六連星手芸部員が何か書くよ

基本的には、ツイッターに自分が上げたネタのまとめ、アニメや漫画の感想、考察、レビュー、再現料理など。 本音を言えばあみぐるまーです。制作したヒトガタあみぐるみについて、使用毛糸や何を考えて編んだか等を書いています。

嫉妬

塞ぎ込んだ私の心を開いたのは、夢結だっだ。
塞ぎ込んだ夢結の心を開くのは、自分だと思っていた。


『嫉妬』


私が遠征から帰って来たあの時、まず初めに視界に飛び込んできたのは、窓硝子に写り込む涙を流す夢結の姿だった。美鈴様との思い出の桜を遠くに眺める彼女の姿を見るのは、こうして一緒に過ごすようになってから一度や二度ではなかった。今もこうしているように、彼女の傷に触れないようその涙を見て見ぬふりをして言葉を紡いだり、時には夜中にうなされる彼女の背中をさすってあやしたり、奥手な献身を繰り返してきたつもりだった。互いの傷を知りながら互いにそれに深くは触れない、そんな曖昧な関係の先にもいつかきっと、そう思っていた。
でも、素直に“ありがとう”と言葉を返す夢結の姿に私は内心動揺した。私が不在にしていた間に何かが決定的に変わっていた。

夢結が変わった原因はすぐにわかった。彼女の可愛いシルトである梨璃さんが、学院に襲来したヒュージとの戦いの中で夢結の心の傷に触れた。拒絶されながらも夢結を抱き留めた梨璃さんに、彼女の心は大きく揺さぶられた。
相変わらず素っ気無いところはあるけれど、夢結は以前のように柔和な笑顔を見せるようになった。相変わらず不器用なところはあるけどれど、夢結は他人のために行動して心を砕くようになった。それは、私が望んでいた彼女本来の姿のハズだった。


梨璃さんの誕生日の早朝、私は布の擦れる音を聞きながら背中で夢結を見送った。可愛いシルトのために外出届まで出し、こっそり抜け出すように部屋を出て行く夢結の様子が可笑しくて、私は背中を丸めながら声を殺してクスクスと笑った。笑いながら、波がこぼれた。

梨璃さんの誕生日を祝い帰って来た夢結は、どこか心こにあらずで、でもどこか満ち足りた雰囲気だった。あの夢結をこんなに可愛くしてしまうなんて……。私もそれが嬉しいと、私こそ素直に伝える努力をすべきだった。

「レアスキル、カリスマ。類稀なる統率力を発揮する、支援と支配のスキル」

そうして私の唇が紡いだ言葉は、夢結の顔を、気持ちを曇らせるには十分なものだった。こんな事を、本当は言うつもりじゃなかった。私は、自分の拗らせた性格を心の中で自嘲した。ただ私は、夢結にイジワルがしたくてそう言ったに過ぎなかった。それが彼女を苦しめる事になるとも知らずに……。

私が嫉んでいるのは梨璃さんを寵愛している夢結?それとも、私が妬んでいるのは夢結の寵愛を受ける梨璃さん?

 

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人魚はなぜ、少女の守護天使になったのか

「ーーーこっちおいで」
「ん……」

結梨がいなくなって、梨璃が酷く落ち込んで……。一柳隊の皆も、もちろん自分もアンニュイな気持ちを抱えて、こうして誰かに寄り添っていたかった。

「のぉ、百由様……」
「なぁにグロッピ」
「あやつは、結梨は……、どうして一人であの海の向こうに逝ってしまったんじゃろうか……?」

明確な答えを得られると思っていたわけでは無かったが、そう聞かずにはいられなかった。アンニュイな自分の心の内を整理したかった。ところが百由様は、表情を曇らせ俯きながらそれに応えた。

「原因は……、私のせいよ」
「え……?」

それは思ってもみなかった言葉だった。

 

『人魚はなぜ、少女の守護天使になったのか』

 

「百由様……?藪から棒に何を言っておるのじゃ?百由様は理事長代行と一緒に結梨のために動いてくれておったではないか」

ヒュージとして政府やGEHENAに処分されかかっていた結梨がヒトであると証明したのは他ならぬ百由様だった。それが一体どうしてそんな話になるのか。

「違うわ。原因はもっと前よ」
「もっと前?」
「競技会で……、エキシビションマッチで、結梨ちゃんに勝たせてはいけなかったのよ……」
「何を……、言って」

それはきっと、良くない話に違いなかった。

「あのヒュージロイドは夢結たちが三人がかりで倒したヒュージを模して作ったものよ。本来、リリィが一対一で勝てる相手じゃ無かったわ。でも、結梨ちゃんは生まれ持った才能と強さでそれを成してしまった。何よりも集団で、レギオンで戦う必要性を伝えなきゃいけなかったのに。あぁ私……、梨璃さんに何て言って謝ったら……」

百由様はそこまで一気に捲し立てた。早口なのはいつもの通りだが冷静さと余裕が足りない。

「それなら百由様のせいではないぞ。予定通りわしが参加してコテンパンにされておれば良かったのじゃ」

それを聞いた百由様の表情には後悔がありありと見てとれた。意地の悪い言い方だとは思ったが、こうでもしないと考えを改めてくれそうになかった。

「え……?違う、私、そんな事……、そんなつもりじゃ……、グロッピのせいじゃ……」
「落ち着くのじゃ百由様」
「だって!!」
「百由様、ん……」

わしがおさげを乗せた膝をポンポンと叩いてみせると、百由様はまるで条件反射のようにおずおずと横になり、借りてきた猫のように大人しく膝枕された。

「落ち着いたかの?」
「うん、いいにおいがする……」
「なっ……、に、を言っておるのじゃ……」

目を閉じて小さく鼻をすんすんさせながら百由様が言った。夢結様といい梨璃といい、この学院では髪のにおいをかぐという行為がある種のスキンシップのスタンダードなのだろうか?楓も梨璃にバレないように事に及んでいるのを見た事があるし、神琳と雨嘉が自然体で互いにそうしている情景にアテられたのも一度や二度ではない。ただ、一柳隊の中で一番猫っぽい梅様と鶴紗が猫を吸っているのはよく見かけるが、髪のにおいをかいでいるのは見た事が無いあたりよくわからない。二水は……、あのノートに何が書かれているのか考えるのは今はよしておこう……。

「のぉ百由様、言った通りじゃ。百由様だけのせいではないのじゃ」
「そんな事……」
「それにの……、もし、さっき百由様が捲し立てた話を皆の前でしたらどうなると思う?」
「どうって……」
「わしの代わりに結梨をエントリーさせたのは……、梅様じゃ」
「あ、あぁ……」

百由様は両手で顔を覆って声にならない声を上げた。わしはそんな百由様の頭を撫でながら言葉を続けた。

「それに、わしや梅様だけではない。あの場では梨璃や夢結様も、学院の皆が結梨の背中を押してしまったのじゃ。百由様だけの責任ではない」

その歓声が後にどんな悲劇を引き起こすのか、あの時は誰もそれに気付かずにあの場の空気に飲まれていた。

「その理由なら……、わかるわ。おそらく、結梨ちゃんのカリスマのレアスキルよ」
「カリスマ?結梨はフェイズトランセンデンスと縮地のデュアルスキラーではなかったのか?」
「あの子のヒトとしての要素は梨璃さんに由来するわ。リリィとしてのスキラー数値も同じ。にも関わらず、あのヒュージに唯一デュエルで対抗出来るフェイズトランセンデンスと縮地のデュアルスキラーなんて都合の良い偶然はおかしいのよ。おそらく、あの子が望むならあらゆるレアスキルを体現出来たでしょうね……」

そういえば結梨は、わしらのにおいから感情を読み取っていた。あれは感知系のレアスキルから零れ落ちたモノだったのかもしれない。

「私、前に言った通り結梨ちゃんの事と一緒に梨璃さんのレアスキルも調べていたわ。あの子たちの事、もっと早くわかっていたら……」
「そう来るか。百由様は強情じゃの」
「うん……、でも梨璃さん達にこの話をしちゃいけない事はわかったわ。本当ならグロッピにも……」
「百由様が機密事項をわしにうっかり話してしまうのは今に始まった事ではないがの」
「それとこれとは」
「同じじゃ」

本人に自覚が無いのが殊更にタチが悪いが、百由様が抱えている案件の量も質も、側から見れば個人で扱えるキャパシティをとっくに超えているのは明らかだった。

「さっきの返事じゃが、わしは、百由様の事を心配しとる。何でも出来るからといって、そうやって何でも一人で抱え込んでしまうのは百由様の悪い癖じゃ。だからせめて、わしには支えさせて欲しいのじゃ。そうでないとまるで…まるで結梨のように突然消えてしまいそうで怖いのじゃ……」
「私、そんなに心配かけてたなんて。これじゃ立場があべこべね……」
「そうかの?わしらはそんなあべこべな姉妹をずっと見てきたではないか」

あの二人を見ていると、たまにどっちが姉でどっちが妹なのかわからなくなる。

「それも……、そうね」
「じゃろ?」
「ねぇグロッピ……」
「何かの?」
「もし、もし良かったら、私、と……」

髪を指先で梳きながら撫でていると、百由様は何か言いかけたまま瞼を閉じ、やがて静かに寝息を立てていた。

(お疲れ様じゃ、百由様。目が覚めたら、続きを聞かせてもらうからの?)

そうして百由様が寝静まった後、指先で掬った髪は少し鉄と油のにおいがして、自分には、それが心地良かった。

 

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やさしいまぞく

私が初めて桃と出会った時の印象は、背が高くて大人っぽくて、それにクールでカミソリしてて、そんな感じでとにかく宿敵感に溢れていました。
でも、今こうして私の目の前で静かに寝息を立てているあどけない顔からは、そんな雰囲気は微塵も感じられません。こうして化けの皮……、ではなく薄皮一枚剥けた桃は、名前の通りとっても傷付きやすくて子供っぽくて天然さんで、今はもう最初と印象が全然違います。本当の桃は甘えんぼさんなんです。
私からはそんな風に映る桃ですが、今でも相変わらず何かにつけて私の頭を撫でたりぽんぽんしたり、まるで私の方が歳下みたいな扱いでお姉ちゃん風を吹かせています。本当は私の方が誕生日数ヶ月分お姉ちゃんなんですよ?誕生日だけじゃありません。私には良子という妹がいて、桃には桜さんというお姉さんがいます。つまり、リアルに姉と妹なのです。桃にはその立場をしっかりと弁えて頂き、本来ならば大人しく私に頭をぽんぽんされるべきなのです。今の私が桃の頭をぽんぽんするにはヒールか背伸びが必要ですが、そのうちきっと毎日のトレーニングの成果が実を結ぶと信じています。

「ん……」
「桃?まだ朝には早い……」

そんな決心を知ってか知らずか、耳に心地良い桃の声が聞こえてきました。私は返事をしようと口を開き、しかし桃の様子にはたと気付いて言葉をそこで止めました。桃の瞼は未だに降りたまま、規則正しい小さな寝息が聞こえています。寝言、ですね……。
そうして眠っている桃の口からは、それからいつも決まって同じ言葉が紡がれます。私は、その言葉と一緒に桃の瞼から零れ落ちたモノをそっと指で掬い取り、今日も彼女の背中をさすってあやしながら、目覚まし時計がこの時間に終わりを告げるのを待つのです。

大丈夫ですよ……。桃の事、私がちゃんと守ってあげますからね……。私が、桃をーーー。

 

『やさしいまぞく』

 

ーーーねぇシャミ子、私、いつも同じ夢を見ているような気がするんだ。その夢がどんなだったのかは目が覚めた時に忘れてしまうんだけど、私は決まってその夢の中で誰かと離れ離れになって、寂しくて堪らなくて、でも、そんな時に他の誰かが手を繋いでくれるような、そういう夢を。だからそう、きっと悪い夢なんかじゃないんだよ。だって、少し前まで私が見ていた夢は、誰かと離れ離れになったところでいつも終わってしまっていたんだから。そんな寂しい気持ちに苛まれたまま朝を迎えて、目が覚めて最初におはようを伝える相手がたまさくらちゃんのぬいぐるみだったんだから。
それが今、目を覚ました私の目の前に、少しトロンとした眼差しのかわいいまぞくがいてくれて、私、それが凄く嬉しいんだ。本人の前でこんな事恥かしくて言えないけど……。あ、たまさくらちゃんの事だって今でも推しのままだよ?ただちょっとベクトルが違うっていうか……。とにかく、朝一番にこうしてシャミ子と言葉を交わせる事が、私、凄く幸せだよ。

「おはよう、シャミ子」
「おはようございます、桃」

そう、私は能天気にもシャミ子の前でそんな事を考えてたんだーーー。

 


ーーー私たちの最近の朝の生活サイクルは専ら、シャミ子が朝ご飯とお弁当の準備をしている間に私が自分のトレーニングをこなし、帰って来た私と合流して今度はシャミ子のトレーニング、その後は一緒にシャワーを浴びて、吉田家で朝食を取りお揃いのお弁当を持って学校へ、という風に確立されていた。日曜日だけはお寝坊さんにしようと二人で決めていたけれど、私はともかくシャミ子にとっては辛くないだろうかと考えなかったわけではなかった。
しかし、シャミ子に“私に合わせて早起きするの辛くない?”とメタ子にしたのと同じ質問を何度か聞いてみたけれど、“良子と一緒に早寝早起きだったのでそんなに変わらないですよ?”と返ってくるばかりで、今の生活習慣が当たり前になっていた。そうして、あまりに私が同じ事を尋ねるものだから、シャミ子はついに“もぉ、桃は心配性ですね”と言って病院での定期検診の結果を見せてくれたり、“じゃあ、今度の検診に一緒に来てもらえますか?”とまで言われたりしてしまった。そこでシャミ子の主治医の先生からも、“あぁ、君の話はよく聞いてるよ。優子君が以前よりずっと健康でいられるのは君のトレーニングの効果も大きいだろう。無理せずに今のペースを続けてくれると私も助かるよ“とまで太鼓判を押されてしまったものだから、私はなんだか居心地が悪くて、曖昧な返事をしつつ頰を指先で掻くしかなかった。こうなると、得意げにドヤ顔をきめているシャミ子が余計な一言を言って私がそれにデコピンで応えるのがいつものパターンだったが、隣に座る彼女の方を見遣ると、“ね、桃の杞憂だったでしょう?”と穏やかに微笑み返されるだけで、私はさらにバツの悪さを覚えてしまうのだった……ーーー。

 


「ーーー……って感じでシャミ子に料理を教えてもらう事になったんだけど……、ねぇミカン?聞いてる?」
「えーっと……、あ、桃?この紅茶甘過ぎたわよね?私、お砂糖入れ過ぎちゃったかしら?」
「いつも通りクエン酸が効いてて少し渋いよ……。じゃなくて」

私は、そう言いながらレモンティーに追いレモンをブッ込もうとするミカンを制止して、どうやったら脱線した話題を元に戻せるかと思案した。私が自分の紅茶を死守した事で矛先が失われ、死んだ魚の目をしたミカンに追いレモンを加えられた彼女のレモンティーは、もはや紅茶としての色素を失い、殆どホットレモンと言って差し障り無い見た目に成り果てていた。

