六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

やさしいまぞく

私が初めて桃と出会った時の印象は、背が高くて大人っぽくて、それにクールでカミソリしてて、そんな感じでとにかく宿敵感に溢れていました。
でも、今こうして私の目の前で静かに寝息を立てているあどけない顔からは、そんな雰囲気は微塵も感じられません。こうして化けの皮……、ではなく薄皮一枚剥けた桃は、名前の通りとっても傷付きやすくて子供っぽくて天然さんで、今はもう最初と印象が全然違います。本当の桃は甘えんぼさんなんです。
私からはそんな風に映る桃ですが、今でも相変わらず何かにつけて私の頭を撫でたりぽんぽんしたり、まるで私の方が歳下みたいな扱いでお姉ちゃん風を吹かせています。本当は私の方が誕生日数ヶ月分お姉ちゃんなんですよ?誕生日だけじゃありません。私には良子という妹がいて、桃には桜さんというお姉さんがいます。つまり、リアルに姉と妹なのです。桃にはその立場をしっかりと弁えて頂き、本来ならば大人しく私に頭をぽんぽんされるべきなのです。今の私が桃の頭をぽんぽんするにはヒールか背伸びが必要ですが、そのうちきっと毎日のトレーニングの成果が実を結ぶと信じています。

「ん……」
「桃?まだ朝には早い……」

そんな決心を知ってか知らずか、耳に心地良い桃の声が聞こえてきました。私は返事をしようと口を開き、しかし桃の様子にはたと気付いて言葉をそこで止めました。桃の瞼は未だに降りたまま、規則正しい小さな寝息が聞こえています。寝言、ですね……。
そうして眠っている桃の口からは、それからいつも決まって同じ言葉が紡がれます。私は、その言葉と一緒に桃の瞼から零れ落ちたモノをそっと指で掬い取り、今日も彼女の背中をさすってあやしながら、目覚まし時計がこの時間に終わりを告げるのを待つのです。

大丈夫ですよ……。桃の事、私がちゃんと守ってあげますからね……。私が、桃をーーー。

 

『やさしいまぞく』

 

ーーーねぇシャミ子、私、いつも同じ夢を見ているような気がするんだ。その夢がどんなだったのかは目が覚めた時に忘れてしまうんだけど、私は決まってその夢の中で誰かと離れ離れになって、寂しくて堪らなくて、でも、そんな時に他の誰かが手を繋いでくれるような、そういう夢を。だからそう、きっと悪い夢なんかじゃないんだよ。だって、少し前まで私が見ていた夢は、誰かと離れ離れになったところでいつも終わってしまっていたんだから。そんな寂しい気持ちに苛まれたまま朝を迎えて、目が覚めて最初におはようを伝える相手がたまさくらちゃんのぬいぐるみだったんだから。
それが今、目を覚ました私の目の前に、少しトロンとした眼差しのかわいいまぞくがいてくれて、私、それが凄く嬉しいんだ。本人の前でこんな事恥かしくて言えないけど……。あ、たまさくらちゃんの事だって今でも推しのままだよ?ただちょっとベクトルが違うっていうか……。とにかく、朝一番にこうしてシャミ子と言葉を交わせる事が、私、凄く幸せだよ。

「おはよう、シャミ子」
「おはようございます、桃」

そう、私は能天気にもシャミ子の前でそんな事を考えてたんだーーー。

 


ーーー私たちの最近の朝の生活サイクルは専ら、シャミ子が朝ご飯とお弁当の準備をしている間に私が自分のトレーニングをこなし、帰って来た私と合流して今度はシャミ子のトレーニング、その後は一緒にシャワーを浴びて、吉田家で朝食を取りお揃いのお弁当を持って学校へ、という風に確立されていた。日曜日だけはお寝坊さんにしようと二人で決めていたけれど、私はともかくシャミ子にとっては辛くないだろうかと考えなかったわけではなかった。
しかし、シャミ子に“私に合わせて早起きするの辛くない?”とメタ子にしたのと同じ質問を何度か聞いてみたけれど、“良子と一緒に早寝早起きだったのでそんなに変わらないですよ?”と返ってくるばかりで、今の生活習慣が当たり前になっていた。そうして、あまりに私が同じ事を尋ねるものだから、シャミ子はついに“もぉ、桃は心配性ですね”と言って病院での定期検診の結果を見せてくれたり、“じゃあ、今度の検診に一緒に来てもらえますか?”とまで言われたりしてしまった。そこでシャミ子の主治医の先生からも、“あぁ、君の話はよく聞いてるよ。優子君が以前よりずっと健康でいられるのは君のトレーニングの効果も大きいだろう。無理せずに今のペースを続けてくれると私も助かるよ“とまで太鼓判を押されてしまったものだから、私はなんだか居心地が悪くて、曖昧な返事をしつつ頰を指先で掻くしかなかった。こうなると、得意げにドヤ顔をきめているシャミ子が余計な一言を言って私がそれにデコピンで応えるのがいつものパターンだったが、隣に座る彼女の方を見遣ると、“ね、桃の杞憂だったでしょう?”と穏やかに微笑み返されるだけで、私はさらにバツの悪さを覚えてしまうのだった……ーーー。

