が修理に出された輪っかコンに思いを馳せている間にシャミ子は復活したらしく、またさっきと同様ぱぁっと明るい笑顔で家の中に戻っていった。

『よくよく考えなくても隣に住んでるのにいちいち私が作りに行くなんて変です。桃もうちに来て一緒に食べましょう!!』

ばんだ荘に間借りしてしばらく経った頃、私はそう主張するシャミ子に押し切られる形で吉田家の食卓にお邪魔するようになっていた。姉とは二人と一匹暮らしであったため、ミカンも交えて一緒に鍋を突いた事はあれど、私は家族の輪で食卓を囲むという経験をした事が無かった。戸惑う私をシャミ子は勿論、良子ちゃんと清子さんも明るく迎えてくれた。そうした経験は新鮮で楽しいものだったが、夜になって自分の部屋に戻る時、いつからか胸の奥がチクッと痛む感覚に襲われるようになっていた。たまさくらちゃんを抱いていてもその痛みはおさまることはなく、近頃はなかなか寝付けないようになっていた。まだ秋だというのに、シャミ子がいないこの部屋は酷く寒かったーーー。


ーーー最近は桃と一緒に出掛ける事が多かったのですが、今日は桃が“用事があるから”と言ったので私一人でお買い物です。桃と一緒にお家ご飯をするようになってからしばらく経ちますが、最近の桃はなんだか元気が無い気がします。寝不足のような、表情が暗いような、また闇落ちしそうな雰囲気です。まぞくが魔法少女の闇落ちを心配しているのも変な話ですけど、とにかく桃が心配です。こういう時の桃はなかなか口を割りません。なので、賢いまぞくである私はお買い物ついでに情報収集をする事にしました。最初の聞き込み相手は精肉店でお店番をしていた杏里ちゃんでした。

「ちよもも?あー、そういえば関係無いとは思うけど、こないだそこのヤザワヤって手芸店に入っていくのを見掛けたよ」

なんという事でしょう。いきなり核心をついてしまいました。この後酒場に向かって聞き込みをするプランが完全に白紙になってしまいました。

「それですよ杏里ちゃん!!」
「え?ちよももはシャミ子と違ってまち針を武器に選んで戦おうなんて考えないと思うけど」
「私だって針ならせめて注射器くらい……、じゃなくて、とにかく貴重な情報ありがとうございます!!」
「ちょっとシャミ子!!買った鶏肉忘れてるよ!!」

慌てて回れ右した私は改めて杏里ちゃんにお礼を言ってお家へと急ぎました。”魔法少女服のダメージは元の服に残るから”桃はそう言って裁縫が得意になった理由を話してくれました。きっと、私に黙ってどこかで危ない戦いをしているに違いありません。そうなると私だけではどうにも出来ないので、まずは、頼りになる仲間を集めなければなりません。

〈ミカンさん、桃のことで相談があるのですが、これからお家にお邪魔しても良いですか?〉

グルチャだと桃にも見られてしまうので今回はメールを送りました。スマホを使いこなせる賢いまぞくですから。

〈良いわよ。ちょっと今動けないけど玄関は開いてるから入って来ちゃって〉
〈ありがとうございます。5分くらいで着きます〉

秒で返ってきたメールに返信してから(動けないってどういうことだろう?)と疑問に思いつつ、私は食材を自宅の冷蔵庫に入れてミカンさんのお部屋に向かいました。

そうして、お邪魔しますと部屋に足を踏み入れた私が目にしたモノは圧倒的な母性でした。ミカンさんの慈愛に満ちた眼差しの先で、身体を丸めたウガルルさんが膝枕されて眠っていました。ミカンさんは普段“ママじゃないわよ”と口を酸っぱくして言っていました。でも、ミカンさん。ママじゃないって言われても、やっぱり、それはママですよ。それに、吉田家の食卓には桃と一緒にミカンさんも誘っていましたが“この子が食事のマナーをちゃんと覚えたら、そしたら一緒にね”と少しの間待って欲しいとの返事をもらっていました。格好だけじゃなくて、もう何もかもがママでした。“やっぱりミカンさんはママって感じがしますね”といつものように言ってしまうと、なんやかんや騒がしくなってウガルルさんを起こしてしまう気がしたので、ここはグッと堪えて言葉を飲み込みました。残念ながら今日の目的は、新米ママを労う会ではなく桃の相談でした。私は最近の桃の様子と手芸店に来ていた事をミカンさんに伝えました。