「ちゃんと聞いてたわよ?あなたとシャミ子がラブラブだって話よね?」
「らぶっ!?」

酸味のせいでただでさえ紅茶がむせやすくなっているというのに、ミカンが不意にそんな事を言うものだから私は思わず咳き込んだ。しかし、会話に爆弾を落とした当の本人は、涼しい顔でホットレモンを飲みながら、そんな事は知った事かと話を続けた。

「だってそうでしょ?いつもはグルチャもろくに読まないあなたが、突然〈シャミ子の事で相談に乗って欲しいんだけど、今時間あるかな?〉なんてメールしてくるものだから身構えちゃったのに、それで延々と惚気話を聞かされてもうご馳走様って感じよ。ウガルルだって起こされて拗ねちゃうし」
「あれはミカンが叫んだから……」
「何か言ったかしら?」
「いや、別に……」

〈今は手が離せないから私の部屋に来て〉と、メールを送ってから秒で返信をもらった私はすぐさま二部屋隣のミカンの部屋に赴いた。そうして、ミカンに膝枕されているウガルル、という光景を目の当たりにした私が、”やっぱりミカンはママって感じだよね”と率直な感想を述べたところ、”ママじゃねぇ!!”と叫んだミカンに驚いてウガルルが起きてしまった、と、そういう経緯があった。

「まったく……、あなたってば胃袋をがっつり掴まれるだけじゃ飽き足らず、添い寝してもらったり、一緒にお風呂に入ったり、二人で台所に立ってご飯作ったり、聞いてるこっちが恥ずかしいわよ。付き合い始めの恋人を通り越して、同居したての結婚秒読みの婚約者か新婚さんのカップルね。病院での件なんて、まるで二人で産婦人科にでも行って来たみたいな話っぷりだったわ」

これは……、私がさっき‘ママ“と言った事への意趣返しだろうか?自分で相談を持ちかけておいて薄情な話だが、正直もうここで話を切り上げて帰りたくなってきた……。呆れた様子のミカンから、改めて自分達のしている事をこうも捲し立てられると恥ずかしくて仕方ない。

「えっと……、なんだか誤解があるみたいなんだけど、私が言いたいのは私とシャミ子が何をしてるかじゃなくて、その、シャミ子の様子が最近変だっていう事で……」
「今日の話を聞くまでもなく、側から見てると前より親密になったと思ってたわよ?」
「いやその、上手く言えないんだけど……、大切にされてるのはいくら鈍感な私でもわかるよ?だけど、“宿敵!”みたいな感じが無くなったというか、前とはお世話の焼かれ方が変わった気がするというか……」

以前から食に関してはシャミ子や吉田家にほぼ10割の依存度であったので今更の話だが、一緒に台所に立つようになってからしばらく経った頃から、なんだか過度に気を遣われているような気がしていた。

「恋人でも婚約者でも新婚さんでも、それに宿敵でもないなら今のあなた達の関係って何なのかしら?私のウガルルへの接し方とも少し違うみたいだし、そうじゃなきゃまるで……、まるで……」
「ミカン?」

そう言ったっきり、さっきまでおざなりな様子だったミカンは、急に声のトーンを落としたかと思うと何やら難しい顔で押し黙ってしまった。

「一応聞くけど、レモンの入れ過ぎで気分が悪くなったわけじゃ「ないわよ」

食い気味にそう言ったミカンだったが、未だに浮かない表情で何かを考え込んでいる様子だった。しばしの間、私達の間には沈黙が流れたが、ミカンはやがて意を決したように大きくため息を吐いて言った。

「はぁ……、あなた達って変なところでよく似てるのね」
「言ってる意味がわからないよ。……まさか、シャミ子がこないだ私が闇落ちしかけた時みたいになってるって事!?」
「あら?今日は“そういうところだぞ”って感じでも無いのね。じゃあ大丈夫かしら?ねぇ、これからする私の話を聞いても、闇落ちしないって約束してくれる?」
「え?……うん、努力はするよ」

さっきから一人で怒ったり沈んだり安心したりと一喜一憂に忙しいミカンだったが、とにかく何かを察しているらしい。具体的な内容はまだわからないが、それはシャミ子が闇落ちするような私が闇落ちするような……、でもミカン曰く大丈夫との事なので、とにかくお腹をくくって話を聞くしかないと思った。ミカンは今度は軽く深呼吸すると、約束、守ってよねと念押しして口を開いた。しかしその時、隣の部屋、つまり吉田家の方から喧騒が漏れ聞こえてきた。

(お姉?ぼーっとしてどうしたの?え?ちょっとお姉!?誰か!!桃さん!!)

「シャミ子!?」
「前言撤回よ、桃。やっぱり私から話す事じゃないわ。ちゃんとあの子と話をして、自分で確かめていらっしゃい」
「うん。良ちゃん!!すぐに行くから!!」

私は壁越しに良ちゃんにそう呼び掛けると、突貫修理されていた玄関の扉を吹き飛ばしてシャミ子の元へ急いだーーー。

 


ーーー学校からの帰り道に桃と一緒に夕食の買い物をして、一緒に宿題をして、一緒に夕方のトレーニングをして、一緒にお風呂に入って、一緒に夕食を作って、みんなでご飯を食べて、そういういつも通りの放課後を過ごす予定だった私ですが、なんだか今日は途中からぼーっとしてしまってお家に帰ってからの記憶が曖昧です。いつのまにか私は、身に覚えがあるふかふかの上に寝転がっているようでした。そうして感触が戻って来て、だんだんと頭のモヤが晴れてきたところで目を開けると、見慣れたピンク色のシルエットが私の顔を覗き込んでいました。

「むにゃ……。あれ?桃、おはようございあでっ!!」

挨拶も途中にデコピンをくらってしまいました。理不尽です。魔法少女が眠っている女の子にする事といえばもっとこう他に毒リンゴとか……、いやいやそれじゃ永眠です。そもそもそれじゃ魔法少女じゃなくて魔女じゃないですか。起こされるならやっぱり白馬に乗った男装の麗魔法少女が良いです。ともかくそんな事を一瞬で考えているうちにすっかり目が覚めました。

「いきなり何をするんですか!?」
「良ちゃんに心配かけたバツだよ?」
「良子に心配……?えっと……」
「覚えてない?家でいきなり倒れたの」
「え……?」

私、またどこか悪いんでしょうか?

「やっぱり覚えてない。まあ、倒れたといっても、いきなり眠りこけただけみたいだけど」
「そう……、だったんですね。心配かけてごめんなさい。良子にも謝らないと……。と、それならどうして私、桃の部屋で寝てたんですか?」

お家で倒れたならお布団に寝かされるハズですが、今はいつもの桃の部屋のベッドの上です。薄らと桃の果実の香りがします。

「良ちゃんに断って私の部屋に運んで来た。その、シャミ子の目が覚めたら話がしたくて」
「運んだって……、ひょっとしてお姫様抱っこですか!?」

自分でも尻尾がブンブンしなっているのがわかります。そんな一大イベントに眠りこけてたなんて、まぞく一生の不覚です!!

「そこは引っ掛からなくていい。それより急にどうしたの?このあいだお医者さんはああ言ってたけど、やっぱりトレーニング辛いんじゃ。アルバイトだってしてるのに」

ガチトーンの桃に呆気なくスルーされてしまいました。真相は闇の中……、いえ、後で良子に聞いておきましょう。それよりも、本気で心配している桃にこれ以上冗談で返すとデコピンじゃ済まなくなってしまいそうです。

「いえ、そうではなくて。えっとその……、なんだか最近寝不足で」
「寝不足?殆ど一緒に寝起きしてるのに?」
「ぇ………、ぁ………」
「シャミ子、やっぱり何か隠してるよね?」

やっぱりという事は、桃がさっき言ってた話がしたくてってこういう事だったんですね……。

「も……、黙秘権を行使します……」
「片手ダンプで怪我したの、黙ってたら怒られたんだけど」
「今その話を引き合いに出すのはズルくないですか?」
「ズルまほうしょうじょで結構だよ。私が闇落ちしちゃうような事は話せない?」
「それがわかってて、どうして聞こうとするんですか……?」
「シャミ子は私を眷属にしたいんじゃなかったのかな?魔法少女の闇落ちを心配するなんて、シャミ子はやっぱり変わったまぞくだね」
「まぞくを鍛えて強くしようとする魔法少女だっておあいこですよ」

軽口で応酬してみたものの、桃に何があったのかは話すわけにはいきません。桃は何かがあった事には気付いているようですが、具体的に何があったかまでは知らないみたいです。ところが、どうやって切り抜けようかと思案している間に、桃は私が思ってもみない事を口にしました。

「ねぇシャミ子、私たちは共闘関係を結んだ宿敵でしょ?なんだか最近のシャミ子は私の事を凄く気遣ってくれてるけど、シャミ子は私のお姉ちゃんの真似みたいな事はしなくて良いんだよ?私、シャミ子にはシャミ子のまま側にいて欲しいって思ってる。だから……、シャミ子……?」

桃が言葉を詰まらせ、驚いたような戸惑うような声で私の名前を呼びました。でも、私は視界がボヤけて表情を窺う事が出来ません。ポロポロ、ポロポロと涙が零れ落ちて桃の顔が見えないのです……。

「私……、どうして……、そんなつもりじゃ……、なのに、桃の事傷付けて……」
「シャミ子、落ち着いて。私、シャミ子のしてくれた事で傷付いてなんていないよ。気遣ってくれるのだって本当に嬉しいと思ってる。でも、それでシャミ子が無理をしてしまって、そんなに悲しそうにしてる方がよっぽど闇落ちしちゃいそうだよ……。私は大丈夫だから、何があったのか話してくれないかな?」

本当の事を話したら、桃はきっと傷付きます……。でも、このまま黙っていてもきっと同じ事です。板挟みです。それでも私は話したくなかったんです。だって……、だって……、

「だって、桃……(ぐすっ)いつも寝言で”お姉ちゃん”って……(ひっく)そう言って、泣いてて……(えぐっ)私が、桃のためだと思って、色んな事、思い出させちゃったから……っ……」

言ってしまいました……。言葉も涙も止まりません。桃が闇落ちしたら私のせいです……。それなのに、どれだけ、どれだけ拭っても、ポロポロ、ポロポロと涙が止まりません。

「そっか……、そうだったんだね……、ごめんねシャミ子、こんなに苦しい思いをさせて、ごめん」

でも、桃は闇落ちしませんでした。涙で視界がぼやけて顔色を伺う事は出来ませんが、いつもと変わらない桃の香りがそっと私を包んでくれたからです。

「桃……?平気、なんですか?」
「うん……、私ホントは心のどこかでわかってた。いつもね…誰かと離れ離れになる夢を見て、でも最後には誰かが手を取って助けてくれるの。んーん……、誰かじゃないよね、シャミ子が助けてくれてた事に甘えてたんだよ……。だからシャミ子、こんなに泣かないで。私は大丈夫だから」
「私が泣いてるんじゃないです……」
「だってこんな……」
「私じゃないんです……。私、桃の涙を掬うと、いつも悲しい気持ちがいっぱい流れて来て、だから、だから私、涙が、止まらないんです……」

桃はあの日、落ち込んでいた私を連れ出して河原で言ってくれました。私がやっていた事は特別な事なんかじゃない、って。ただ、人より少しだけ共感する力が強いだけなんだ、って。だから今の私には、そう言ってくれた桃を抱きしめ返して、背中をさすってあげる事しか出来ません。私はいつだって、特別な事は出来ないんです……。

「私が言ったこと……、そんなのズルまぞくだよ……」
「ズルまぞくでも構いません。それで、少しでも桃の心に触れられるなら。私、桃の気持ちを聞かせて欲しいです」
「シャミ子……、私、ホントは……、ホントはお姉ちゃんに会いたい……。会いたいよ……。でも、そんなこと言ったらシャミ子を困らせちゃう……」
「もう、一人で我慢しなくたって良いんです。良いんですよ、桃」

私、桃に笑って欲しいとずっと思ってました。桃が笑って過ごせるなら、きっとそれが救いだって。でも、ひとの気持ちはそれだけじゃ足りないんです。私は、桃に笑って欲しいのと同じくらい、一人で無理して抱え込まずに私の前でくらいは泣いて欲しかったんです。全てを擲ったかのように涙を流す桃の姿は、まるで、過去に置き忘れられていた悲しい気持ちが今になってようやく追い付いてきたようでした。たまさくらちゃんを抱えて泣いていた、夢の中で出会った小さな桃の気持ちがーーー。

 

 

ーーーひとしきり二人で泣いて、肩を寄せ合い、そうして日が落ちる頃、先に沈黙を破ったのは桃でした。

「……ねぇシャミ子、最近ずっと私の方に構いっぱなしだったけど、良ちゃんの事はいいの?」
「良子のこと、いつも気に掛けてくれてありがとうございます。いいんです。私がこうしてる方が良子はおかーさんに甘えられるので」
「またそういうネガティブな事を言う……」

桃は私が自分の事を卑下してそう言ったように受け取ったらしく、頬を膨らませてムスッとした顔でそう言いました。泣き腫らして赤くなった目と相まって、まるで駄々をこねた子供が拗ねてるみたいに見えて可愛いですよ?