 


「ーーー……って感じでシャミ子に料理を教えてもらう事になったんだけど……、ねぇミカン?聞いてる?」
「えーっと……、あ、桃?この紅茶甘過ぎたわよね?私、お砂糖入れ過ぎちゃったかしら?」
「いつも通りクエン酸が効いてて少し渋いよ……。じゃなくて」

私は、そう言いながらレモンティーに追いレモンをブッ込もうとするミカンを制止して、どうやったら脱線した話題を元に戻せるかと思案した。私が自分の紅茶を死守した事で矛先が失われ、死んだ魚の目をしたミカンに追いレモンを加えられた彼女のレモンティーは、もはや紅茶としての色素を失い、殆どホットレモンと言って差し障り無い見た目に成り果てていた。

「ちゃんと聞いてたわよ?あなたとシャミ子がラブラブだって話よね?」
「らぶっ!?」

酸味のせいでただでさえ紅茶がむせやすくなっているというのに、ミカンが不意にそんな事を言うものだから私は思わず咳き込んだ。しかし、会話に爆弾を落とした当の本人は、涼しい顔でホットレモンを飲みながら、そんな事は知った事かと話を続けた。

「だってそうでしょ?いつもはグルチャもろくに読まないあなたが、突然〈シャミ子の事で相談に乗って欲しいんだけど、今時間あるかな?〉なんてメールしてくるものだから身構えちゃったのに、それで延々と惚気話を聞かされてもうご馳走様って感じよ。ウガルルだって起こされて拗ねちゃうし」
「あれはミカンが叫んだから……」
「何か言ったかしら?」
「いや、別に……」

〈今は手が離せないから私の部屋に来て〉と、メールを送ってから秒で返信をもらった私はすぐさま二部屋隣のミカンの部屋に赴いた。そうして、ミカンに膝枕されているウガルル、という光景を目の当たりにした私が、”やっぱりミカンはママって感じだよね”と率直な感想を述べたところ、”ママじゃねぇ!!”と叫んだミカンに驚いてウガルルが起きてしまった、と、そういう経緯があった。

「まったく……、あなたってば胃袋をがっつり掴まれるだけじゃ飽き足らず、添い寝してもらったり、一緒にお風呂に入ったり、二人で台所に立ってご飯作ったり、聞いてるこっちが恥ずかしいわよ。付き合い始めの恋人を通り越して、同居したての結婚秒読みの婚約者か新婚さんのカップルね。病院での件なんて、まるで二人で産婦人科にでも行って来たみたいな話っぷりだったわ」

これは……、私がさっき‘ママ“と言った事への意趣返しだろうか?自分で相談を持ちかけておいて薄情な話だが、正直もうここで話を切り上げて帰りたくなってきた……。呆れた様子のミカンから、改めて自分達のしている事をこうも捲し立てられると恥ずかしくて仕方ない。

「えっと……、なんだか誤解があるみたいなんだけど、私が言いたいのは私とシャミ子が何をしてるかじゃなくて、その、シャミ子の様子が最近変だっていう事で……」
「今日の話を聞くまでもなく、側から見てると前より親密になったと思ってたわよ?」
「いやその、上手く言えないんだけど……、大切にされてるのはいくら鈍感な私でもわかるよ?だけど、“宿敵!”みたいな感じが無くなったというか、前とはお世話の焼かれ方が変わった気がするというか……」

以前から食に関してはシャミ子や吉田家にほぼ10割の依存度であったので今更の話だが、一緒に台所に立つようになってからしばらく経った頃から、なんだか過度に気を遣われているような気がしていた。

「恋人でも婚約者でも新婚さんでも、それに宿敵でもないなら今のあなた達の関係って何なのかしら?私のウガルルへの接し方とも少し違うみたいだし、そうじゃなきゃまるで……、まるで……」
「ミカン?」