「なるほどね。確かに魔法少女の衣装へのダメージは服に残るけど、今回はそういう理由じゃないんじゃないかしら」
「それはどうしてですか?」
「この町は結界に覆われているから、桃が大怪我するような大規模な戦闘は起きないし、もし起きても私やリリスさんが気付くもの。だから、シャミ子が心配するような危ない事は無いと思うわ」
「そう、ですか……。そうですね。だったら……」

だったら、桃はどうして……。

「危ない事は無いと思うけど、きっとまた何か一人で悩んでるのね……。私が言うのも変だけど相談に乗ってあげてもらえないかしら?」
「はい、そうしたいです。桃、ちゃんと話してくれるでしょうか?」

共闘関係を結んでいるとはいえ、桃は昔のことも全部話してくれているわけではありません。思わず俯いて考え込んでしまった私たちに、まるでタイミングを見計らっていたかのように電波が届きました。

〈話は聞かせてもらったぞ〉
「ご先祖!!あ、お疲れ様です。今日のゴミ拾いノルマ終わったんですね」
〈うむ。それよりシャミ子よ。ここは余の出番と見た。最近のあやつの様子には余も思うところがあったのだが、今回は弁当で解決というわけにはいかなさそうだからな〉
リリスさん、桃、そんなに良くないんですか?」
〈いや、そういうわけではないのだが、まあ、あやつの心の持ち様だからな。シャミ子、今晩決行するぞ〉
「お願いします。ご先祖」

その日の晩ご飯の時の桃は普段と変わらない様子でしたが、やっぱり部屋に戻る時は少し元気が無い様子でした。“何か悩みでもあるんですか”と聞いてみても“最近ちょっと寝不足なんだ。季節の変わり目で体調崩しちゃったかな?”とはぐらかすような返事があっただけでした。桃が眠らない事には夢には入っていけません。焦る気持ちが無いと言えば嘘になりますが、私は晩ご飯の片付けをしたり明日のご飯の下拵えをしたりして時間を潰しました。そうして日付が変わる頃、懐かしのご先祖ルームにご先祖と集合しました。

「桃色魔法少女はまだ眠りに入っていないようだな。少し待ってみるか?」
「そうですね。引き返す意味も無いですし」

しかし、ご先祖ルームで待てど暮らせど桃の夢のチャンネルは開きません。丑満時にかかっても、扉が閉まっているどころか扉の影も形も見つかりませんでした。

「やはり、あやつ眠っておらんのか……?」
「どういうことですか?ご先祖」
「仕方ない、奥の手を使うぞシャミ子よ」

そう言ってご先祖がテレビを付けると、“ドンっ!”とまるで0%0%0%が降って来た時のような効果音が鳴り響き、瞬きする間に見慣れたスロットが画面で回り始めました。

「ご先祖、これは……?」
「うむ、いくら眠っておらんとはいえ全く船すら漕がん状態ではあるまいて。その隙を突いてあやつの深層心理に潜るぞ」
「船を漕いでしんそうに潜る……?原子力潜水艦ですか?」
「すまん、余が悪かった……。とにかく、画面をよく見てくれ。高速であやつの写真が切り替わっておるだろう?お主が眠っている瞬間の写真を目押し出来れば夢に潜る事が出来るハズだ。なに、ピンク玉のペースト混ぜ混ぜに比べれば猶予フレームは長い」

ご先祖が一気に捲し立てた難しい話はよく分かりませんでしたし、古代メソポタミアに縁のあるまぞくが昨今のゲーム用語を口にする光景は大変シュールなものでしたが、とにかく桃に会いに行く方法は分かりました。それに、私も伊達にレトロゲームを遊び込んでいません。