「桃は私のことを考えてそう言ってくれてるんですよね。それは嬉しいです。でも、そういうネガティブな理由じゃないんです。私が入院してた時、おかーさんは私に着きっきりで、良子には小さい頃から寂しい思いをさせてたと思うんです。しっかりしてるのも大人っぽいのも、ああ見えて無理してそう振る舞ってるところもあって、私の前だと今でも遠慮してる気がするんですよ」
「シャミ子……」
「だから、私がこうして桃のところに来てる間、良子をおかーさんと二人っきりにしてあげられるんです。私がそうしたいんですよ」
「そっか……、良ちゃんの事、よく考えてるんだね。まるでお姉さんみたい」
「なっ、お姉さんですよ!?」
「私の知ってるお姉さんはそこまでしっかり者じゃないよ?」

自分の思い出を懐かしむような、そして私を諭すような、どちらとも付かない優しい口調で桃が言いました。

「桃……」
「それに、本人に直接お世話を焼くだけがお姉ちゃんの役割じゃないって、シャミ子はちゃんとわかってるんだよね」
「そう……、なんでしょうか……」
「うん、きっとそうだよ」

私は桃に出会ってから、桃の方が良子のお姉さんっぽいなと思ってしまうことが度々ありました。良子が本当に欲しい物に気付いたり、私がわからないカメラやパソコンの事を教えてあげたり、桃は本当に良子に良くしてくれています。私、自分で言うほどお姉ちゃんしていられるか自信がありませんでした。でも、そんな私を桃は良子のお姉ちゃんだと言ってくれました。

「だから、改めて言うね。シャミ子は私のお姉ちゃんにならないで…。シャミ子は世界でたった一人の、良ちゃんのお姉ちゃんなんだから」
「……はい」
「だから、だからね、これからもシャミ子には世界でたった一人の私の宿敵でいて欲しい。ダメかな?」
「ダメじゃない…です。桃と私はこれからもずっとずっと、かけがえないのない大切な宿敵ですよ」

私、桃の側を離れません。お姉さんの代わりじゃない、宿敵としてーーー。

 


ーーー微睡から浮かび上がると、静かに寝息を立てているあどけない顔が今日も一番に目に入ります。私、桃のお姉ちゃんになる事は出来ませんでした。でもそれで良かったんです。桃の側にいるために誰かの真似をする必要なんて無かったんです。悲しい気持ちが涙になって溢れてもいいじゃないですか。お姉ちゃんじゃなくたって、その涙を受け止める事は出来るんです。
それでも私は、こうして肩を寄せ合って、同じ目線の高さでいられるこの時間が大好きです。無理して背伸びなんてしなくても、こうして桃の頭を撫でたりぽんぽんしたり出来るこの時間が大好きです。そうしてサラサラの髪に触れていると、ゆっくり目蓋を開いて目覚めた桃が、私に朝一番に声を届けてくれるこの時間が大好きです。

「おはよう、シャミ子」
「おはようございます、桃」

私は、二人で目覚まし時計よりほんの少しだけ早く起きてお喋りする、一緒に過ごすこの時間が大好きです。

 

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Pork and Tomato Stewed hamburger steak for Dinner

このまちで暮らす私たち魔法少女やまぞくのボスであるシャミ子は、側から見るとお世辞にもハイスペックとは言い難い……、いや、むしろ色々とポンコツの類に入るのかも。今だって“桃は私が見てないとすぐに宿題をすっぽかすんですから”なんて言って一緒に勉強を始めたハズなのに、いつの間にか私がシャミ子の宿題を見てあげるいつものお決まりのパターンをなぞっていた。まあ、そこが可愛いんだけど。頑張り屋さんだし。それに、勉強や運動が苦手なのだって、きっと長かった入院生活の影響が大きいと思う。実際、まちの危機に対しては機転が効くし、私の設定するトレーニングにだってちゃんとついて来てくれてるし。シャミ子は出来る子なんだよ。そして私もポンコツ呼びしておきながらなんだけど、そんなシャミ子にどうしても敵わない事があった。

「桃?どうしたんですか、さっきから黙って私の顔を見て。その……、そんな見つめられると照れちゃ「シャミ子、お願いがあるんだけど」
「え?あ、はい。何でしょうか?」

そうやって食い気味に言ってしまってから、もう少し照れてるシャミ子を拝んでおけば良かったかなと少し後悔した。どこからともなく柑橘系魔法少女の“そういうところよ?”という台詞が聞こえてきた様な気がする。そうして改まってしまったシャミ子に対して、そこまで深刻な話をするわけでもないんだけどなと一瞬だけ考えた後、いやいや、ひょっとしなくても無理難題を突き付けようとしているのかもしれないと思い直し、いくらか返答に間が開いてしまった。

「桃?」

そうして小首を傾げる愛くるしいまぞくに向き直り、私は、前々からいつか自分で向き合わなければいけないと考えていた事を告げた。

「あ、えっと、えっとね……。私に、料理を教えて欲しいんだけど……」
「………………え?」

 

『Pork and Tomato Stewed hamburger steak for Dinner』

 

シャミ子はたっぷりと時間を掛けて一言発した後に固まってしまった。そして気が付くと、じわりとまぞくの目に涙。

「え?待ってシャミ子、なんでこの流れで泣いてるの!?」

シャミ子を困らせるお願いだとは思ったけど、悩ませるまでならともかくとして流石に泣かれるのは予想外だ。勿論私は自分のメシマズを自覚してはいるが、幾らなんでも動揺し過ぎではないだろうか。

「なんでって……、だって、お米も炊けない桃が料理を教えて欲しいだなんて、ひょっとしなくても好きな人でも出来たとかそういう話じゃないんですか?きっと手作りのお弁当を作ってあげたいとか、サプライズの可愛いお菓子で女子力をアピールしたいとかそういう」
「無いから。違うよそうじゃない」

いや、無いこともないのか。それにしても最近どこかで聞いたような話だ。いつものグループで回し読みされてる少女漫画に描かれてた展開そのままじゃないか。

「その、シャミ子にはいつもご飯を作ってもらってて、本当は私が美味しいハンバーグを作ってあげるって約束だったのに、このままじゃいつまで経っても宙ぶらりんのままだと思って、それでその……」
「それって私のためって事ですか?」
「そ、そうとも言うかな?」

自分で言ってて顔が熱いのがわかる。まあ、それでシャミ子の表情がぱぁっと明るくなったのだから良いのだけれども。

「はっはっは!なんだそれならそうと早く言って下さいよっ!!さてはキサマ、ようやく私の眷属となる決心が着いたのだな?それを回りくどい言い方して憂いヤ「あんまり調子に乗ると」
「ごめんなさいでした!!」

良かった。また変な誤解が拗れたらどうしようかと思ったけど、すぐにいつもの調子に戻ってくれた。私が胸を撫で下ろしていると、シャミ子は再び可愛らしく小首を傾げ、頬に人差し指を当て思案するポーズを見せながら疑問を投げて来た。

「でも、こーゆーのって普通、誰か別の人に聞いて本人にはサプライズにしませんか?例えば私のおかーさんとか」

もちろん、それは考えなかったわけではないし、さっきの少女漫画の展開もそうなっていたわけだが、私には今お願いしている選択肢の方が魅力的に見えた。

「だって、それよりもシャミ子と一緒に料理したかったから」
「う、憂いヤツめ……」

今度はシャミ子の顔が赤くなっていく。こういうのをハッキリ口にするのには勇気がいるが、それよりも照れたシャミ子を眺めているのはなんだか気分が良い。

「と、とにかく、桃が苦手な料理に向き合うというのなら私も本気で付き合いますっ!!まずは何が失敗の原因か確かめたいので、前に桃が作ったハンバーグのレシピを書いて見せてもらえますか?」
「レシピって、材料だけじゃなくてどのくらい混ぜるとかどれだけの時間焼くとかそういうのも?」
「はい、なるべく細かくお願いします。……って、せっかくやった宿題のプリントに書いちゃダメです!!はいっ、これ使って下さい」

私はそう言って手渡されたチラシの裏に、以前作ったハンバーグのレシピを書いていった。それにしても、いつの間に私の部屋にメモ用のチラシの束が置かれていたんだろうか?そういえばシャミ子の私物が部屋に色々と増えてる事に最近は違和感が無くなっていた。シャミ子は記入途中のレシピを覗き込みながら“ぎゅ、牛挽肉!!”と感嘆したり、“うーん、レシピじゃないとすると……”と唸ったりと合いの手を入れていた。この調子なら書き終わると同時に採点も終わっているだろう。

「どうかな?」
「そうですね。私がおかーさんに教わったレシピとは少し違いますけど、基本は押さえてある感じだと思います。だから、えーと……、失敗の原因はレシピじゃなくて実際の調理です。その……、卵を割るといつも光るんですか?」
「うん……、これってよくある失敗なの?」

そんなわけがないだろうとは思いつつ、一応確認してみた。

「そんなわけないじゃないですか」

予想通りの答えが返って来て少しヘコんだが、シャミ子は続けてこうも言った。

「でも、魔法少女あるあるなら分からないですよ?料理って結構思い込みとか勘違いで失敗しがちですし、魔法少女独特のそういうのがあるかもです。失敗から変な癖が付いてるとか、何か思い当たる事はないですか?例えば、私はピーラーで指をざっくりしちゃった事がありまして、しばらくの間、怖くて野菜の皮が剥けない事があったんですけど」
「でも私、怪我とかしてもすぐに治るから」
「またそーゆー事を言って……、身体が平気でも心が傷付く時だってあるじゃないですか」
「身体が平気でも……」

心が傷付く……ーーー

 

 

「ーーー桃ちゃん!!大丈夫!?」

“バリン!!”という大きな音に姉が振り向いた時、私は血が滴る掌を茫然と見つめていた。私が魔法少女になってしばらく経った頃、私は強くなっていく力を上手く制御出来ず、何かを壊してしまう事がしばしばあった。それは当初、お絵描きに使う色鉛筆を折ってしまったり、ままごとの人形をひしゃげさせてしまったりする程度の被害で済んでいたが、それに気付いた姉と一緒に力をコントロールする練習は続けていた。しかし、この日ばかりは壊した物が悪く、私が姉の料理を手伝おうと計量カップを手に取った時、耐熱強化ガラスで出来たそれは私の掌の中で脆くも粉々に砕け散った。

「お姉ちゃん……?うん、ちょっと切っちゃっただけだから」
「ちょっとって……」

そう言って私の手を取り治療魔法を使う姉の顔は明らかに青ざめて見えた。粉々に割れたガラスでズタズタになった掌の傷の深さは、本来であれば、おおよそ幼い子供が平然としていられる範囲を超えていた。

「ありがとう。でも、すぐに治るから大丈夫だよ?」
「身体の傷がすぐに治るからといって、傷付いても大丈夫という事にはならないのよ?」
「……よくわからない」
「身体は平気でも心が傷付いて平気じゃない事もあるの」

当時は姉の言葉の全てを理解する事は出来なかったが、少なくとも私の事で姉が心を痛めている事はなんとなく理解出来た。

「桃ちゃんにはまだ難しい話かもしれないわね。でも、またこういう怪我をしないように練習を続けていこうね」
「うん……」

私の心中を察してか、姉はそれ以上話を広げる事は無かった。私は姉との訓練のおかげで、魔法少女の力と共生しながら日常生活を送れるようにはなったが、それから、私が姉の料理を手伝う機会は訪れなかったーーー。

 


「ーーーそんな事があったんですね……」
「うん、でも私、本当に怪我した事を今でも怖いと思ってるのかな?」
「どうしてそう思うんですか?」
「それは……」

それは、魔法少女としてもっと酷い怪我だってしていたし、当時から痛覚に耐性があった身としては、あの程度の怪我くらいで料理がトラウマになるとは思えなかったからなのだけれど、こんな事を正直に話してしまったらシャミ子はなんて言うだろうか……?私が押し黙っているとシャミ子は思いも寄らない事を口にした。

「桃、片手ダンプの時だって、ホントは怪我して痛かったですよね……?」
「え……?気付いてたの?」
「やっぱり怪我してたんですね……」

しまった……。気持ちのガードが緩くなったところにカマにかけられてしまった。

「わざわざ心配させるような事を言う必要は無いかなって……」
「怪我、酷かったんですか?」
「いや、軽い捻挫程度だったけど……」
「………………」

どうにかやり過ごそうと言葉を濁してみたものの、気が付いた時にはそう言いながら少し視線が泳いでしまっていた。上目遣いのシャミ子の無言の圧力が怖い。そして何より涙目になるのはズルいのではないだろうか。

「……ごめん、ホントは手首折れてた」
「折れ……、ごめんなさい、私、それなのにボカボカ叩いたりして……。助けてもらったのに、本当ならお見舞いとか身の回りのお世話とかしなきゃいけなかったのに……」

根負けして大人しく白状してはみたものの、シャミ子の涙腺はいよいよ決壊してポロポロと涙が溢れていた。だから言いたくなかったのにと後悔しつつ、私達の関係って当時はそういう間柄じゃなかったよねと心の中で少し苦笑した。ただ、それはそれとして何かフォローしてあげないと居た堪れない。

「あ、それは大丈夫。シャミ子にポカポカされてたの、ダメージは全く入ってなかったから」
「それはそれでひどい!」
「まあ、その時にはもう骨もくっついてたから、本当に大した事は無かったんだよ」

軽口を挟んだ事でえぐあぐしていたシャミ子は幾らか落ち着きを取り戻した。なんだか誤魔化してしまった気もするけど。

「だったら、話してくれても良かったのに……」

前言撤回、誤魔化せてなかった。

「だって、話したらシャミ子はきっと傷付くから……」

それで黙ってて結局シャミ子を泣かせてるんだから本末転倒だ。しかし、意外にもシャミ子は今度こそ完全に落ち着き払った様子で涙を拭い、何かを悟ったような慈しむような、そういう柔和な表情でこう言った。

「なんだ、もうわかってるんじゃないですか」
「どういう事?」
「身体が傷付くのと心が傷付くのは別だって」

あ……。

「それに、さっき桃は言ってましたよね?“怪我した事を今でも怖いと思ってるのかな?”って。つまり、その時はやっぱり怖かったんじゃないでしょうか?」
「そう……、かもしれない。そっか、私、ちゃんと怖かったんだ……」
「桃?」

私は魔法少女についての生々しい話を思い出し、またシャミ子を心配させるかもしれないと一瞬口にするのを躊躇した。でも、今の私がそうはならない事はなんとなく伝わってると思いそのまま話す事にした。

「実は、魔法少女でいる時よりも魔法少女を辞めた後の方が事故に遭って死んじゃう人が多いって聞いた事があったんだ。きっとみんな、それまで身体が平気だったから、怖いって感覚が麻痺しちゃうんだと思う」
「そう、ですね……。怖いとか痛いとか、そういうのって身を守るための大事なサインですから。失くしちゃダメですよ?」

シャミ子が言うと重みが違うな。でも、本音を言えば出来ればシャミ子にはもうそういう目には遭って欲しくない。

「うん、失くしたりしないよ。ねぇシャミ子、私、ちゃんと料理出来るようになるかな?」
「さっき言ったじゃないですか。桃が料理に向き合うなら本気で付き合う、って。桃の不思議料理の原因ですけど、さっきの話で合点がいきました。多分、リコさんの料理の延長だと思うんですよ」
「どういう事?」
「つまりですね、桃はきっと、もう怪我しないように、力を入れ過ぎないようにと逆に力み過ぎて、それで食材に魔力を込めてしまってるんじゃないでしょうか?」
「それで卵が光ったり、油から花火が上がったり、もやしが盆栽になったりしてたの?」
「なにそれ知らない見てみたいんですけど!」

シャミ子の目がフレッシュピーチハートシャワーを期待する時と同じキラキラを放っていた。多分、ゲームに登場する魔法使いのイメージか何かと一致した事で琴線に触れてしまったのだろう。私、ギャグでそうしてるわけじゃなくて、一応気にしてるんだけどな……。

「ごめんなさいでした……」
「あ、伝わった」
「と、ところで、桜さんはその時何を作ろうとしてたんですか?」

あ、ごまかした。まあ、私も人の事は言えないんだけど。だから、これでおあいこという事にしておこう。

「え?そうだね、確か煮込みハンバーグだったような気がする……」
「なるほど……。ハンバーグは桃の目標でもあり苦い思い出でもあるんですね……。それでも作ってみたいですか?」

言われてみると確かにそうだけど、今は一人でもがいてた時と違ってシャミ子が側に付いててくれているから。

「うん、やってみたいと思う」
「だったらシャミ子お姉ちゃんに任せて下さい!」
「サイズ感が足りないんだけど」
「それは前に聞きました!意気込みの問題ですよっ!!兎にもツノにも、そうと決まれば買い出しですね。お買い物しながら作戦会議しましょう」
「うん、そうしようか。ねぇシャミ子」
「なんですか桃?」
「私、シャミ子に美味しいハンバーグをご馳走するから」
「はいっ!楽しみにしてますね!それじゃあ行きましょうか、桃」