そう言ったっきり、さっきまでおざなりな様子だったミカンは、急に声のトーンを落としたかと思うと何やら難しい顔で押し黙ってしまった。

「一応聞くけど、レモンの入れ過ぎで気分が悪くなったわけじゃ「ないわよ」

食い気味にそう言ったミカンだったが、未だに浮かない表情で何かを考え込んでいる様子だった。しばしの間、私達の間には沈黙が流れたが、ミカンはやがて意を決したように大きくため息を吐いて言った。

「はぁ……、あなた達って変なところでよく似てるのね」
「言ってる意味がわからないよ。……まさか、シャミ子がこないだ私が闇落ちしかけた時みたいになってるって事!?」
「あら?今日は“そういうところだぞ”って感じでも無いのね。じゃあ大丈夫かしら?ねぇ、これからする私の話を聞いても、闇落ちしないって約束してくれる?」
「え?……うん、努力はするよ」

さっきから一人で怒ったり沈んだり安心したりと一喜一憂に忙しいミカンだったが、とにかく何かを察しているらしい。具体的な内容はまだわからないが、それはシャミ子が闇落ちするような私が闇落ちするような……、でもミカン曰く大丈夫との事なので、とにかくお腹をくくって話を聞くしかないと思った。ミカンは今度は軽く深呼吸すると、約束、守ってよねと念押しして口を開いた。しかしその時、隣の部屋、つまり吉田家の方から喧騒が漏れ聞こえてきた。

(お姉?ぼーっとしてどうしたの?え?ちょっとお姉!?誰か!!桃さん!!)

「シャミ子!?」
「前言撤回よ、桃。やっぱり私から話す事じゃないわ。ちゃんとあの子と話をして、自分で確かめていらっしゃい」
「うん。良ちゃん!!すぐに行くから!!」

私は壁越しに良ちゃんにそう呼び掛けると、突貫修理されていた玄関の扉を吹き飛ばしてシャミ子の元へ急いだーーー。

 


ーーー学校からの帰り道に桃と一緒に夕食の買い物をして、一緒に宿題をして、一緒に夕方のトレーニングをして、一緒にお風呂に入って、一緒に夕食を作って、みんなでご飯を食べて、そういういつも通りの放課後を過ごす予定だった私ですが、なんだか今日は途中からぼーっとしてしまってお家に帰ってからの記憶が曖昧です。いつのまにか私は、身に覚えがあるふかふかの上に寝転がっているようでした。そうして感触が戻って来て、だんだんと頭のモヤが晴れてきたところで目を開けると、見慣れたピンク色のシルエットが私の顔を覗き込んでいました。

「むにゃ……。あれ?桃、おはようございあでっ!!」

挨拶も途中にデコピンをくらってしまいました。理不尽です。魔法少女が眠っている女の子にする事といえばもっとこう他に毒リンゴとか……、いやいやそれじゃ永眠です。そもそもそれじゃ魔法少女じゃなくて魔女じゃないですか。起こされるならやっぱり白馬に乗った男装の麗魔法少女が良いです。ともかくそんな事を一瞬で考えているうちにすっかり目が覚めました。

「いきなり何をするんですか!?」
「良ちゃんに心配かけたバツだよ?」
「良子に心配……?えっと……」
「覚えてない?家でいきなり倒れたの」
「え……?」

私、またどこか悪いんでしょうか?

「やっぱり覚えてない。まあ、倒れたといっても、いきなり眠りこけただけみたいだけど」
「そう……、だったんですね。心配かけてごめんなさい。良子にも謝らないと……。と、それならどうして私、桃の部屋で寝てたんですか?」

お家で倒れたならお布団に寝かされるハズですが、今はいつもの桃の部屋のベッドの上です。薄らと桃の果実の香りがします。

「良ちゃんに断って私の部屋に運んで来た。その、シャミ子の目が覚めたら話がしたくて」
「運んだって……、ひょっとしてお姫様抱っこですか!?」

自分でも尻尾がブンブンしなっているのがわかります。そんな一大イベントに眠りこけてたなんて、まぞく一生の不覚です!!