「分かりました。ではご先祖、行ってきます!!」

私が意気込んでタイミングを見計らいAボタンを押すと、周囲の景色がバリンと割れて、私はいつしか飛び込んだ泥の中へと落ちていきました。泥を払って周囲を見渡すと、幼い桃がたまさくらちゃんのぬいぐるみを抱いてうずくまって泣いていました。幼い桃は私に気付くと顔を上げ、慌てて涙を拭って言いました。

「お姉ちゃん、前にお掃除してくれた人……?」

幼い桃は私の事を覚えてくれているようでした。以前は強がっていましたが、今回はなんだか年相応に幼い気がしました。

「そうですよ。色々とお話ししたい事はありますが、何はともあれ大掃除ですっ。なんとかの杖!!すごい掃除機モード!!」

バケツとホウキでなんとかした前回とは違い、今回の私には心強いアイテムがあったので、あっとう言う間にお掃除できました。吸い込まれた泥はどこに消えたのか?それを考えてしまうと杖の変身が解けてしまう気がしたのでまぞくは考えるのをやめました。でも、今回は泥を片付けてもまだまだ景色は暗いままで、幼い桃も未だにうずくまったままでした。私ははたと気が付いて、幼い桃が抱きしめているたまさくらちゃんを見遣りました。彼女の涙を一身に受けているその子は、ところどころ糸がほつれ、見慣れたたまさくらちゃんより色褪せて見えました。きっとこの子の状態に桃を闇落ちさせようとしている原因がある、私はそう確信して幼い桃に提案しました。

「ねぇ桃、お姉ちゃんと一緒にたまさくらちゃんを綺麗にしてあげませんか?」

彼女はぐっと唇を閉じたまま黙って頷きました。この状態で洗ってしまうと余計にボロボロになってしまいそうだったので、まずはほつれを直す事から始めました。私は桃愛用のソーイングセットを思い浮かべ、召喚した針と糸でほつれたところを直していきました。4万円生活の呪いの中で培った裁縫技術をいかんなく発揮する時が来たのです。ほつれを直した後はお洗濯ですが、私はもうタグの確認を怠ったり手洗いのやり方を間違えたりはしません。制服一着をダメにした甲斐があったというものでした。

「それでは最後の仕上げです。なんとかの杖!!すぐに綺麗によく乾く物干し竿モード!!」

ほつれを直して綺麗に洗ったたまさくらちゃんをネットに入れて干してあげると、すぐに“シュッ”と音がして水気が一瞬で無くなりました。ネットからたまさくらちゃんを取り出して、不安そうに見守っていた幼い桃に渡してあげると、彼女はようやく明るい笑顔を見せてくれました。

「ありがとうお姉ちゃん、たまさくらちゃん綺麗な猫さんに戻ったよ」
「良かったですね、桃」

私がそう応えると、今度こそ周囲の景色が晴れてきました。ぬいぐるみに頬擦りする幼い桃も見納めですが、出来ればもう会えない方が良いのかもしれません。私は夢が終わる前に、桃に言葉をかけようとして、でもやっぱりやめにしました。

(桃、ここからは夢の外でお話ししましょう)

明るかった景色がさらにボヤけ、幼い桃の姿が遠くなっていきましたーーー。


(ーーーありがとう、シャミ子……)
「どういたしまして、桃」

耳元から馴染みのある声が聞こえてきた事で、私の意識は急激に覚醒した。私が目を開けると、目を細めながら枕元でちょこんと頬杖を付いているシャミ子と目が合った。

「どうしてシャミ子がここに……?」
「あ、ごめんなさい、起こしてしまって。えっと……、合鍵で入ってきちゃいました」

以前、私が不安定な闇落ち状態になった時、まともに扉も開けられないしスマホの操作も出来なくなった。そのため、みんなが異変に気付いた時に部屋に入って来られるようシャミ子に合鍵を渡していた。