そうして差し出された小さな手をつなぎ、今日も私はシャミ子と一緒にこのまちを歩いていく。

 

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魔法少女のブランケット

私は、物心ついた時にはもう施設で暮らしていた。両親の名前も、顔も、声も知らなかった。施設の職員が冷たかったとか環境が良くなかったとか、そういう事があったわけではなかった。でも、自分には家族というものがよく分からなかった。同じ血や生活を共有する小さなコミュニティ、そういった知識はおぼろげながら理解はしていた。しかし、絵本や物語の中で描かれている家族という存在は、時には仲睦まじく、時には争い憎み合う、とても同じ言葉で言い表す事の出来ない複雑な関係で、幼かった私を酷く混乱させた。

そんなある日、私を家族として迎えたいという申し出が施設に届いた。それを聞いて、私はまた酷く混乱した。家族になるという意味が分からなかった。怖いお姉さんたちのために家の掃除をさせられるのかもしれない。暗い森の中に置き去りにされて終いには食べられてしまうのかもしれない。そんな不安が脳裏を過った。それでも、職員たちが口にする“私たちは寂しくなるけれど、これはあなたにとってきっと良い事だから”という言葉から、少なくとも自分が食べられてしまうわけではないのだとは理解していた。私を引き取りたいと申し出たのは桜と名乗るお姉さんだった。何度か二人でお話したり一緒に出掛けたりして親交を重ね、ついに私が施設を出てお姉さんと一緒に暮らす日がやってきた。職員や一緒に暮らしていた子供たちに見送られ、私はお姉さんと施設を後にした。そうしてやってきたお家は施設と比べても遜色の無い大きさで、最初はここにも自分のような子どもが沢山いるのだと思った。しかし、聞けばお姉さんはここに一人と一匹で住んでいると言い、”お帰りなさい、今日からここがあなたのお家よ“と私を迎え入れた。

姉との新しい暮らしは何一つ不自由の無いものだったが、今思えば姉は、あまり自分から話をしない私のために心を砕いて様々な事をしてくれていた。その一方で私は、相変わらず家族がどんなものなのか分からずにいた。どういう距離感で接すれば良いのか掴めなかった。そして、その思いがストレスになっていたのだろうか。ある晩、怖い夢を見た。恐ろしい魔女や狼が出てきたような気もするが、目を覚ました私はただただ譫言のように恐怖を訴え泣きじゃくるばかりで、具体的に何を見たのかを覚えていなかった。そんな私を姉はただ、”大丈夫、私が側にいるから大丈夫“と、そっと抱きしめ背中をさすってあやしてくれた。私は、桜のにおいに包まれながら、ようやく“これが家族なんだ……”と、そう実感した。

姉との生活は幸せな時間だったが、それは唐突に終わりを迎えてしまった。どうして姉が見付からないのか、教えられていた魔法少女に関する知識から、実際のところ何が起きたのかは頭の片隅で理解はしていた。無闇に歩き回ったところで見付かるわけがない、それも分かっていた。それでも姉を探して歩き回る生活を続けて何日も経ったある日、丸っこくて真っ白な猫さんのぬいぐるみが目に留まった。どうして自分がこの子にこれほどまでに惹かれるのか、当時の自分には知る由も無かったが、とにかく私はその子を新しい家族として姉と暮らした家に迎え入れた。その子を抱きしめていると、姉がそうしてくれたように安心出来る気がした。
でも、そうして、私はその子を抱いていないと眠れなくなったーーー。


魔法少女のブランケット』


ーーー幼い頃の夢を見た。少し前まではそんな事無かったはずなのに、近頃はこうした夢を見る頻度が増していた。微睡みから浮上して目を開けてみると、まるで夢の続きを見ているかのように視界の焦点が合わず、おかしいなと目元を拭うと自分が泣いていた事に気が付いた。ホント、すっかり弱くなっちゃったな……と、自虐的な思考に囚われながら、私は毎朝の日課を一つずつこなしていった。

「おはよう、たまさくらちゃん」

私の朝の始まりは、あの時からずっと変わらずこうして胸に抱いている家族に朝の挨拶をする事だった。自分でも子供っぽい事をしているのは分かっていた。いつからか、私にとってのたまさくらちゃんは、様々な形で肌身離さず持ち歩かないと落ち着かない存在になっていた。

「時は来た」

そうして深みにはまり続ける私の思考を、その愛くるしい容姿に似付かない渋い声が遮った。初めて猫が喋ったのを目の当たりにした時は大層驚き目を丸くしたものだが、今やそれもすっかり慣れっこになってしまった。当然、このやりとりが毎朝の日課に組み込まれてからも、たまさくらちゃんと過ごしたのと同じだけの時間が経っていた。

「メタ子もおはよう。はいはい、朝ご飯ね。すぐ用意するから。私に合わせて早起きしなくても良いのに」
「時、来てるぞ」

以前の私であればその後は日課の朝フルをサクッと済ませるだけだったが、ここ数ヶ月ほどの間に愛くるしいまぞくの鍛錬も行うようになっていた。

「桃、おはようございます!!」

彼女はそう言いながらぱぁっと明るい笑顔で毎朝私を迎えてくれた。そして、その30分後には汗だくで肩で息をしているというのが連日のお約束の光景だった。

「シャミ子も結構体力付いたね。少しずつ運動負荷を上げてるけど、それにちゃんと付いて来てる」

いつものように3倍に薄めたスポーツドリンクを渡しながら労うと、どういうわけか、シャミ子は“ぽがー!!”と可愛らしい擬音を発しながら尻尾を振って抗議した。

「負荷を上げてる!?きさま黙ってそんな事をしていたのか!!」
「テブリさんだってそうアドバイスしてたでしょ?シャミ子、あのゲーム楽しんでたじゃない」
「それはそうですけど、“ちょっと見本見せるから“なんて言って輪っかコンを粉砕する魔法少女の語る負荷は怖いです!!」
「そこは引っかからなくていい」

先日発売されたトレーニングゲームがなかなかに本格的で良いという噂を聞き、これはシャミ子にちょうど良さそうだと家電量販店を走り回って手に入れたまでは順調に事が進んでいた。いや、シャミ子はそのゲーム好きも相まって、トレーニングとはいえ最新機器でのゲームをとても楽しんではいたのだが、新しく追加されたトレーニングがどうしても上手く出来ないというので私が実演したところ、輪っかコンは我が家に嫁いでから僅か3日という儚い生涯を終えてしまった。

「じゃあ桃、すぐに準備しますので待ってますね」
「うん、楽しみにしてる」

どうやら、私が修理に出された輪っかコンに思いを馳せている間にシャミ子は復活したらしく、またさっきと同様ぱぁっと明るい笑顔で家の中に戻っていった。

『よくよく考えなくても隣に住んでるのにいちいち私が作りに行くなんて変です。桃もうちに来て一緒に食べましょう!!』

ばんだ荘に間借りしてしばらく経った頃、私はそう主張するシャミ子に押し切られる形で吉田家の食卓にお邪魔するようになっていた。姉とは二人と一匹暮らしであったため、ミカンも交えて一緒に鍋を突いた事はあれど、私は家族の輪で食卓を囲むという経験をした事が無かった。戸惑う私をシャミ子は勿論、良子ちゃんと清子さんも明るく迎えてくれた。そうした経験は新鮮で楽しいものだったが、夜になって自分の部屋に戻る時、いつからか胸の奥がチクッと痛む感覚に襲われるようになっていた。たまさくらちゃんを抱いていてもその痛みはおさまることはなく、近頃はなかなか寝付けないようになっていた。まだ秋だというのに、シャミ子がいないこの部屋は酷く寒かったーーー。


ーーー最近は桃と一緒に出掛ける事が多かったのですが、今日は桃が“用事があるから”と言ったので私一人でお買い物です。桃と一緒にお家ご飯をするようになってからしばらく経ちますが、最近の桃はなんだか元気が無い気がします。寝不足のような、表情が暗いような、また闇落ちしそうな雰囲気です。まぞくが魔法少女の闇落ちを心配しているのも変な話ですけど、とにかく桃が心配です。こういう時の桃はなかなか口を割りません。なので、賢いまぞくである私はお買い物ついでに情報収集をする事にしました。最初の聞き込み相手は精肉店でお店番をしていた杏里ちゃんでした。

「ちよもも?あー、そういえば関係無いとは思うけど、こないだそこのヤザワヤって手芸店に入っていくのを見掛けたよ」

なんという事でしょう。いきなり核心をついてしまいました。この後酒場に向かって聞き込みをするプランが完全に白紙になってしまいました。

「それですよ杏里ちゃん!!」
「え?ちよももはシャミ子と違ってまち針を武器に選んで戦おうなんて考えないと思うけど」
「私だって針ならせめて注射器くらい……、じゃなくて、とにかく貴重な情報ありがとうございます!!」
「ちょっとシャミ子!!買った鶏肉忘れてるよ!!」

慌てて回れ右した私は改めて杏里ちゃんにお礼を言ってお家へと急ぎました。”魔法少女服のダメージは元の服に残るから”桃はそう言って裁縫が得意になった理由を話してくれました。きっと、私に黙ってどこかで危ない戦いをしているに違いありません。そうなると私だけではどうにも出来ないので、まずは、頼りになる仲間を集めなければなりません。

〈ミカンさん、桃のことで相談があるのですが、これからお家にお邪魔しても良いですか?〉

グルチャだと桃にも見られてしまうので今回はメールを送りました。スマホを使いこなせる賢いまぞくですから。

〈良いわよ。ちょっと今動けないけど玄関は開いてるから入って来ちゃって〉
〈ありがとうございます。5分くらいで着きます〉

秒で返ってきたメールに返信してから(動けないってどういうことだろう?)と疑問に思いつつ、私は食材を自宅の冷蔵庫に入れてミカンさんのお部屋に向かいました。

そうして、お邪魔しますと部屋に足を踏み入れた私が目にしたモノは圧倒的な母性でした。ミカンさんの慈愛に満ちた眼差しの先で、身体を丸めたウガルルさんが膝枕されて眠っていました。ミカンさんは普段“ママじゃないわよ”と口を酸っぱくして言っていました。でも、ミカンさん。ママじゃないって言われても、やっぱり、それはママですよ。それに、吉田家の食卓には桃と一緒にミカンさんも誘っていましたが“この子が食事のマナーをちゃんと覚えたら、そしたら一緒にね”と少しの間待って欲しいとの返事をもらっていました。格好だけじゃなくて、もう何もかもがママでした。“やっぱりミカンさんはママって感じがしますね”といつものように言ってしまうと、なんやかんや騒がしくなってウガルルさんを起こしてしまう気がしたので、ここはグッと堪えて言葉を飲み込みました。残念ながら今日の目的は、新米ママを労う会ではなく桃の相談でした。私は最近の桃の様子と手芸店に来ていた事をミカンさんに伝えました。

「なるほどね。確かに魔法少女の衣装へのダメージは服に残るけど、今回はそういう理由じゃないんじゃないかしら」
「それはどうしてですか?」
「この町は結界に覆われているから、桃が大怪我するような大規模な戦闘は起きないし、もし起きても私やリリスさんが気付くもの。だから、シャミ子が心配するような危ない事は無いと思うわ」
「そう、ですか……。そうですね。だったら……」

だったら、桃はどうして……。

「危ない事は無いと思うけど、きっとまた何か一人で悩んでるのね……。私が言うのも変だけど相談に乗ってあげてもらえないかしら?」
「はい、そうしたいです。桃、ちゃんと話してくれるでしょうか?」

共闘関係を結んでいるとはいえ、桃は昔のことも全部話してくれているわけではありません。思わず俯いて考え込んでしまった私たちに、まるでタイミングを見計らっていたかのように電波が届きました。

〈話は聞かせてもらったぞ〉
「ご先祖!!あ、お疲れ様です。今日のゴミ拾いノルマ終わったんですね」
〈うむ。それよりシャミ子よ。ここは余の出番と見た。最近のあやつの様子には余も思うところがあったのだが、今回は弁当で解決というわけにはいかなさそうだからな〉
リリスさん、桃、そんなに良くないんですか?」
〈いや、そういうわけではないのだが、まあ、あやつの心の持ち様だからな。シャミ子、今晩決行するぞ〉
「お願いします。ご先祖」

その日の晩ご飯の時の桃は普段と変わらない様子でしたが、やっぱり部屋に戻る時は少し元気が無い様子でした。“何か悩みでもあるんですか”と聞いてみても“最近ちょっと寝不足なんだ。季節の変わり目で体調崩しちゃったかな?”とはぐらかすような返事があっただけでした。桃が眠らない事には夢には入っていけません。焦る気持ちが無いと言えば嘘になりますが、私は晩ご飯の片付けをしたり明日のご飯の下拵えをしたりして時間を潰しました。そうして日付が変わる頃、懐かしのご先祖ルームにご先祖と集合しました。

「桃色魔法少女はまだ眠りに入っていないようだな。少し待ってみるか?」
「そうですね。引き返す意味も無いですし」

しかし、ご先祖ルームで待てど暮らせど桃の夢のチャンネルは開きません。丑満時にかかっても、扉が閉まっているどころか扉の影も形も見つかりませんでした。

「やはり、あやつ眠っておらんのか……?」
「どういうことですか?ご先祖」
「仕方ない、奥の手を使うぞシャミ子よ」

そう言ってご先祖がテレビを付けると、“ドンっ!”とまるで0%0%0%が降って来た時のような効果音が鳴り響き、瞬きする間に見慣れたスロットが画面で回り始めました。

「ご先祖、これは……?」
「うむ、いくら眠っておらんとはいえ全く船すら漕がん状態ではあるまいて。その隙を突いてあやつの深層心理に潜るぞ」
「船を漕いでしんそうに潜る……?原子力潜水艦ですか?」
「すまん、余が悪かった……。とにかく、画面をよく見てくれ。高速であやつの写真が切り替わっておるだろう?お主が眠っている瞬間の写真を目押し出来れば夢に潜る事が出来るハズだ。なに、ピンク玉のペースト混ぜ混ぜに比べれば猶予フレームは長い」

ご先祖が一気に捲し立てた難しい話はよく分かりませんでしたし、古代メソポタミアに縁のあるまぞくが昨今のゲーム用語を口にする光景は大変シュールなものでしたが、とにかく桃に会いに行く方法は分かりました。それに、私も伊達にレトロゲームを遊び込んでいません。

「分かりました。ではご先祖、行ってきます!!」

私が意気込んでタイミングを見計らいAボタンを押すと、周囲の景色がバリンと割れて、私はいつしか飛び込んだ泥の中へと落ちていきました。泥を払って周囲を見渡すと、幼い桃がたまさくらちゃんのぬいぐるみを抱いてうずくまって泣いていました。幼い桃は私に気付くと顔を上げ、慌てて涙を拭って言いました。