「そこは引っ掛からなくていい。それより急にどうしたの?このあいだお医者さんはああ言ってたけど、やっぱりトレーニング辛いんじゃ。アルバイトだってしてるのに」

ガチトーンの桃に呆気なくスルーされてしまいました。真相は闇の中……、いえ、後で良子に聞いておきましょう。それよりも、本気で心配している桃にこれ以上冗談で返すとデコピンじゃ済まなくなってしまいそうです。

「いえ、そうではなくて。えっとその……、なんだか最近寝不足で」
「寝不足?殆ど一緒に寝起きしてるのに?」
「ぇ………、ぁ………」
「シャミ子、やっぱり何か隠してるよね?」

やっぱりという事は、桃がさっき言ってた話がしたくてってこういう事だったんですね……。

「も……、黙秘権を行使します……」
「片手ダンプで怪我したの、黙ってたら怒られたんだけど」
「今その話を引き合いに出すのはズルくないですか?」
「ズルまほうしょうじょで結構だよ。私が闇落ちしちゃうような事は話せない?」
「それがわかってて、どうして聞こうとするんですか……?」
「シャミ子は私を眷属にしたいんじゃなかったのかな?魔法少女の闇落ちを心配するなんて、シャミ子はやっぱり変わったまぞくだね」
「まぞくを鍛えて強くしようとする魔法少女だっておあいこですよ」

軽口で応酬してみたものの、桃に何があったのかは話すわけにはいきません。桃は何かがあった事には気付いているようですが、具体的に何があったかまでは知らないみたいです。ところが、どうやって切り抜けようかと思案している間に、桃は私が思ってもみない事を口にしました。

「ねぇシャミ子、私たちは共闘関係を結んだ宿敵でしょ?なんだか最近のシャミ子は私の事を凄く気遣ってくれてるけど、シャミ子は私のお姉ちゃんの真似みたいな事はしなくて良いんだよ?私、シャミ子にはシャミ子のまま側にいて欲しいって思ってる。だから……、シャミ子……?」

桃が言葉を詰まらせ、驚いたような戸惑うような声で私の名前を呼びました。でも、私は視界がボヤけて表情を窺う事が出来ません。ポロポロ、ポロポロと涙が零れ落ちて桃の顔が見えないのです……。

「私……、どうして……、そんなつもりじゃ……、なのに、桃の事傷付けて……」
「シャミ子、落ち着いて。私、シャミ子のしてくれた事で傷付いてなんていないよ。気遣ってくれるのだって本当に嬉しいと思ってる。でも、それでシャミ子が無理をしてしまって、そんなに悲しそうにしてる方がよっぽど闇落ちしちゃいそうだよ……。私は大丈夫だから、何があったのか話してくれないかな?」

本当の事を話したら、桃はきっと傷付きます……。でも、このまま黙っていてもきっと同じ事です。板挟みです。それでも私は話したくなかったんです。だって……、だって……、

「だって、桃……(ぐすっ)いつも寝言で”お姉ちゃん”って……(ひっく)そう言って、泣いてて……(えぐっ)私が、桃のためだと思って、色んな事、思い出させちゃったから……っ……」

言ってしまいました……。言葉も涙も止まりません。桃が闇落ちしたら私のせいです……。それなのに、どれだけ、どれだけ拭っても、ポロポロ、ポロポロと涙が止まりません。

「そっか……、そうだったんだね……、ごめんねシャミ子、こんなに苦しい思いをさせて、ごめん」

でも、桃は闇落ちしませんでした。涙で視界がぼやけて顔色を伺う事は出来ませんが、いつもと変わらない桃の香りがそっと私を包んでくれたからです。

「桃……?平気、なんですか?」
「うん……、私ホントは心のどこかでわかってた。いつもね…誰かと離れ離れになる夢を見て、でも最後には誰かが手を取って助けてくれるの。んーん……、誰かじゃないよね、シャミ子が助けてくれてた事に甘えてたんだよ……。だからシャミ子、こんなに泣かないで。私は大丈夫だから」
「私が泣いてるんじゃないです……」
「だってこんな……」
「私じゃないんです……。私、桃の涙を掬うと、いつも悲しい気持ちがいっぱい流れて来て、だから、だから私、涙が、止まらないんです……」

桃はあの日、落ち込んでいた私を連れ出して河原で言ってくれました。私がやっていた事は特別な事なんかじゃない、って。ただ、人より少しだけ共感する力が強いだけなんだ、って。だから今の私には、そう言ってくれた桃を抱きしめ返して、背中をさすってあげる事しか出来ません。私はいつだって、特別な事は出来ないんです……。

「私が言ったこと……、そんなのズルまぞくだよ……」
「ズルまぞくでも構いません。それで、少しでも桃の心に触れられるなら。私、桃の気持ちを聞かせて欲しいです」
「シャミ子……、私、ホントは……、ホントはお姉ちゃんに会いたい……。会いたいよ……。でも、そんなこと言ったらシャミ子を困らせちゃう……」
「もう、一人で我慢しなくたって良いんです。良いんですよ、桃」