「ごめんね、また心配かけちゃって」
「……ひょっとして、私がお家ご飯に誘うようになったからですか?あれから、桃の元気が無くなった気がします……」

泣きそうな声で、シャミ子がそう言った。確かにきっかけはそうだったかもしれないけれど、本当の原因はそうじゃなかった。私はもうこの件に関しては何もかも打ち明けるべきなのだろうなと思った。

「私、シャミ子がお家ご飯に誘ってくれて嬉しかったよ。家族で食卓を囲うなんて初めてだったし、楽しいと思ってる。これは本当」
「じゃあ、どうして……」
「毎晩、こっちに帰ってくると……、寂しくなっちゃって……」

そう口にして、少しだけ後悔した。まさかこんな子供っぽい理由で闇落ちしかけるなんて思ってもみなかったし、お弁当の件で今更だったけど、それを言葉にするのは恥ずかしかった。それでも、シャミ子の好意を無下にするより良いと思った。

「そう、だったんですね。ごめんなさい、話し辛い事を聞いてしまって。その……、じゃあ、恥ずかしついでに桃が今抱っこしてるその子の事も話してもらえると嬉しいなぁ、なんて。手芸屋さんに行ってたのって、その子の材料を買うためだったんですよね?」

そう言って、シャミ子が照れた様子でわたしのお腹に視線を向けた。恥ずかしさのあまり再び闇落ちしそうになるのをぐっと堪え、ここまできたら今更隠す事も無いだろうと私は意を決した。

「子供の頃からずっと、たまさくらちゃんを抱いて眠ってた。でも、最近それでも眠れなくなって……。だから、その、シャミ子のぬいぐるみを作って一緒に抱いたら眠れるかなって……」

結局は丑満時まで船すら漕がなかったんだけど。“えへへ……”とさらに照れるシャミ子には敢えて触れず、私は更に話を続けた。

「でも、本当に大事だったのは、どうして私がそうしていたかだったんだね。私、たまさくらちゃんがこんなにボロボロになってたなんて、今までずっと気付かなかった。小さい頃から、姉がいなくなってからずっと一緒なのに、ね……」

互いに割り切ったと思っていたつもりだったが、やはりシャミ子の前で姉の事を話すのは気が引けた。

「それで、たまさくらちゃんを抱いて眠るようになったんですね……」
「うん……、変かな?」
「そんなことないですよ。可愛げがあって良いじゃないですか」
「まるで普段の私に可愛げが無いみたいな風に聞こえるけど?」
「そこは引っかからなくて良いです」

思わず二人で吹き出して、真夜中にくすくす笑い合った。今なら普段は言えないような事でも口にできる気がした。

「ねぇ、シャミ子」
「なんですか?桃」
「今日は、その……、シャミ子を抱き枕にしても良いかな?」
「今日の桃はずいぶん素直で甘えんぼさんですね」
「シャミ子が悪いんだよ。私、闇落ちしてから弱くなっちゃったし」
「じゃあ、桃が寂しい気持ちになった時に、私が抱き枕になってあげるくらいは仕方ないですね」
「そうだよ、仕方ないんだよ」

そんなやりとりを交わしながら、私はソファに上がってきたシャミ子を抱きしめた。他人の体温の温もりを長い間忘れていたような気がした。

「ねぇ、桃」
「なに?シャミ子」
「朝になって目が覚めたら、一緒にこの子を直して綺麗にしてあげましょうね」
「うん、そうだね。そう、しよう……、シャミ…」

もっとシャミ子とお話していたかったけれど、もう目蓋を開けている事も声を発する事も出来なかった。そうして微睡む私にささやくような声が聞こえた。

「ねぇ、桃。私、やっぱり一人で抱え込んでしまう桃が心配です。少しずつで良いんです。私やミカンさん、ご先祖に頼ってもらえると嬉しいです。これは夢じゃないので暗示じゃないですよ?私からのお願い、です」

言葉に代わって私の目蓋から一雫が零れ落ち、シャミ子の前髪を濡らした。

(おやすみなさい。桃、良い夢を)

 

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