「お姉ちゃん、前にお掃除してくれた人……?」

幼い桃は私の事を覚えてくれているようでした。以前は強がっていましたが、今回はなんだか年相応に幼い気がしました。

「そうですよ。色々とお話ししたい事はありますが、何はともあれ大掃除ですっ。なんとかの杖!!すごい掃除機モード!!」

バケツとホウキでなんとかした前回とは違い、今回の私には心強いアイテムがあったので、あっとう言う間にお掃除できました。吸い込まれた泥はどこに消えたのか?それを考えてしまうと杖の変身が解けてしまう気がしたのでまぞくは考えるのをやめました。でも、今回は泥を片付けてもまだまだ景色は暗いままで、幼い桃も未だにうずくまったままでした。私ははたと気が付いて、幼い桃が抱きしめているたまさくらちゃんを見遣りました。彼女の涙を一身に受けているその子は、ところどころ糸がほつれ、見慣れたたまさくらちゃんより色褪せて見えました。きっとこの子の状態に桃を闇落ちさせようとしている原因がある、私はそう確信して幼い桃に提案しました。

「ねぇ桃、お姉ちゃんと一緒にたまさくらちゃんを綺麗にしてあげませんか?」

彼女はぐっと唇を閉じたまま黙って頷きました。この状態で洗ってしまうと余計にボロボロになってしまいそうだったので、まずはほつれを直す事から始めました。私は桃愛用のソーイングセットを思い浮かべ、召喚した針と糸でほつれたところを直していきました。4万円生活の呪いの中で培った裁縫技術をいかんなく発揮する時が来たのです。ほつれを直した後はお洗濯ですが、私はもうタグの確認を怠ったり手洗いのやり方を間違えたりはしません。制服一着をダメにした甲斐があったというものでした。

「それでは最後の仕上げです。なんとかの杖!!すぐに綺麗によく乾く物干し竿モード!!」

ほつれを直して綺麗に洗ったたまさくらちゃんをネットに入れて干してあげると、すぐに“シュッ”と音がして水気が一瞬で無くなりました。ネットからたまさくらちゃんを取り出して、不安そうに見守っていた幼い桃に渡してあげると、彼女はようやく明るい笑顔を見せてくれました。

「ありがとうお姉ちゃん、たまさくらちゃん綺麗な猫さんに戻ったよ」
「良かったですね、桃」

私がそう応えると、今度こそ周囲の景色が晴れてきました。ぬいぐるみに頬擦りする幼い桃も見納めですが、出来ればもう会えない方が良いのかもしれません。私は夢が終わる前に、桃に言葉をかけようとして、でもやっぱりやめにしました。

(桃、ここからは夢の外でお話ししましょう)

明るかった景色がさらにボヤけ、幼い桃の姿が遠くなっていきましたーーー。


(ーーーありがとう、シャミ子……)
「どういたしまして、桃」

耳元から馴染みのある声が聞こえてきた事で、私の意識は急激に覚醒した。私が目を開けると、目を細めながら枕元でちょこんと頬杖を付いているシャミ子と目が合った。

「どうしてシャミ子がここに……?」
「あ、ごめんなさい、起こしてしまって。えっと……、合鍵で入ってきちゃいました」

以前、私が不安定な闇落ち状態になった時、まともに扉も開けられないしスマホの操作も出来なくなった。そのため、みんなが異変に気付いた時に部屋に入って来られるようシャミ子に合鍵を渡していた。

「ごめんね、また心配かけちゃって」
「……ひょっとして、私がお家ご飯に誘うようになったからですか?あれから、桃の元気が無くなった気がします……」

泣きそうな声で、シャミ子がそう言った。確かにきっかけはそうだったかもしれないけれど、本当の原因はそうじゃなかった。私はもうこの件に関しては何もかも打ち明けるべきなのだろうなと思った。

「私、シャミ子がお家ご飯に誘ってくれて嬉しかったよ。家族で食卓を囲うなんて初めてだったし、楽しいと思ってる。これは本当」
「じゃあ、どうして……」
「毎晩、こっちに帰ってくると……、寂しくなっちゃって……」

そう口にして、少しだけ後悔した。まさかこんな子供っぽい理由で闇落ちしかけるなんて思ってもみなかったし、お弁当の件で今更だったけど、それを言葉にするのは恥ずかしかった。それでも、シャミ子の好意を無下にするより良いと思った。

「そう、だったんですね。ごめんなさい、話し辛い事を聞いてしまって。その……、じゃあ、恥ずかしついでに桃が今抱っこしてるその子の事も話してもらえると嬉しいなぁ、なんて。手芸屋さんに行ってたのって、その子の材料を買うためだったんですよね?」

そう言って、シャミ子が照れた様子でわたしのお腹に視線を向けた。恥ずかしさのあまり再び闇落ちしそうになるのをぐっと堪え、ここまできたら今更隠す事も無いだろうと私は意を決した。

「子供の頃からずっと、たまさくらちゃんを抱いて眠ってた。でも、最近それでも眠れなくなって……。だから、その、シャミ子のぬいぐるみを作って一緒に抱いたら眠れるかなって……」

結局は丑満時まで船すら漕がなかったんだけど。“えへへ……”とさらに照れるシャミ子には敢えて触れず、私は更に話を続けた。

「でも、本当に大事だったのは、どうして私がそうしていたかだったんだね。私、たまさくらちゃんがこんなにボロボロになってたなんて、今までずっと気付かなかった。小さい頃から、姉がいなくなってからずっと一緒なのに、ね……」

互いに割り切ったと思っていたつもりだったが、やはりシャミ子の前で姉の事を話すのは気が引けた。

「それで、たまさくらちゃんを抱いて眠るようになったんですね……」
「うん……、変かな?」
「そんなことないですよ。可愛げがあって良いじゃないですか」
「まるで普段の私に可愛げが無いみたいな風に聞こえるけど?」
「そこは引っかからなくて良いです」

思わず二人で吹き出して、真夜中にくすくす笑い合った。今なら普段は言えないような事でも口にできる気がした。

「ねぇ、シャミ子」
「なんですか?桃」
「今日は、その……、シャミ子を抱き枕にしても良いかな?」
「今日の桃はずいぶん素直で甘えんぼさんですね」
「シャミ子が悪いんだよ。私、闇落ちしてから弱くなっちゃったし」
「じゃあ、桃が寂しい気持ちになった時に、私が抱き枕になってあげるくらいは仕方ないですね」
「そうだよ、仕方ないんだよ」

そんなやりとりを交わしながら、私はソファに上がってきたシャミ子を抱きしめた。他人の体温の温もりを長い間忘れていたような気がした。

「ねぇ、桃」
「なに?シャミ子」
「朝になって目が覚めたら、一緒にこの子を直して綺麗にしてあげましょうね」
「うん、そうだね。そう、しよう……、シャミ…」

もっとシャミ子とお話していたかったけれど、もう目蓋を開けている事も声を発する事も出来なかった。そうして微睡む私にささやくような声が聞こえた。

「ねぇ、桃。私、やっぱり一人で抱え込んでしまう桃が心配です。少しずつで良いんです。私やミカンさん、ご先祖に頼ってもらえると嬉しいです。これは夢じゃないので暗示じゃないですよ?私からのお願い、です」

言葉に代わって私の目蓋から一雫が零れ落ち、シャミ子の前髪を濡らした。

(おやすみなさい。桃、良い夢を)

 

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アルデバランを探して-新版-

「今日は誘ってくれてありがとねー」
「また誘ってくれよな」
「うん、今日はみんな来てくれてありがとう」

天文室での観測会が終わりの時間となり、一人、また一人と帰って行った。本当なら流星群のピークはまだまだ続くから、叶うなら夜通し星を眺めていたかった。だけど、学校から許可を得られる時間は限られていたし、深夜まで中学生だけで活動するというわけにもいかなかった。それでも、いつもは一人きりの観測会だったけど、今日は風に飛ばされた天文愛好会のチラシを拾ってくれたみんなが一緒に参加してくれた。こんな風に誰かと一緒に星を観たのは久しぶりだった。

「それにしても、今までこの学校に天文愛好会があるなんて知らなかったなー」
「他の部活がチラシを被せて貼ってたなんて」
「あれ酷いよなー」
「ニャー」
「すばるちゃん、他にも何か手伝うことはある?」
「いつきちゃん、ううん、大丈夫だよ」

殆どの人はもう帰っていたけれど、ひかるちゃん、ななこちゃん、いつきちゃんの3人が残って片付けを手伝ってくれていた。みんな、お互いにちゃんと顔を合わせたのは今日が初めての筈だったのに、私は、なんだかみんなでずっと前から一緒にいたような居心地の良さを覚えた。そうしてみんなとお話することに私が気を取られていると、望遠鏡を仕舞ったカバーの中から”キン“と澄んだ音が聞こえた。

「今、何か音がしたみたいだけど……」

私は頭を抱え、みんなに見守られながらおそるおそる祈るような気持ちでカバーを開けた。でも、結果はあの時と変わらなかった。

「あ~、私またやっちゃったぁ……。プロテクトフィルター……、これだけでよかった。あ、そうだ……、次の観測会のお話もするの忘れちゃった……」
「すばるんはおっちょこちょいなんだにゃあ」
「すばる…次は何が観られるの?」
「ななこちゃん、うん、今度はアルデバラン食が近いんだよ。あ、会長さんもまた一緒にどうぞ」
「ニャー」
「すばる?」
「えっとね、アルデバラン食っていうのはね、アルデバランっていう牡牛座の大きなお星様があるん、だけど……」

私はそこまで口にして言葉に詰まり、そんな私を心配そうに見つめるみんなの顔がボヤけていった。瞼の奥から熱い何かが止めどなく流れ落ち、夜風にさらされ冷たくなった頬を引っ掻くように撫でていた。

「すばる!?」
「すばるん!?」
「すばるちゃんどうしたの!?」

私は、胸が押しつぶされそうになり、いよいよ両手で顔を覆って泣きじゃくった。今夜はこんなにも星が綺麗なのに、私の心はまるであの日見た土砂降りのようだったーーー。


アルデバランを探してー新版ー』


ーーー“大丈夫だから……”と、そう言っている自分が全然大丈夫じゃないことは誰の目にも明らかだった。みんなはそんな私を気遣って家まで送ってくれた。私は、自分ではどうしようもない気持ちにとらわれていた……。大切な誰かに、もう二度と会えないような予感がした……ーーー。


「ーーー落ち着いた?すばる」
「うん、ありがとう……、お母さん」

私が風邪をひいたとき、落ち込んだとき、お母さんはミルクたっぷりの紅茶をいれてくれた。それは、いつも優しい味がした。
家に着いた私を見たお母さんは最初こそ目を丸くして驚いていたが、すぐにみんなの方に気が付いて“すばるのお友達ね?この子のことありがとう。ちょっと待っててね。もう遅いから、お父さんに車を出して送ってもらうわ“と言った。みんなは帰りがけに“また学校で“、“私たちで良かったら相談に乗るから”と私に声をかけてくれた。そうして、私はお母さんと家に二人きりになり、少しずつ自分の気持ちを探していった。

「どうしたのって……、聞いてもいい?」
「うん…でも、私にもよくわかないの……。今度、アルデバラン食があるのは知ってるよね?」
「もちろん、すばるも楽しみにしてたわよね?」
「そのことをみんなに話したら、どうしてかわからないけど、もう、大切な誰かに会えなくなるような気がして……、それで……」

アルデバラン食の話は一体どこへ行ってしまったのだろうか。私は、なんだか自分が酷く唐突で要領を得ない話をしている気がした。しかし、私がそう言って俯き黙っていると、お母さんはやがて何かを思い出したようなハッとした声で言った。

「すばる、あなたが小さい頃“だいじなひとにあえなくなった”って、そう言ってわんわん泣いてたことがあるの、覚えてる?」
「え……?」
「もう七年も前ね。私が入院してたとき、すばるには病院で仲良くなった子がいたみたいなの。すばるの話しぶりだと、多分、男の子。お父さんなんて”すばるは嫁にはやらんぞー!!“って泣いてたっけ。その子もお星様が大好きで、すばると一緒にプレゼントのお星様を折り紙で作ったのを覚えてるわ。だけど、その子とは急に会えなくなってしまったって、あの時のすばるも、さっきみたいに凄く泣いてた」

私は、とても大切なことを今まで忘れていたと知り酷く混乱した。それにお母さんが入院していたことも今の今まで思い出せずにいた。お母さんは……、どうして、入院していたんだっけ……?

「あの時のすばるは天体観測をやめちゃうくらい落ちこんでたわ。でもある日、まるで魔法がとけたみたいに元気になったの。今は、なんだかその時の気持ちが帰って来たみたい」
「お母さん……、お母さんはどうしてあの時入院してたの……?私、それも思い出せない……」
「そうね……、すばるも大きくなったし、そろそろ話しておかないとね……。すばるが私が入院した理由を思い出せないのは忘れてしまったからじゃないわ。すばるは最初から理由を知らないの」

もしかしたら、私が知らなかっただけでお母さんは今も病気なのかもしれない。もしかしたら、その答えを聞いてしまったら決定的に何かが変わってしまうかもしれない。

「そんなに……、よくなかったの……?」

そう思うと、声が震えた。

「そんなに心配しないで。お母さん、今は元気よ。あの時ね……、お母さん、お腹の中に赤ちゃんがいたの。でも、あの子のこと……、元気に、産んであげられなくて……、それで入院してたの」
「そう……、だったんだ……。ごめんなさい、辛いこと聞いちゃって……。え……?じゃあ、もしかして…、私が、誰かに会えなくなったのも……?」

産まれてくることが出来なかった、私のきょうだいのように死んでしまったのかもしれない。そんな考えが過ぎって身体が震えた。

「落ち着いて、すばる。んーん、ごめんね。あなたを不安にさせるようなことを言ってしまって。その子のこと、まだ何もわからないわ。退院しただけかもしれない」
「うん……、うん」
「だから、ね。すばるはこれからどうしたい?」
「私、どうしてもその子のことが知りたい、もう一度会いたいの。お母さん、入院してた病院のこと教えてくれる?」

でも、そうやってお母さんから話を聞く一方で、会えなくなってしまった大切な誰かがそれからどうなったのか、私は、それを確かめるのが怖かったーーー。

 


ーーー次の日、登校した私のところにみんながそれぞれのクラスからやって来て、”もう大丈夫?““昨日はちゃんと眠れた?”と声をかけてくれた。

「みんな、心配かけてごめんね。子どもの頃のこと、思い出しちゃったみたいで」
「そんな、謝ることなんて無いわ。でも、子どもの頃のことって?」
「うん……。少し長くなっちゃうと思うから、またお昼休みにお話し良いかな?」
「もちろんよ」
「待ってる」
「With pleasure」

そうして私達はお昼休みにまた集まって一緒にお弁当を食べた。私は昨日お母さんから聞いた話をみんなに伝えた。

「そっか……、小さい頃に会えなくなっちゃった子のことを急に思い出しちゃったのかぁ……」
「きっかけは昨日の天体観測?」
「そう……、だと思う。でも、その子のこと全然覚えてなくて……。変だよね?覚えてないのに、悲しくなるなんて……」
「んーん、変じゃないと思うわ。大切な気持ちだもの」
「うん、ありがとう……」
「それにしても七年前かぁ……、今どうしてるんだろ?」
「この辺、そんなに学校無いしここに通ってないかしら?」
「ダメ元で聞いてみる?」
「ダメ元?」
「ダメ元」