私、桃に笑って欲しいとずっと思ってました。桃が笑って過ごせるなら、きっとそれが救いだって。でも、ひとの気持ちはそれだけじゃ足りないんです。私は、桃に笑って欲しいのと同じくらい、一人で無理して抱え込まずに私の前でくらいは泣いて欲しかったんです。全てを擲ったかのように涙を流す桃の姿は、まるで、過去に置き忘れられていた悲しい気持ちが今になってようやく追い付いてきたようでした。たまさくらちゃんを抱えて泣いていた、夢の中で出会った小さな桃の気持ちがーーー。

 

 

ーーーひとしきり二人で泣いて、肩を寄せ合い、そうして日が落ちる頃、先に沈黙を破ったのは桃でした。

「……ねぇシャミ子、最近ずっと私の方に構いっぱなしだったけど、良ちゃんの事はいいの?」
「良子のこと、いつも気に掛けてくれてありがとうございます。いいんです。私がこうしてる方が良子はおかーさんに甘えられるので」
「またそういうネガティブな事を言う……」

桃は私が自分の事を卑下してそう言ったように受け取ったらしく、頬を膨らませてムスッとした顔でそう言いました。泣き腫らして赤くなった目と相まって、まるで駄々をこねた子供が拗ねてるみたいに見えて可愛いですよ?

「桃は私のことを考えてそう言ってくれてるんですよね。それは嬉しいです。でも、そういうネガティブな理由じゃないんです。私が入院してた時、おかーさんは私に着きっきりで、良子には小さい頃から寂しい思いをさせてたと思うんです。しっかりしてるのも大人っぽいのも、ああ見えて無理してそう振る舞ってるところもあって、私の前だと今でも遠慮してる気がするんですよ」
「シャミ子……」
「だから、私がこうして桃のところに来てる間、良子をおかーさんと二人っきりにしてあげられるんです。私がそうしたいんですよ」
「そっか……、良ちゃんの事、よく考えてるんだね。まるでお姉さんみたい」
「なっ、お姉さんですよ!?」
「私の知ってるお姉さんはそこまでしっかり者じゃないよ?」

自分の思い出を懐かしむような、そして私を諭すような、どちらとも付かない優しい口調で桃が言いました。

「桃……」
「それに、本人に直接お世話を焼くだけがお姉ちゃんの役割じゃないって、シャミ子はちゃんとわかってるんだよね」
「そう……、なんでしょうか……」
「うん、きっとそうだよ」

私は桃に出会ってから、桃の方が良子のお姉さんっぽいなと思ってしまうことが度々ありました。良子が本当に欲しい物に気付いたり、私がわからないカメラやパソコンの事を教えてあげたり、桃は本当に良子に良くしてくれています。私、自分で言うほどお姉ちゃんしていられるか自信がありませんでした。でも、そんな私を桃は良子のお姉ちゃんだと言ってくれました。

「だから、改めて言うね。シャミ子は私のお姉ちゃんにならないで…。シャミ子は世界でたった一人の、良ちゃんのお姉ちゃんなんだから」
「……はい」
「だから、だからね、これからもシャミ子には世界でたった一人の私の宿敵でいて欲しい。ダメかな?」
「ダメじゃない…です。桃と私はこれからもずっとずっと、かけがえないのない大切な宿敵ですよ」

私、桃の側を離れません。お姉さんの代わりじゃない、宿敵としてーーー。

 


ーーー微睡から浮かび上がると、静かに寝息を立てているあどけない顔が今日も一番に目に入ります。私、桃のお姉ちゃんになる事は出来ませんでした。でもそれで良かったんです。桃の側にいるために誰かの真似をする必要なんて無かったんです。悲しい気持ちが涙になって溢れてもいいじゃないですか。お姉ちゃんじゃなくたって、その涙を受け止める事は出来るんです。
それでも私は、こうして肩を寄せ合って、同じ目線の高さでいられるこの時間が大好きです。無理して背伸びなんてしなくても、こうして桃の頭を撫でたりぽんぽんしたり出来るこの時間が大好きです。そうしてサラサラの髪に触れていると、ゆっくり目蓋を開いて目覚めた桃が、私に朝一番に声を届けてくれるこの時間が大好きです。

「おはよう、シャミ子」
「おはようございます、桃」

私は、二人で目覚まし時計よりほんの少しだけ早く起きてお喋りする、一緒に過ごすこの時間が大好きです。

 

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