本当はすぐにでも教室を飛び出して行きたい気持ちがあったのだけれども、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴ってしまった。そこで、私達はななこちゃんの提案で、放課後にもう一度集まって職員室で聞き込み調査をすることにした。“失礼します”と入室してすぐ、昨日の夜に鍵を返しに来た時に対応してくれた先生と目があった。

「あら?あなた達は昨日の……。すばるさん、だったわよね?あれから大丈夫だった?」
「……はい、その、心配をかけてしまって」
「それは良いのだけれど、今日はどうして?」
「えっと……」

私はお昼休みにみんなにそうしたように事のあらましを話した。

「七年前に病院で知り合った、入院していた誰かがこの学校に通っているかもしれない…と。そうねぇ……、でも、それだけじゃちょっとわからないわねぇ……。先生、何かご存知ですか?」

話を聞いた先生は難しい顔をしながらそう言って、近くでテストの答案の丸付けをしていた白衣の先生に話を振った。

「ん、ああ……、それならひょっとすると三年生になる彼のことじゃないかね?」
「三年生?怪我や病気で特別な配慮の必要な生徒はいなかったように思いますが」
「確かに通学している生徒にはいないが、ほら、うちは公立だから。私も直接の面識は無いし担任ではないから詳しいことはわからない。ただ、書類上入学はしているんだが、小学生の頃からずっと入院していて一度も登校していない生徒が三年生に一人いるんだ」
「その人の入院先って、伊参病院ですか……?」
「だとしたら、彼で間違いないだろう」

頷きながらそう言った白衣の先生は、“えーっと……、名前はなんといったか…“と名簿を探し始めた。

「それって、ウチのクラスのみなとってヤツのことですか?」

求めていたモノは唐突に降って来た。

「……え?」
「あ、悪い。立ち聞きするつもりは……、先生これ、課題のノートです」
「ああ、ありがとね。そうか、君のクラスか」
「あー……、はい。特に面識とかあるわけじゃないんですけど、なんか引っかかってて」

“みなと……、くん……”

「すばるん、知ってる名前?」
「わからない……、わからないけど……」

その響きはとても愛おしいものに感じられた。
私はきっと何度もその名前を呼んだことがあった。それに、彼は生きていた。

「すばる、良かった」
「うん……、うんっ!!あのっ、ありがとうございます!!」
「なんだかよくわからないけど、アイツに会えると良いな」

バツが悪いのか、先輩はそそくさと職員室を出て行った。私達も改めて先生達にもお礼を伝えて退室しようとすると、白衣の先生はななこちゃんを呼び止めて言った。

「あー、ところで君」
「?」
「フードの中の猫はどうにかならんのかね?」

自分にはお構いなくとでも言いたげに、会長は丸くなってスヤスヤと眠っていたーーー。

 


ーーーそれから私達は学校をすぐに出てバスに乗り病院へと向かった。みんな、昨日の今日で私を心配して付き添ってくれた。みなと君がどの病棟に入院しているかまではわからなかったので、病院に着いた私は総合案内の受付にいた看護師さんに声をかけた。

「あの……、私、すばるって言います。えっと、七年前くらいからここに入院してて……、本当なら今年で中学三年生になってるハズの……、みなと君という男の子を探しているんですが……」

そこまで話して私は言葉に詰まってしまった。私は漠然と、あの思い出の中の大事な人に会いたい、ここに来れば何かわかると思っていた。だけど、みなと君は面会出来るような状態なのか、そもそもどんな病気で入院しているのか、それを全然考えていなかったことに気が付いた。

「すばるん、落ち着いて」
「あ、ごめんなさい。なんだか整理出来なくて」
「いえ、少しお待ち下さい」

そう言って看護師さんは端末を操作して少しの間手を止めると、やや曇った表情で私達に向き直って言った。

「申し訳ありませんが、ご家族以外の方の面会は……」
「そんな……」
「すばるちゃん……」
「いえ、ありがとう……、ございました……」

思い出の中の大切な人が、みなと君が生きて、すぐ側にいるとわかった時、私はとても嬉しかった。ところが、こうして会えないという現実を突き付けられ、私は酷く失望していた。みんなが励まそうと声をかけてくれているのに、それに応えることも出来なかった。そうして、うなだれながら病院を出ようとした時、私はすれ違った一人の女性に声をかけられ顔を上げた。

「すばる、ちゃん……?すばるちゃんなの?」
「初めまして。……はい、私、すばるといいます。えっと……」
「すばるちゃん、あなたは覚えていないかもしれないけれど、私はあなたに会ったことがあるの。ずっとあなたを探していて……、いえ、急にこんな……、突然ごめんなさいね……。すばるちゃん、私は、みなとの母親です」

私は目を見開いて驚いた。会えないと諦めかけていたけれど、私はきっとまた、みなと君に会える。そう思うと胸が高鳴った。

「みなと君の、お母さん……?あのっ、お願いします!!みなと君に会わせてもらえませんか!?」
「またあの子を尋ねてくれる人がいるなんて、私、考えたこともなかったわ……。正直に言って……、いえ、自分から声をかけておいてこんなことを言うなんておかしいとは思う……。でも、今のあの子に会わせることがあなたのためになるかわからないの……。それでも、大丈夫?」

私はゆっくり頷いた。みなと君のお母さんは“お友達も出来れば一緒に”と、私達を病室まで案内してくれた。
病室でベッドに横になったみなと君は、私の思った通りの男の子だった。白い肌に長いまつげ、細くて長い髪の男の子だった。でも……。

「あの……みなと君は……?」
「そう、もうずっと眠り続けているわ……。八年前からずっと……」
「八年前……?あの、私、七年前にみなと君と会ってるはずなんです。一緒にお星様のお話をして……、そうだ……一緒に、お星さまを観に……、行こう……、って……」

私の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち、それを見たみなと君のお母さんが顔を伏せて言った。

「やっぱり、あなたをこの子に会わせない方が良かったのかもしれないわ……。声をかけるべきじゃ……、ごめんなさい……」
「いいえ……私がお願いしたんです。あの、さっき私に会ったことがあるって……、その時のこと、教えてもらえませんか!?」

私は、制服の袖で涙をぬぐって答えた。みんなに支えられてここまで来たのに、このまま何もわからないまま後悔したくはなかった。
みなと君のお母さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んで、七年前のことを話してくれたーーー。

 


ーーー私は、みなと君のことを、七年前に何があったのかを知った。八年前、心臓の病気で昏睡状態になったみなと君は、それ以来、一度も目を覚ますこと無く眠り続けていた。しかし、それから一年程経ったある日、家族と病院関係者以外が誰も訪れたことのない病室に小さな女の子が訪れた。女の子が病室に入っていくのに気が付いたお母さんが中を覗き込むと、女の子は男の子の手を握って寄り添うように眠っていた。そして、しばらくすると女の子はゆっくりと目を覚まし、眠り続ける男の子にはにかみながら声をかけた。

「じゃあね、またくるね」

そうして、それから女の子は毎日のように病室を訪れるようになった。星の図鑑や絵本、折り紙を持ってきては、それらを抱きかかえながら男の子の手を握って一緒に静かに眠った。お母さんは初めはどうしていいかわからず、女の子に声をかけることが出来なかった。しかし、そんな日々が一週間程経ったある日、病室を出た女の子と鉢合わせになり、女の子の方から声をかけられた。

「ひょっとして、みなとくんのおかあさんですか?」

お母さんは戸惑いながら、屈んで目線を合わせて小さな女の子に応えた。

「そうよ、いつもお見舞いに来てくれてありがとう」
「うん、おほしさまのおはなしをいっぱいするの。またくるね」

女の子はそう言って元気に手を振って帰っていった。それから女の子はお母さんを見つけるたびに、男の子と話したことを教えてくれた。星のこと、花のこと、蝶のこと、女の子は病室の中で男の子と話をした色々なことを教えてくれた。それを聞いて、お母さんは胸が張り裂けそうだった。眠り続けている男の子は確かにここで生きている、そう思えた。ところが、それからすぐに男の子は容態が悪化し集中治療室へ移ってしまった。あの時、女の子にはそれを伝えられず、それきりで会えなくなってしまった。お母さんはそれをずっと後悔していたーーー。

 


「ーーーその女の子があなた、すばるちゃんだった」

私はまた、みなと君を見つめながら泣いていた。大切な思い出を忘れていたことが悲しかった。でも、それ以上に、この愛おしさが幻でないと知って嬉しかった。

「私、すばるちゃんのこと泣かせてばっかりね。もしかしたらこの子はこのまま」
「あのっ、私また、みなと君のお見舞いに来てもいいですか!?」

みなと君のお母さんが何を言うつもりなのかはわかっていた。だから、それを遮るようにして私は言った。みなと君のお母さんは、困ったような、嬉しそうな、複雑な顔をしたが、最後には目尻に涙を浮かべて微笑みながらこう言った。

「いつでもいらっしゃい。あの子も、きっと喜ぶからーーー」

 


ーーーそれから私は放課後に、みなと君の病室に通うようになった。私はみなと君の手をそっと握りながら、みんなと過ごして楽しかったこと、観測会で観た星のこと、学校のこと、色んなことをみなと君に話したーーー。


「ーーーみなと君、今日はね、ひかるちゃんにいつきちゃん、ななこちゃんが天文愛好会に入ってくれたんだよ。それでね、部員が増えたから、天文愛好会じゃなくて天文部になったんだ。それでねそれでね、展望室を部室として使っていいんだって。今まで私一人でちょっと寂しかったけど、だんだんお部屋も賑やかになってきたんだよーーー」


「ーーー昨日ね、あおいちゃんが観測会に来てくれたの。また、あおいちゃんと一緒にお星様を観られるの、私、凄く嬉しいんだ。あおいちゃんのお友だちも一緒に来てくれたんだけど……、私、あの子と仲良くなれるかなぁ?ーーー」


「ーーー昨日ね、ひかるちゃんの招待で、みんなでピアノのコンサートに行ってきたんだよ。ひかるちゃんのお父さんがピアニストで、お母さんが天文台の所長さんなの。それでね、くじら座のグリーゼにいるかもしれない誰かに、ピアノの音楽を届けるんだよ。ロマンチックだよねーーー」


「ーーー今日はね、学校の演劇祭だったんだよ。それでね、いつきちゃんが王子様の役をやったの。凄くかっこよかったんだよ。でね、お姫様は栗色の髪の可愛い男の子がやってたんだよ。あ、みなと君ならきっと、綺麗なお姫様役が似合うんだろうなぁ……ーーー」


「ーーー昨日はななこちゃんのお誕生会だったんだよ。ななこちゃんのお父さんって凄い料理上手なの。それでね、みんなでお月様のケーキを作ってお祝いしたんだよ。そしたら、ななこちゃん泣いちゃって、私、凄くびっくりしちゃった。あ、このお話したこと、ななこちゃんには内緒だからねーーー」


「ーーー今日はとっても大変だったよぉ……。会長さんがいなくなっちゃって、みんなで探したの。みなと君のこと教えてくれた先輩がね、掃除当番の時にいちご牛乳の自動販売機の下でお昼寝してたのを見つけてくれたんだけど、その人、私のことを“癖っ毛”て言うの。ちょっと酷くない?あ、会長さんっていうのはね、ななこちゃんといつも一緒にいる猫さんのことなんだけど……ーーー」


ーーー何でも相談に乗ってくれたみなと君、ちょっと難しいことを言って私を困らせるいじわるなみなと君、私がお姫様みたいと言うとムッとしたみなと君、見たことが無いハズの情景が心に浮かんでは消えていった。

「みなと君、今日は……、今日はね……」

みなと君の声が、聞きたいよ……。

こうして日々を過ごすうちに、面会者の名前を綴るノートは私の名前で埋まっていった…。
なのに……、どうしたらまたみなと君と、ことばを、気持ちを交わせるのかわからなかった……。
私は、みなと君が眠るベッドに顔をうずめ、声を殺して泣いたーーー。

 


ーーー季節が、秋から冬へと変わろうとしていた。すばるは今日も、バス停のベンチで私達を出迎えてくれた。

「お帰りなさい、あおいちゃん、あやちゃん」
「ただいま、すばる……、今日も、これから病院?」
「うん……」
「ったく、男の子に会いに行くんでしょ?そんな辛気臭い顔して行っちゃダメよ?」
「私、そんなに元気無いかな?」
「そーよ」
「そっか……。あはは……」

すばるが病院へのバスを待つあいだ、私達はこうしてバス停のベンチに並んで座り、学校の話や天体観測の話、取り留めもない話をした。すばるが私に病院へお見舞いに通う話をしてくれた時、すばるは思い出の男の子に再会出来たことを凄く喜んでいて、その……、正直言って内心少し、ほんの少しだけムッとした。あやからはそれで散々からかわれてしまった。だけど今は、日が経つにつれて段々と曇っていくすばるの表情を見るのが辛かった。もう、取り留めもない言葉以外でどんな言葉をかけていいかわからなくなっていた。

「なんだか、寒くなってきたよな。すばる、最近ずっとそのカーディガン着てるけど、それってちょっと大きくないか?誰かのおさがり?」
「うん。これ、みなと君の預かってるから……」
「すばる……?」

どこか現実と乖離したような夢うつつな雰囲気ですばるがそう言った。私が混乱してすばるの言葉を反芻していると、病院行きのバスが到着してすばるが乗り込んでしまった。

「じゃあ、私行くね。またね、二人とも」
「すばる!!」

扉が閉まりバスが出発し、すばるはガラス越しにさびしそうに微笑んで手を振った。すばるが……、このままじゃ……、すばるが……。

「どうしよう……。ねぇ、私どうしたらいいの?すばるが……、どこか遠くに行っちゃうよ!!」
「落ち着きなさいよ。そんなの私だってわからないし、ここで話してても仕方ないわ」
「じゃあどうしたら」
「話は最後まで聞く。あの子、あおいにだってあんな調子なんだから学校でだって似たような感じよきっと。だから、あの子の部活の友達だって今頃あおいみたいに頭抱えてるに違いないわ。行ってみたら良いんじゃない?」
「そう……、だね、そうしてみる。私、行ってくるよ」
「あんまり遅くなっちゃダメだからね!!」

私は、あやの言葉を背中に受けながらすばるの学校へと走り出した。時折すれ違う生徒達が不思議そうに私の方を振り返ったが、今はそんなこと気にしていられなかった。
しかし、校門をくぐろうかというところで私は急に足がすくんだ。一人で他校に入るとなると不思議と敷居が高く感じられた。いつもの観測会ではすばるに案内されて何度か入っているが、日中に違う制服でここに立っているとどうにも目立って仕方ない。そんな具合に私がどうでもいい葛藤に囚われ、校舎に背を向け頭を抱えていると、聞き覚えのある声に呼びかけられた。

「ななこ達のいる天文部の部室を探してるのかな?」

振り返ると、小学生と見紛う程に小柄な男の子が立っていた。いや、正確には、男の子だと思った。栗色の髪をふんわりとしたショートボブにしているその様は、一見すると女の子のようだった。声だって、声変わりもしてないみたいな高い声で、その……、かわいい。でも、男の子の制服着てるし……。いやいや待って。確か、いつきが王子様を演じた劇にお姫様役として出てたのはこの子だったハズだ。あの紺色のドレス姿……、かわいかったなぁ……。

「こっちだよ。僕に着いて来て」
「あ、うん……」

さっきまでとは打って変わって、どちらかというと目の前を歩くこの子の存在感が異質過ぎて、他校の制服を着ている自分の方が目立たなくなっていた。すれ違う女の子達がはにかんで彼に手を振っていて、彼は慣れた様子で自然体で愛想を振りまきそれに応えていた。なんなんだろうこの子は……?天然小悪魔系なのだろうか?

「さ、着いたよ」
「あ、うん」

そんなことを考えながらぼーっと彼の様子を見ていたら、いつの間にか天文室の前に着いていた。ドアをノックしながら”私だけど、みんないる?“と呼びかけると”あおいちん?入ってー“とひかるの声が聞こえた。

「じゃあ、二人のこと、お願いね」
「え……?あ、案内してくれてありが……、あれ?」
「どしたのあおいちん?入らないの?」

私が今の今まで隣にいたハズの彼を探してキョロキョロと周りを見ていると、ひかるが扉を開けて首を傾げながら言った。

「あ、いや、いつきと同じクラスの男の子が案内してくれたんだけど……、どこ行っちゃったんだろう?」
「ふーん……?ま、乙女の園には近寄り辛かったんじゃない?」
「そう、なのかな……。あ、いや、そんなことはどうでもいいんだ!!このままじゃすばるが遠くに行っちゃうんだよ!!」

私は、あやにさっきぶつけた言葉をそのまま繰り返してしまったことに気付きハッとした。ただ、みんなはそれを文字通りの意味で受け止めていたようだった。

「うん……、最近のすばるんはそういう雰囲気してる……。
「意識の戻らない幼なじみの男の子、三日と空けずにお見舞いに……」
「辛い恋をしてるのね……」
「中学生にはヘビーだな……」
「うん……。なあ、すばるさ、最近ぶかぶかのカーディガン羽織ってるだろ?」
「ええ、すばるちゃん、あれを羽織るようになってから、ますます心ここにあらずって感じよね……」
「すばる、あのカーディガンは“みなと君から預かったもの”って言ってた……」
「それってどういう……?」
「わからない……」

みんなも同じようにすばるの心配をしていた。しかし、今のすばるが一体どういう状態なのか、どうしたらいいのか、もう誰にもわからなくなっていた。

「私達、すばるのために何か出来ることはないのかな?」

一緒になって落ち込む私達の中で、不意に突拍子も無い意見が飛び出した。

「私、文化祭やりたい」
「こんな時に!?」
「そうね、こんな時だからこそよね」
「いっつんまで!?」
「彼の目が覚めたとき、すばるちゃんが暗い顔してたら、彼、がっかりしちゃうかもしれないでしょう。恋は第一印象だって大切よ」

さっき、あやもそんなこと言ってたっけ……。

「そうだね。私たちまで暗くなっても仕方ないか。すばるんはきっと文化祭のこと忘れてるだろうから、明日みんなで集まって相談しよう」
「みんな、ありがとう。私もできるだけ手伝うから」
「あおいちんも、さ」
「あまり思い詰めないで」
「あおいちゃんだって、すばるちゃんの大切な幼馴染みなんだもの」
「うん、みんなありがとう……」

私達に出来るのは、そうやってお互いを繋ぎ止めて支えてあげることだけなのかもしれなかったーーー。

 


ーーー翌日、登校した私のところにみんなが来て、文化祭で私に何かやりたいことはあるか尋ねた。

「文化祭……?あ、ごめん、私すっかり忘れてた」

文化祭はもう一週間後に迫っていたけれど、せっかく天文部として発足したのに何もしないというわけにもいかない。

「すばるんは何がしたい?」
「私たち、何だって協力するから」
「うーん、そうだね……。でも、今からだとそんなに凝ったことは出来ないし……。あ、私、プラネタリウムやってみたい」
プラネタリウム?」
「それって凄く凝ってない?」
「んーん、そうでもないの。恒星球って言ってね……」

簡単なものだと、正十二面体の表面に無数に穴を開けて中に光源を隠し、溢れ出した光で星空を表現するモノのこと、と言っても自分でもよくわからないし言葉だけで説明するのは難しい。だから私はノートにイラストを描いた。

「星座の説明だけじゃなくて音楽もあると素敵かしら」
「そういうの素敵だよね。ひかるちゃん、ピアノ弾いてくれる?」
「え?あー、良い……、けど」
「おや、珍しく歯切れが悪い」
「ピアノは……、音楽室から担いでいくわけにもいかないし、キーボードなら借りられるかしら?」
「いっつん、担ぐってそれ冗談だよね?」

そうして、文化祭の出し物はプラネタリウムに決まった。私達はそれから毎日、放課後に展望室で準備をした。展望室を片付けたり、看板やパネルを作ったり、台本を考えたり、と、恒星球だけならそこまで大事にはならないと思っていたけれど、いざ準備を始めてみるとやることは思いの外沢山あった。時々、あおいちゃんも手伝いに来てくれた。そうして、文化祭まであと三日と迫った日、その日は展望室を真っ暗にするために窓を暗幕で覆うことになっていた。私はぼーっとしながら椅子を踏み台にして“そうだ、あの時もこうやって……”そんなことを考えていた……。

「すばるちゃん……?危ない!!」

いつきちゃんの声が聞こえてすぐに私は目の前が真っ暗になった。遠くの方で心配そうなみんなの声が響いていたーーー。

 


ーーー消毒液の匂いがした。ひんやりとしたシーツの感触にも覚えがあった。ここは……、病院?

「大丈夫か?すばる……」
「あおいちゃん……、ここ、保健室……。私、どうしちゃったの?」
「展望室の暗幕をかけてる時、椅子から落ちたんだ……。いつきが、その……、クッションになってくれたんだけど……」
「すばるちゃん、そのまま寝ちゃって。それで、ななこちゃんがおんぶしてここまで来たの」
「そうだったんだ……、ごめんね。いつきちゃん怪我してない?また傷になったりしたら……。ななこちゃんも重かったでしょう?」
「んーん、私は大丈夫よ」
「aucun problème. もっとごはん食べて」
「すばるん、最近……、あんまり眠れてない?」
「え……?うん……、恒星球、思ったより難しくって」

本当は、もっと前からあまり眠れてなかった。このあいだは、みなと君の病室でウトウトしていたら面会時間が終わってしまって、それに気付いた看護師さんが“このまま帰すのは心配だから”とお父さんに迎えの連絡をしてくれた。

「ごめん、すばるの体調良くないのに無理させて……」
「んーん、そんなこと無いよ?私、元々おっちょこちょいだから。だって、あの時だって寝不足でも何でもないのに、私が危なっかしいからってみなと君が支えて、くれ……て……。え……あ……ぁ……ぃゃ……嫌ぁ!!」

どうして、あの時みたいにみなと君が側にいないの……?

「すばる!!」

あおいちゃんが震える私を思いきり抱きしめた。少し痛いけど、暖かくて嬉しかった。

「私達、本当はわかってた。すばるが辛い思いをしてることも、何か大事な秘密を抱え込んでることも。今まで、力になってあげられなくて、ごめん!!」
「あおいちゃん……。違うの……、私、何も話さなかったから……。私、みんなの前で泣いてばっかりだね」

私は、ぽつぽつと、これまでに思い出したことをみんなに話した。こことは違う運命線で魔法使いになったこと。みんなとエンジンのカケラを集めたこと。みなと君と出会って色んな相談に乗ってもらったこと。一緒に花壇のお花の世話をしたこと。一緒に文化祭の準備をしたこと。一緒に魔法で宇宙を旅したこと。そして最後に、眠っている私にカーディガンをかけて、それっきり離れ離れになってしまったことを……。

「みんな、信じてくれるの?」

私が顔を上げるとみんなが涙ぐんでいた。

「すばる……、この子の名前は?」
「会長さん、だよね?」
「ニャー」
「私達が初めて会ったとき、すばるは迷わずこの子をそう呼んだ」
「私も弾けるだなんて言ったこと無かったのに、ピアノの伴奏してってお願いされた」
「私のおでこの傷のこと知ってた」

私は、自分のことだけでいっぱいになっていたのに気が付いた。みんなは、私が思っている以上に私を気にかけてくれていて、私の様子に気付いてくれていた。

「みんな……。うん、そうだよね。みんな、私の知ってるみんなだよ。あのね、私、みなと君と大事な約束をしたの……。私が扉を開けるって……。待っててねって……。でも、どうしたら良いのかわからないの……」

それがもし、あの時のように私が魔法使いでなくなってしまったからだとしたら……。

「なぁすばる、小さい頃に一緒に流星雨を観に行ったの覚えてるか?」
「うん、もちろんだよ」
「でも、本当はあの時、一緒には観られなかったよな……」
「眼鏡だって可愛いのに」
「可愛いって言うなぁ……」

私が少しふざけて、と言っても本心ではあるのだけれど、そう言ってくすくす笑っていると、みんなもようやく気が抜けたのか“なになに?二人の馴れ初め?”とおどけた調子で相槌を打っていた。

「……とにかく、私達はあの時、また一緒に流星雨を観ようって約束をした。そして、すばるは天文部を立ち上げてまた私を天体観測に誘ってくれた。一緒に流星雨を観たんだ。約束は叶ったんだよ。だから、そうやって願い事を叶えるのに魔法使いがどうとかなんて関係無いんだ」

私は、あおいちゃんの言葉にハッとした。一緒に願った約束を叶えられることを私はもう知っていた。それが出来る私になっていたハズだった。それに気が付いた時、不意に“シャーン”と澄んだ音が聞こえた。

「なんの音?何?今の……」
「音?」
「何も聞こえなかったと思うけど」

その音は私にしか聞こえていないようだった。私はハッとしてポケットの中を探した。心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。

「これって……」
「あの時のフィルター?」
「あの時?」
「そっか、あおいちんはいなかったっけ」
「これって、すばるちゃんが彼を思い出した時に割れちゃった……」

あの時、私は確か”またやっちゃったぁ……“とそう言った。あの運命線で出会ったあおいちゃんとの二人お揃いのキーホルダーのように、私の心から零れ落ちたそれは、きっと私達の間に縁を保ってくれているに違いなかった。

“こんなに綺麗なのに?“
”要りますか?これ?“
”なんで?くれるの?“
”うん、私にはもう必要無いから“
”本当……?“

そう言って、みなと君はまるで幼い子供の頃のように笑った。

お願い……、私の心の星、可能性のカタチとしてのひび割れたコンパス、離れ離れになった心のカケラに私を導いて…!!

ヒビ割れたコンパスの針がカタカタと動いた。

「すばる!!どこ行くのさ!?」

私は涙をぬぐって保健室を飛び出し展望室へ走った。あの時のように景色が流れていった。でも、今度は離れ離れになるためなんかじゃない。そう思う気持ちが駆けていった。展望室の扉の前で深呼吸をしていると、みんなが息を切らせながら追いついた。

「いったい急にどうしたのさ!?」
「みんな、ありがとう。私……、みなと君を迎えに行ってくるね!!」

私の掌の上で心のカケラはガラスの鍵に姿を変えた。まるで水晶のように透き通ったその鍵は、“ガチャリ”と音を立てて天文室の扉を開いた。そして、ガラスの鍵は役目を終えて砕け散り、光に変わって私を包んだ。

「すばるんが……、消えた?」
「これが、すばるちゃんの魔法なの?」
「一体どこに?」
「きっと病院だよ!!みんな、行こう!!ーーー」

 


ーーーかつて温室だったこの場所は、草花は散り、噴水は涸れ、全てが色あせていた。しかし、ガラスの天井からのぞく満天の星空の輝きだけはあの時と変わらなかった。ただ一つ変わっていたことは、そこにはあの花ではなく少年が立っていた。少年は扉に背を向け、星の光を受けて光るそれを掲げながら、星空を見上げていた。少年はゆっくり振り向くと、優しく微笑んで言った。

「待ってたよ……、すばる。君はまた、扉の鍵を見つけてくれたんだね」
「みなと君!!遅くなって、ごめんなさい……」

私はみなと君に駆け寄って抱きしめた。胸がいっぱいになって、もう涙が止まらなかった。
みなと君は、私をそっと抱きしめて言った。

「君が僕に渡してくれた心のカケラは、ずっと、ずっとすばるの声を届けてくれていたよ。僕の方こそ、辛い思いをさせてごめん……」
「そんなこと……、そんなことないよ……」
「泣かないで、すばる。君はいつだって僕の前に不意にやって来たじゃないか」

顔を上げた私に、みなと君は少し弾んだ声で言った。

「次はいつ君がここに来るんだろう?次に扉が開かれるのはいつなんだろう?僕はここにいる間、ずっとそんなことを考えていたんだ。だから僕には、君を待つ心の準備なんて、そんなの出来ていた試しなんて無かったんだよ。でも、ここで君を待っていたあの時間も、僕は好きだったから」
「みなと君……」

私はみなと君と向き合って、決心して言った。

「みなと君の本当の気持ちを教えて」
「僕は……ーーー」

 


ーーーあの日の僕は……、退院がまた一週間延びたと知らされて朝から拗ねていた。今思えば、退院の約束なんて本当は誰とも交わしていない、それは僕の見ていた夢でしかなかったのだけれども……。いや、僕にとって大事なのはそんなことじゃなかったんだ。

「そっか……、ざんねんだったね……、みなとくん」
「すばる……、ぼくのほうこそごめん……。やくそくだったのに……」

そう、僕にとって大事だったのは退院することじゃなかった。退院したらすばると一緒にお星様を観に行こう、こないだ降り注いだような流星雨を観に行こう、その約束を果たせなくなってしまったことが何よりも悲しかった。

「しかたないよ。それでまたびょうきがわるくなっちゃったら、そのほうがわたしいやだよ」
「うん、ごめんね……」
「そんなかおしないで、みなとくん。……そうだ!!またつぎのやくそくをしよう!!」
「でもまた、たいいんがのびたら……」

そうしたらまた、すばるの気持ちを裏切ってしまうのではないか、そうして傷付けてしまうのではないか、僕はそれが怖かった。

「うん、だからね、おほしさまをみることだけやくそくするの」
「おほしさまをみることだけ?」
「うん、いつかぜったいにいっしょにみよう?でも、いつにしようってきめないの。それならやくそくやぶらないでしょ?」
「いいね、それ。やくそくしよう」

その約束はまるで、選択しないことで生き永らえている彼等の在り方のようだった。僕と彼等はよく似ていた。

「ん」
「それは?」

すばるが握った手から小指だけを伸ばして僕に向けた。あの時の僕は、そんなことも知らなかったんだよ。いや、宇宙を巡る魔法、彼等の言う高度に発達した科学に触れた今でも知っていることはそんなに多くはないのだけれど。

「やくそくのおまじないだよ?やったことない?」
「うん、はじめてだ……」
「じゃ、わたしがおしえてあげる。みなとくんもわたしのまねして」

すばるが得意げにそう言った。あの時から、僕に対する君のこういところは全然変わっていないよね?

「こう?」
「うんっ!!そしたら、ゆびをむすんでね、やさしくブンブンしながらいっしょにうたうの」

そう言って、すばるは動揺の歌詞をまるでナイショ話をするように小声で僕に耳打ちしたよね。なんだかくすぐったくてドキドキしたよ。

「おぼえた?」
「うん」
「じゃあいくよ。せーっの!!」

「「ゆびきりげんまん
うそついたら
はりせんぼんのーます
ゆびきった!!」」

「やくそくだよ!!」
「うん、やくそくだ」

お互いの小指が離れて、僕達は、永い間会えなかったーーー。

 


「ーーー僕は、あの時一緒に交わした約束を、君と一緒にこの目で、本物の夜空の星を観に行きたい」
「やっと教えてくれたね……、みなと君……。うん、一緒に行こう」

私達は手を繋ぎ、一緒に扉をくぐった。
残された世界は、もう一つのガラスの鍵によって閉ざされたーーー。

 


ーーー目を覚ますと、私はいつもの病室にいた。鼻をつく消毒液のにおい、規則正しい心拍を映し出す機械の音、月の光が差す薄暗い部屋、見慣れた光景の中で、いつもと違うその情景に私は胸がいっぱいになった。男の子はまぶたをゆっくりと開け、そっと私に手を伸ばした。私はその手を両手で握り、彼のことばを待った。

「はじめ……まして……。僕は、みなと」

くちびるをゆっくり動かしながら、かすれた声で、しかし、確かに男の子は言った。

「やっと会えたね、みなと君。私、すばるです」

女の子はそれに応え、初めて男の子とことばを交わしたーーー。

 


ーーーそれからは、とても騒がしかった。連絡を受けたみなと君のお母さんは、すぐに病院にかけつけた。お母さんは何度も“きっとあなたのおかげよ”と涙を流して私にお礼を言った。お医者さんも看護師さんもただただ目を丸くして“奇跡だ……”とつぶやくばかりだった。私が倒れたと学校から連絡を受けたお母さんとお父さんも、あおいちゃんたちと合流してやってきた。お母さんは私をそっと抱きしめて“がんばったわね”と声をかけてくれた。私が勝手に病院に入ったことも、面会時間を過ぎていたことも、もう誰も気にしていないようだったーーー。

 


ーーーカレンダーのページが一枚捲られ、いよいよ雪の降る季節になった。

「たっはー、見事にカップルだらけだな」
「すばるは?」
「今日もお姫様のところ」
「妬けるねぇ、前もすごかったけど、あれから毎日だもんな」
「本当、毎日お見舞いに行って、そのあと、夜になったら観測会…すごいわよね。でも、すばるちゃんが元気になって良かった」
「ん?あれ、すばるじゃないか?」
「え?どこどこ?」

色とりどりのクリスマスのイルミネーションの中、車椅子を押す私は人混みの中にいるみんなを見つけて声をかけた。

「あ、みんな!!探したよ」
「すばる?なんでここにいるんだよ?」
「今日と明日、僕の外泊許可が出たんだ。そしたらすばるが“みんなはここにいるだろうから一緒に行こう”って」

みんなは肩をすくめながらはにかんだ。と、ひかるちゃんといつきちゃんは何やら目配せをしていた。

「せっかく二人きりで一日中デートできるチャンスなのに」
「病院じゃあいつ看護師さんが来るかわからないし、おちおちチューもできないんじゃあないのかにゃあ?」

私は顔が真っ赤になるのを感じて、思わず浮かんで来た言葉をそのまま放ってしまった。

「ひかるちゃん見てたの!?」
「……ありゃ?」

あ……。

「すばるをそんな目で見んなー!!」
「やだ!!そんな!!」

そう言って顔を真っ赤にしたいつきちゃんは、後ろからひかるちゃんとあおいちゃんを抱きすくめた。二人は必死にもがいていたが、興奮したいつきちゃんをふりほどける様子はなかった。

「なんだか心がぽわ~むする」
「あなた達っていつもこんな感じなの?」
「えっと、それは違っ!!いや、違わないけど……。えっと!!」
「違わないですって!!」

ななこちゃんがほっこりした様子でみんなを眺めている一方、あやちゃんがジト目でニヤニヤしながらそんなことを聞いてきた。いつきちゃんはもう止まらないし、ひかるちゃんとあおいちゃんはもがくことさえ諦めた様子でピクリとも動かなかった。そんなみんなの様子を前にして、みなと君は耳を赤く染めてそっぽを向いて“ここに来たのは失敗だったか……?”と小声で呟いた。あう……。

「ときにすばるん!!」
「ふぁい!!」

いつきちゃんからようやく解放されたひかるちゃんが言った。いつきちゃんは未だに真っ赤になった顔を両手で覆ってイヤイヤしていたが、指の隙間からは潤んだ瞳がのぞいていた。

「ここには絶好の天体観測スポットがあることを知っているかい?」
「そうなの?」
「ああ、私たちは買い出しに行ってくるから、二人は先に場所取りに向かってくれ!!」
「え?でも、それじゃみんなに悪いし……」
「すばるん」
「ふぁい!!」
「今すばるんがやらなきゃいけないお仕事は?」
「えっと、みなと君の車椅子を……」
「そう、だからここは私達に任せてくれ!!」

ひかるちゃんの気迫に押し切られる格好で、私達はイルミネーションの会場から離れ、教えてもらった場所まで移動した。

「うまく乗せられたね」
「どういうこと?」
「いや、何でもないよ……。本当にすばるは人がいいな」

そこに着くまでの間、そう言ってみなと君はくつくつと笑った。本当にみなと君は、時々こうしていじわるだった。教えてもらったその場所には小さな東屋が建っていた。そこは確かに、眼下にはイルミネーション、見上げれば満天の星空を眺められる絶好の場所だった。でも、そこには一人先客がいた。

「やあ、みなと。それにすばるも。もう、大丈夫そうだね」
「あなたは、確か劇でいつきちゃんと一緒に……」

その子は、演劇祭でお姫様を演じたいつきちゃんと同じクラスの男の子だった。そういえばあおいちゃんが“かわいい服を作ってあげたいんだけど……どんな生地が良いかな……?色合いは……、スカートの丈は……、短い方が良いかな?”と沸々と情熱を口にしていた。でも、どうして私達を……。

「エルナト……?エルナトなのか?どうして君がここに?」
「エルナト……。エルナ……、えっ!?あれ!?会長!?」

私がそう言った瞬間に東屋から出て来た男の子の姿は消えて、代わりに青緑色のタコのようなクラゲのような何とも形容し難い、それでいて見慣れた姿が現れた。

「ピュペポパピュピポぺぺパポピュ」
「う〜……。やっぱり何て言ってるかわからない」
「エルナト、ふざけてないで状況を説明してくれないか?」

すると会長は大きく跳ねて宙返りすると元の男の子の姿に戻った。元の、と言っても背丈がさっきより幾らか縮んでいて、服装が制服からオレンジ色のマフラーとゴーグルが特徴的な飛行士のものへと変わっていた。

「もっと再会を喜んでくれても良いと思うんだけどね」
「君は…君達は遠くの、別の宇宙に旅立ったんじゃないのか?」
「ああ、僕達は今でも旅を続けているよ。だから本物の僕はここにはいない」
「僕の魔法と同じ、というわけか」
「正確にはみなとが僕達の真似をしてたんだけどね」

みなと君はエルナトとしての会長に馴染みがあると言っていたけれど、そういえば、実際のところどういう関係だったのかを詳しく聞いたことは無かった。このまま二人に任せておくと何だか難しい話ばかりで先に進まないような……。

「あの、会長?」
「なんだい?すばる」
「扉の鍵が開いたのは、会長が手助けしてくれていたの?」

会長はさっき“もう、大丈夫そうだね”と言った。つまりそれは、私達をずっと見守っていたということになる。

「それには僕達は干渉していないさ。そんなことをしたら君達の運命が変わってしまう。いや、正確にはどんな形であれ収束してしまう」
「じゃあ、どうして……」
「エンジンのカケラ探しの対価として君達には40億年前からの選択が与えられたよね?でも、みなとに任せた案内人の責は僕達の想定したよりも大変で、今度は僕達が支払う対価が少しばかり不足してしまったんだ。だから、君達の運命や選択に干渉しないように対価を支払う必要があったんだよ。まあ僕も、干渉しない範囲で誰かの道案内をしたくらいさ」
「そうだったんだ……、ありがとう」

会長の話は難しくて言ってること全部はわからなかったけれど、私達の気付かないところで応援してくれていたということは伝わってきた。

「じゃあ、生徒になって学校生活を送っていたのも?」
「いや、あれは今度こそちゃんとした学校生活を体験してみたく……。え?いやいや違うって。そんな顔しないで欲しいな。僕達の旅に役立つ知見が得られるって期待があったんだよ」
「そう……、なの?」
「じゃあ、そういうことにしておこう」

みなと君が少し呆れたような声で言った。会長はこの話をするためにここに来たのだろうか。なんだかこの会話の雰囲気には覚えがあった。

「ああ、すばる……、ごめんね。そんな悲しい顔をさせたくなかったな……。確かに僕はお別れの挨拶にと思ってここに来た。今日は星が綺麗だからさ。この心を宇宙に還すのには都合が良いんだ」
「そんな……、また会えたばかりなのに……」
「さっきも言った通りさ。僕達が君達の運命に干渉するわけにはいかないんだ……。ところでさ、ねぇ、みなと」
「なんだい?」
「君はもう、毒蛇に咬まれて心を宇宙に放ってしまおう……、なんて思っていないよね?」

会長はきっと、殆ど確信しながら、でも、一抹の不安な気持ちも連れて行きたくなくてそう言っていた。

「ああ、そんなことはもう思っていないよ。すまなかった……。エルナト」
「それを聞いて安心したよ。それに、謝るのは僕の方さ」
「会長……!!」
「君達が夜空を見上げてくれたなら、きっといつだって会えるさ。じゃあ、もう行くね」

そう言って会長がゴーグル付きのフードを被ると、その姿は一瞬で蒼い色鮮やかな無数の蝶へと変わり、やがて霧散していった。

「行っちゃったね……」
「ああ……」
「……みんな、もう来ちゃうかな?東屋、入ろっか?」

私は、車椅子から降りるみなと君の身体を支え、二人で並んで座った。

「なんだか、さっきまでと星空の景色が違うみたい……」
「エルナトのヤツ……、僕達の運命には干渉出来ないなんて言っておきながら……、これじゃアベコベじゃないか」
「ふふっ、そうだね」

みなと君はため息をついて、何か決心したような顔をして私の方に向き直った。さっきそうだったように耳が赤い。

「ねぇすばる、笑わずに聞いてくれるかい?子どもの頃、僕たちがあの宇宙で初めて出会った時、本当は、僕は、君の王子様になりたいと思っていた……。その気持ちは今でも変わらない」
「みなと君……、ついこのあいだまで“気持ちをことばにしたことないんだ”なんて言ってたのに」
「僕は真剣なんだけどな」
「うん、いじわる言ってごめんね。わかってるよ。とっても嬉しい。でも、みなと君は、お星様とお花のことと、それから、私のことしか知らないんだもの。私がみなと君を幸せにしてあげるの!!」
「すばるは手厳しいね」

そう言ってみなと君は肩をすくめて見せた。普段はそんなことないんだけど、たまにカッコつけたいって思ってるの、私、知ってるんだよ?

「いいとこ見せたいんだ?」
「それを言わないで欲しいな」
「じゃあ、小さい頃みたいに、どっちが先に星を見つけられるか勝負しよっか?」
「いいね、懐かしいな。今の季節だと何がいいかな?……ああ、やっぱりアルデバランかな?」
「いいかも。でも、残念でした。それだともう、みなと君の負けだよ?」
「どうして?」
「だって……」

だって私、ずっと探してたんだよ?
アルデバランを、みなと君を。
やっと見つけたの。

「うん、すばるは僕を見つけてくれたね…」
「だからね、だから……、今度はみなと君の番だよ?みなと君は……、これから、みなと君のなりたいような、みなと君になるの」


おしまい

 

ker - 六連星手芸部員 - のpixivバックアップ - 六連星手芸部員が何か書くよ

けるさん家の今日のごはん 2022年5月 - 六連星手芸部員が何か書くよ

胡麻味噌味噌ダレの棒棒鶏と茹で汁で作った卵スープ

棒棒鶏鳥はむと全く同じ要領で作った

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手羽トマト

手羽先の先っぽを切り落として細かくカットし鶏がらスープを取る。塩胡椒して小麦粉をまぶした手羽をバター、オリーブオイルで炒めて両面に焼き色を付ける。細かく切ったトマトと玉ねぎ、スープを加えて15分程煮込み、灰汁を取ったらケチャップとブイヨンを加えてさらに15分煮込む。

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コロッケの日

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鯛飯、あら汁、カマ塩焼き

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『SPYxFamily』62話後編より、アーニャのリクエストでオニオンスープ

飴色微塵切り玉葱、飴色スライス玉葱、パン粉、粉チーズの4層に、塩、コンソメマジックソルトで味付け

[62話 後編]SPY×FAMILY - 遠藤達哉 | 少年ジャンプ+

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『衛宮さんちの今日のごはん』特別編-11「とある神父の1日」より、ペペロンチーノ

自分で言うのもなんだけど凄いちゃんとしたペペロンチーノって感じです。最初に作った時はちょっと唐辛子に火が入り過ぎたので、火を止めて気持ち冷ましてから唐辛子を入れるというレシピに変更した。こっちの方がミスを抑えられるような気がする。ソースに加える茹で汁の蒸発分は麺の湯切りの程度で調整可能。

「衛宮さんちの今日のごはん」特別編-11「とある神父の1日」|ヤングエースUP - 無料で漫画が読めるWebコミックサイト

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『新米姉妹のふたりごはん』より、ペーパーチキン リベンジ

新米姉妹のふたりごはん 第63話 ComicWalker

先月、包みが大き過ぎたのが原因で火を通すのに非常に苦労した為、元のレシピ通りのサイズで再現。火は簡単に通ったが、今度は包みが甘く水蒸気が外に漏れ出して油が跳ねまくる事態に。この料理難しい……。次作る時は油跳ねるの前提にタジン鍋で丸ごと閉じ込めてしまおうか……。

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オムライス

料理の日に作ろうとして頭痛で倒れてて翌日になったヤツ。レシピは衛宮ごはんの完コピ。

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ニンニクの旬なのでサメを焼く

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ニンニクの旬なのでシャリアピンガーリックチキンステーキ

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ニンニクの旬なのできのこのアヒージョ

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